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シリーズ「免疫毒性研究の若い力」8
環境中汚染物質の神経・免疫系への撹乱作用
Tin Tin Win Shwe
(独立行政法人国立環境研究所)

 私は母国ミャンマーで、ヤンゴン第一医科大学の教員として医学部、歯学部、薬学部の学生の教育を行い、また臨床医として多くの患者を治療してきました。修士論文テーマでは、肺機能を調べる機器(Medspiror)を使用して、医学部と歯学部学生に肺機能検査を行い、喘息の家系を有する学生において運動負荷後の気道反応性が低下することを示しました。私の夢は、神経科学者として人類の健康と福祉の向上に役立つことです。その夢を実現するために、私は日本に留学しました。平成11年からは横浜市立大学大学院博士課程で神経内分泌学を勉強しました。そこで、生体内マイクロダイアリシス法とHPLC法を用いて、性周期が正常な雌性ラットや正常状態または去勢された雄性ラットで内側視索前野における24時間のGABA分泌量を測定し、その経時的パターンの差異を初めて報告しました(Neuroscience, 2002;113:109;Neuroendocrinology, 2002;76:290)。また、GABA分泌と概日リズムとのカップリングが視床下部-下垂体-性腺軸の性差の決定要因である可能性も示しました(Neurosci.Res. 2003;46:399)。

 平成15年から国立環境研究所環境健康研究領域生体防御研究室でポスドクとして免疫系、特に神経免疫相互作用の免疫機能の変化で誘発される異常な神経行動と学習能力への環境汚染物質の影響を研究することに深く興味を持ちました。そこで、カーボンブラックナノ粒子曝露によるin vivo評価研究を行いました。カーボンブラックナノ粒子の気管内投与が粒径と逆相関をもって肺での炎症、粒子の縦隔リンパ節への移行、肺中ケモカインmRNA発現等を惹起することを報告しました(Toxicol. Appl. Pharmacol. 005;209:51)。また、カーボンブラックナノ粒子の鼻部投与がマウス嗅球に炎症を引き起こすことも明らかにしました(Toxicol. Lett. 2006;163:153)。更に、カーボンブラックナノ粒子とリポタイコ酸(LTA)(細菌の細胞壁構成成分)の共存下でそれぞれの単独下と比べてマウスの神経伝達物質濃度や炎症性サイトカインmRNA発現が増加することも明らかにしました(Toxicol. Appl. Pharmacol. 2008;226:192)。

 平成18年から環境リスク研究センター高感受性影響研究室で日本学術振興会外国人特別研究員として、ディーゼル排気微粒子に関する研究を行いました。モリス水迷路試験、マウス嗅球へのマイクロダイアリシス法やリアルタイムRT-PCR法等を用いて、マウスへのナノ粒子(粒径50 nm以下)を多く含んだディーゼル排気(NRDE)の1カ月曝露の影響を調べた結果、惹起された空間認知記憶学習障害や海馬における記憶関連遺伝子発現(Neurotoxicology, 2008;6:940)およびマウス嗅球での神経伝達物質の産生や記憶関連遺伝子の発現等がLTA投与によって増加しうることを報告しました(Inhal. Toxicol.2009;10:828)。

 平成20年からは環境リスク研究センター高感受性影響研究室でNIES Fellow として、化学物質と高感受性に関する研究を検討しています。免疫学的背景(主要組織適合遺伝子複合体H-2)の異なる2系統のコンジェニックマウス[C57BL/10(H-2b)およびB10.BR/Sg(H-2k)]を用いて、トルエン曝露によるアミノ酸神経伝達物質誘導を規定する因子を検討しました。その結果、これらの系統間で神経伝達物質分泌動態に違いが見られることを報告した(Neuroimmunomodulation, 2009;16:185)。そして、低濃度トルエン曝露への感受性が高いマウスの海馬において、トルエンがneurotrophin関連遺伝子の発現を増強することを報告しました(Neurotoxicology,2010;31:85)。また、マウスの系統によってトルエン曝露に対する嗅球におけるNMDA受容体サブユニットmRNA発現調節機構に違いがあることを報告しました(Neuroimmunomodulation, 2010;17:340)。なお最近、上記の研究結果を総括して、化学物質過敏症に影響を及ぼすと考えられる脳内の潜在的なターゲットネットワークとそれに寄与する因子に関して総説としてまとめ発表しました(Toxicol. Lett. 2010;198:93)。

 最近、免疫・アレルギー系、内分泌代謝系、および中枢神経系の撹乱による健康不良が増加し、その原因の一つとして大気中の環境汚染物質が考えられています。これまで私は、大気中の化学物質と感受性の問題を、特に中枢神経−免疫系への影響にしぼって研究を行ってきましたが、未だ不明な部分も少なくありません。特に、中枢神経系と免疫を結びつける情報伝達経路は粒子状大気汚染物質の影響を最も受けやすい経路とも考えられるため、これらに関する研究を更に進め、そのメカニズムを明らかにする必要があると考えています。また、次の世代におけるそのような化学物質による高次生命機能の撹乱などの健康被害を防ぐため肺の炎症、免疫系バランス、学習行動、およびホルモンレベルの異常を早期に発見する新しい手法を開発する必要があると考えています。そして、早期発見のため環境汚染物質の感受性に関わるバイオマーカーを探し、汚染物質の毒性発現のメカニズムを理解出来れば適切な予防に役立つと考えています。

 私は、免疫毒性という分野では、まだまだ勉強も経験も不足ですが、先生方のご意見ご指導をよろしくお願いいたします。それでは、新年に先生方の健康、幸福、および研究成功をお祈りいたします。
 
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