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シリーズ「免疫毒性研究の若い力」6
“糖鎖の構造と免疫化学的活性”
酒井 信夫
(国立医薬品食品衛生研究所 代謝生化学部)

 私は現在、国立医薬品食品衛生研究所 代謝生化学部におきまして、手島玲子部長の御指導の下、食物や医薬品等によるアレルギーに関する代謝生化学的試験研究に従事し、食物アレルギーの検知法開発、食物アレルギー原因物質である抗原の解析を行っています。これまで、免疫毒性学的研究に携わる機会がなかったために、 ImmunoTox Letter への寄稿を僭越とは存じますが、千葉大学大学院薬学研究院において戸井田敏彦教授の御指導の下に行ってきた糖鎖の構造と機能に関する研究につきまして駄文を書き散らしてみます。どうぞ御容赦下さい。

 “第3の鎖状生命分子”と称される「糖鎖」は、アルドースやケトースのみならず、それらの置換体であるウロン酸、アミノ糖、デオキシ糖、糖アルコール等が、複数分子脱水縮合した化合物の総称です。ポストゲノム時代に到達するまで、分子生物学や生化学分野における「糖鎖」は、第1、第2の鎖状生命分子、すなわち「核酸」と「タンパク質」がメジャーリーガーとして扱われるのに対して、マイナーリーガーとして扱われてきました。その理由の1つとして、糖鎖の化学構造が極端に複雑であることが挙げられます。核酸中のヌクレオチドはリン酸を介したフォスフォジエステル結合で、またタンパク質中のアミノ酸は酸アミド結合(ペプチド結合)で、といったオンリーワンの分子間結合パターンであるのに対し、糖鎖のグリコシド結合は、糖分子に存在する複数の水酸基に結合することができます。例えば同一の単糖2分子から、11種類の異なる二糖類を合成できるのに対し、同一のアミノ酸2分子からは、ただ1つのジペプチドしかできません。また、糖鎖構造の多様性の特徴として、分岐構造を有することも挙げられます。例えば4種類のヌクレオチドからは24種類の四量体ができるだけですが、4種類の単糖から、理論的には35,560種類の四糖類が合成できます。ゲノム配列中の一塩基多型及びその連鎖解析等によって疾患関連遺伝子の特定を行うSNPs研究やアミノ酸置換を利用したタンパク質のエピトープ解析が革新的に進む昨今、糖鎖構造の多様性がその機能に及ぼす影響の解明が依然立ち遅れている理由は構造解析、合成の困難さに起因していました。しかしながら近年では、これら糖鎖の構造が高度な機器分析によって詳細に解析され、糖タンパク質や糖脂質等の複合糖質の糖鎖構造のバリエーションが非常に多様であることが判ってきました。また、糖鎖合成も様々な糖転移酵素遺伝子のクローニングにより、これまでの化学的な合成では困難であった複合糖質のライブラリー構築も進んでいます。

 他方、糖鎖に賦与される機能について、半世紀前までは、エネルギー貯蔵(TCA回路)や間質組織の構造維持(植物のセルロース、昆虫のキチン)といった生体にとって生理的・物理的に重要な分子としてのみ捉えられてきました。2000年以降、我が国では糖鎖機能の解明とその利用技術に関し、文部科学省科学研究費補助金の特定領域研究や科学技術振興財団の戦略的創造研究推進事業プロジェクトにおける重要課題として次々と研究が進行し、諸外国においてもグライコミクス全盛の機運が到来しています。現在では、生体内タンパク質の翻訳後修飾の中で糖鎖による修飾反応が最も多いことが明らかにされ、普遍性と機能性の双方において、糖鎖が生体の高次機能に大きく寄与していることが認識されています。また糖鎖は、様々な生体分子と相互作用し、接着、増殖、分化、発生、形態形成、恒常性の維持等の細胞機能に関して、重要な役割を担うことが数多く報告されています。細胞接着を例にとると、糖鎖は細胞表面あるいは細胞膜内に存在し、他のマトリックス成分や成長因子、膜受容体、細胞骨格系と相互作用しています。これらの機能については、分子レベルや細胞レベルでの解明が進展し、糖鎖を基盤とした新しい医薬品の創製や生体工学への応用が非常に注目されています。

 さて、話題は変わりますが、最近、糖鎖を主成分とする多種のサプリメントやいわゆる健康食品が病態の改善や健康の維持、増進に有効であるとして市場を賑わしています。いわゆる健康食品における糖鎖は、β-グルカンに始まり、キトサン、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸、アラビノキシラン、フコイダン、グルコマンナン等枚挙に暇がありません。これらの製品の効能としては、免疫賦活や滋養強壮が眉唾で謳われていますが、ADMEを含めた科学的な根拠が乏しいのが現状です(日本糖質学会及び米国糖質学会は、糖鎖機能の解明に関する研究が、これらのサプリメントやいわゆる健康食品の効果が糖質研究者によって裏付けるものであるというような誤解を与えないように警鐘を鳴らしています)。私たちは、これまでにコンドロイチン硫酸の全身性免疫機構に及ぼす影響を多角的に評価し、ラット及びマウスに経口投与したコンドロイチン硫酸が殆ど吸収されないことを示す一方で、抗原感作されたマウスの脾細胞をコンドロイチン硫酸存在下、in vitro において培養すると、培地中に産生されるサイトカインのTh1/Th2バランスがTh1に偏向すること、アレルギーモデルマウスにコンドロイチン硫酸を経口投与すると症状が寛解し、Th2細胞分化と特異的IgE抗体産生が抑制され、その結果Treg細胞の分化促進が誘導される等の新たな知見を見出しています。また、これらの効果がT細胞膜上のL-セレクチンを介した情報伝達であり、更に、腸管上皮粘膜中に存在する腸管上皮間リンパ球が重要な役割を担っている可能性を示してきました。糖鎖に賦与される免疫化学的活性の真義は、未だに解明されていません。これらの機能の本質を理解するためには、「ただ1つの生体分子がただ1つの生物学的機能を担う」という既知概念を覆して考えるべきなのかもしれません。ある糖鎖分子が細胞の表面に発現しているとき、その糖鎖が細胞にとって果たす役割は、決して単一ではありません。隣接する細胞、ウィルスや細菌、あるいは免疫担当細胞が、それぞれ違った役割で1つの糖鎖を認識していると考えられます。生体内に普遍的に存在するプロテオグリカンの側鎖であるコンドロイチン硫酸の外因的投与による免疫応答は、免疫担当細胞が異物を異物として捉えない「誤認識」を生み出しているのかもしれません。糖鎖生物学、糖鎖工学の分野では、今後、このような内因性分子ミミックな外因性糖鎖分子が再生医療や創薬におけるシーズとして重要性を増していくものと期待されています。

 末筆となりましたが、私は本年9月より日本学術振興会海外特別研究員としてBrigham and Women's 病院(Boston)において「糖鎖-接着分子の相互作用が関与する免疫応答の機序解明」というテーマで研究に従事する機会を御恵与頂きました。糖鎖1つ1つの構造には、それぞれどんな生物学的意味があるのか、カウンターパートである接着分子と糖鎖との相互認識が免疫応答においてどのように寄与するかについて考究致します。世界最高峰の研究機関で知識と技術の研鑽を積み、帰国後の厚生行政研究において「免疫毒性学」のフィールドに還元することが私の”Mission Possible”であると銘じております。今後とも、日本免疫毒性学会の諸先生方の御指導を賜りたく、何卒宜しくお願い申し上げます。
 
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