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シリーズ「免疫毒性研究の若い力」4
自然免疫からみた免疫毒性
〜微生物がとりもった免疫毒性学への道〜
杉山 圭一
(国立医薬品食品衛生研究所 衛生微生物部)

 この度は「ImmunoTox Letter」というわが国の免疫毒性研究を主導されている日本免疫毒性学会の機関紙に執筆する機会を頂いたことにまずは厚くお礼申し上げます。免疫学全般を網羅し免疫反応に及ぼす毒性を多角的でなおかつ詳細に研究したうえで、世界的にもその対策が求められている各種免疫疾患の対策まで研究範疇とする本学会の方向性を考えますと、これから自身の研究概要を記すことに躊躇する気持ちを禁じえませんが、微力ながらでも免疫毒性研究の発展に貢献することがあればと思い、駄文ではございますが述べてみることと致します。
 京都において指導教官をはじめ多くの先生方のご指導を賜り、晴れて博士号の学位を取得したのが2000年の春でした。当時の研究テーマは真核微生物である出芽酵母をモデルとしたストレス応答機構についてであり、特に抗酸化物質であるグルタチオンのde novo合成系に焦点をあて、ストレス応答機構を研究させて頂きました。
 学位授与と同時に博士課程を修了したのちは、某化学会社の系列会社において製薬に関わる研究に携れる機会を得、素晴らしい上司と同僚に恵まれ、製薬の「いろは」を体感することができました。実際には生物製剤も視野に入れたスクリーニング系の開発がその主な使命でありました。この時期に経験できたことは、以降の研究テーマにおいて図ずしもそれまでの自身の研究経歴では得られなかった高等真核生物に対する素養を習得する貴重な機会となりました。
 その後、現在の所属となります国立医薬品食品衛生研究所に入所し衛生微生物部に配属されることとなりましたが、このことが自身が「免疫毒性学」に関わることとなる契機となりました。棚元憲一部長(当時)ならびに室井正志第一室長から提示頂いた当初の研究課題は「内分泌かく乱物質のマクロファージに及ぼす影響」について検討することでありました。内分泌系と免疫系が多くのサイトカイン・受容体をシェアしていることからも、内分泌系かく乱物質が免疫系に及ぼす影響については当時からその健康被害が危惧されていました。また、四塩化炭素等、ある種の化学物質が細菌内毒素(エンドトキシン)の致死性を大幅に増幅する事実は、内分泌かく乱物質によっては感染免疫への影響が極めて甚大なものとなる可能性を示していました。マクロファージは各種微生物構成成分を認識するいわゆるToll-like receptor(TLR)を発現し、生体が病原微生物に感染した場合にTLRはその後の各種免疫反応を惹起するトリガーとなり、炎症性サイトカインの産生を誘導し感染防御に関わることは既にご存知の通りかと思います。同時に、近年その後成立する獲得免疫に対してもTLRに端を発するこの自然免疫系の活性化が関与しているとの報告があり、内分泌かく乱物質が自然免疫系に与える影響を検討することは同観点からも極めて重要であることが伺えました。本研究はその後、in vitroの結果を踏まえ行った動物実験において、農薬の一部がエンドトキシンによる毒性を著しく増強することを報告するに至る研究成果を上げました。この研究に参画させて頂いたことを皮切りに、自然免疫系に及ぼす各種成分の影響について研究することが始まっていくこととなりました。
 当時は、大阪大学微生物学病研究所の教授、審良静男先生らのグループにより、それまで不明であったグラム陰性細菌の外膜構成成分であるエンドトキシンの受容体がTLR4であることを分子レベルで同定されて数年という時期でもありました。エンドトキシン、物質名lipopolisaccharide(LPS)は他の微生物構成成分と比較しても少量でマクロファージを活性化することが知られております。さらに、ほぼ全てのグラム陰性細菌が同成分を有していることから、細菌が生体内に浸襲し過剰かつ無秩序なTNF-α等の炎症性サイトカインを産生することにより誘発される敗血症の主要な原因分子としてその対策が求められていました。しかし、同疾患に対して衆目の一致した有効な治療薬は乏しく、その開発および上市が切望されているというのが実状でした。衛生微生物学的見地から勿論LPSの医薬品等へのコンタミネーションは厚生労働行政上重要な検討課題であり、その延長線上に位置するTLR4のLPSの認識機構の分子メカニズムの解析は急務でありました。その一連の研究において、当方が行った研究から予想外にもTLR4シグナル阻害性ペプチドの同定という結果を得ることとなりました。この点についてもう少し詳しくご説明しますと、ヒトTLR4の細胞外ドメインを出芽酵母に強制発現させ、これをベイトに相互作用するペプチドをいわゆるYeast Two-hybridによりスクリーニングすることで得られたペプチドのうち、明確にLPS刺激を阻害するペプチドを幸いにも1つ得ることができたのが本研究の原点でありました。TLR4と相互作用するアダプター分子もしくはドメイン探索という当初の目的から逸脱は致しましたが、こちらの結果は、敗血症治療薬の新規なリードコンパウンドとしての位置付けでのヒューマンサイエンス振興財団からの特許申請と、それに引き続き三菱化学生命科学研究所名誉所長の今堀和友先生が主催されておられますフォーラムの招待講演と過分の評価を頂くことのできた研究テーマとなりました。
 現在の衛生微生物部部長の小西良子先生からカビが産生する毒素、いわゆるマイコトキシンの免疫毒性について研究するようお誘いを受けたのは2007年の2月、上述しました経験を糧に新たなテーマへの船出の汽笛でありました。穀類、なかでも小麦を汚染するフザリウム属の真菌が産生するマイコトキシンであるデオキシニバレノールは、その毒性として免疫毒性を有すことは以前から知られておりました。また同マイコトキシンによる易感染性についても指摘されていましたが、それら毒性の発現メカニズムについては明確な答えを導くにはデータが不足していました。当然、感染防御に影響を及ぼす事実からは、その毒性として自然免疫系への影響を検討するのは自然のながれでありました。その結果、LPSにより刺激したマウスマクロファージ様細胞において産生されるNOの合成をデオキシニバレノールが濃度依存的に抑制すること、またその抑制がNO合成を触媒する誘導型NO合成酵素(iNOS)の転写抑制に起因することを見出すことができました。同時にiNOS転写誘導に関わる転写因子であるNF-κBの活性化やIFN-βの発現もデオキシニバレノールが阻害したことから、デオキシニバレノールによるこれら一連の抑制作用はTLR4から転写因子NF-κBに至るシグナル伝達系にその作用点を有する可能性が示唆されました。わが国を含む東アジア諸国でデオキシニバレノールと共に小麦への共汚染が認められる構造類縁体のニバレノールについても既に同様の結果を得ております。
 ここまでご紹介させて頂いたとおり自身の研究経歴を振り返りますと、一見「人間万事塞翁が馬」のようにも思えますが、学位を頂いたときから今日に至るまで、対象、目的こそ違え、「微生物」に関わるテーマで研究してきたことがその背景にあると理解しています。そのなかでめぐり逢えました免疫毒性については、今後も自然免疫を軸に研究を進めていくことが出来ればと考えております。
 末筆となりましたが、今後自身の研究を通じて免疫毒性学会のさらなるご発展に少しでも寄与できるよう努力して参る所存でございますので、皆様方のご指導ご鞭撻の程をこの紙面をお借りしてお願い申し上げます。
 
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