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シリーズ「免疫毒性研究の若い力」2
ストレスタンパク質ヘムオキシゲナーゼからの免疫毒性学
安井ゆみこ
(徳島文理大学 薬学部 薬理学教室)

 アレルギー性疾患、自己免疫疾患、免疫不全症候群など、現代社会において大きな関心が持たれている免疫毒性研究分野を、単独で探究している唯一の学会である日本免疫毒性学会の機関誌、Immuno Tox Letterに投稿させていただける機会を与えてくださいましたことに深く感謝申し上げます。
 現在私は、徳島文理大学薬学部薬理学教室の赤木正明教授のもとで、「ヘムオキシゲナーゼ-1の肥満細胞における役割」についての研究をしております。ヘムオキシゲナーゼには、ヘムオキシゲナーゼ-1と、ヘムオキシゲナーゼ-2の二種類のアイソザイムがあります。ヘムオキシゲナーゼ-1はストレス応答タンパク質として見いだされ、別名をHeat shock protein 32;HSP32といい、活性酸素、炎症性サイトカイン、エンドトキシン、紫外線、カドミウム、鉛、水銀などへの暴露や、低酸素状態、熱ショックなど、細胞内外の環境変化による様々なストレスに応答して誘導されるタンパク質であることが知られています。ヘムオキシゲナーゼ-1が細胞内で誘導されると、ヘムタンパク質の補欠分子であるヘムが分解され、その結果、一酸化炭素、遊離鉄、ビリベルジンが産生されます。ビリベルジンは、さらにビリベルジンリダクターゼによりビリルビンに変換されます。これらのヘム分解産物は、基本的に抗酸化作用、血管拡張作用、炎症性サイトカイン産生抑制作用などの多様な機能を有し、ストレス負荷時の細胞保護に重要な役割を担っていると考えられています。
 最近、免疫細胞を用いた研究で、ヘムオキシゲナーゼ-1が免疫細胞の活性化シグナルを制御するという研究報告が増えています。それらの報告では、ヘムオキシゲナーゼ-1はヘム分解産物を介してだけではなく、免疫細胞の活性化シグナルに直接何らかの影響を与え、その結果、免疫細胞の機能を抑制したり、場合によっては亢進したりする可能性が示唆されています。アレルギー性鼻炎、喘息などのT型アレルギー疾患においても、病巣局所の組織細胞内でヘムオキシゲナーゼ-1が高発現していることが認められています。そこで、私は現在、T型アレルギー疾患のエフェクター免疫細胞である肥満細胞にヘムオキシゲナーゼ-1を過剰発現させ、ヘムオキシゲナーゼ-1が細胞の活性化にどの様な影響を与えるか、抗原抗体反応を介して産生されるサイトカイン発現パターンの変化を指標に解析を行っています。
 T型アレルギー疾患発症時に、肥満細胞は非常に重要な役割を担っています。即ち、肥満細胞上の高親和性IgEレセプターを介した抗原抗体反応により脱顆粒し、即時相反応を惹起するだけでなく、脱顆粒と同時に炎症性サイトカインを産生分泌し、他の免疫細胞を局所に浸潤させ遅発相反応を引き起こします。また、肥満細胞から産生されるサイトカインは、B細胞に作用して抗体産生を持続させ、アレルギー反応を遷延化するともいわれています。さらに、T細胞にも影響を及ぼし、Th1/Th2のバランスに影響を与えている可能性も示唆されています。このように、肥満細胞は、T型アレルギー反応の指導的細胞ともとらえられています。このような肥満細胞を中心とした免疫反応は、生体防御反応の一つとして位置付けられていますが、医薬品を始めとする化学物質や食物、および種々の生活環境因子により過度に免疫反応が増強したり、免疫反応の抑制機構に破綻が起こることなどにより、アレルギー性疾患や自己免疫疾患などの疾病に結び付く一因ともなっています。ヘムオキシゲナーゼ-1は、肥満細胞などにおいて化学物質の暴露によって発現するストレス応答タンパク質であり、その転写調節領域には金属応答配列が存在しています。即ち、ヘムオキシゲナーゼ-1は環境因子によって惹起される生体防御反応、つまり免疫反応が、過度に起こるのを防ぐnegative feedback 的な役割を担う分子である可能性があります。
 環境因子の免疫系に対する影響や、それを介する健康への影響を追求する科学研究分野である免疫毒性学を考えるとき、環境の変化に適応するために発現するストレス応答タンパク質であるヘムオキシゲナーゼ-1の存在を考慮することは重要だと考えます。例えば「免疫毒性が生じている場」では、環境の変化によってヘムオキシゲナーゼ-1の誘導が阻害されているのかも知れません。あるいは、ヘムオキシゲナーゼ-1は正常に発現していても、ヘム合成酵素が減少していて、分解可能なヘムの供給が不足している可能性もあります。この様にヘムオキシゲナーゼ-1の発現を含めたヘム代謝の不全が原因となり「免疫毒性状態」が生じているのかも知れません。ヘムオキシゲナーゼ-1が肥満細胞活性化シグナルの制御因子として働く可能性が明らかになれば、制御の破綻を正すべく、ヘムオキシゲナーゼ-1をターゲットとした新規治療戦略も可能になります。生体防御反応である免疫機構は、様々な種類の免疫細胞のネットワークにより構築されていますが、肥満細胞はマクロファージや多形核白血球などの他の炎症性免疫細胞と比較して、ヘム合成系の律速酵素である5-アミノレブリン酸合成酵素の発現が高く、効率良くヘムを供給できる可能性がある免疫細胞なので、ヘムオキシゲナーゼ-1による治療戦略が適応できる有用なターゲット細胞であると期待できます。
 これまでの研究で、肥満細胞にヘムオキシゲナーゼ-1を過剰発現させると、実際に抗原抗体反応を介する炎症性サイトカインの産生分泌が低下するという結果が得られており、現在その分子機構を解明しています。しかし、実際の臨床でヘムオキシゲナーゼ-1を過度に発現させれば、免疫機能が抑制され過ぎて免疫不全状態になってしまうかも知れません。どのようなシステムでも最も重要なことは、程よいバランスをとることです。私自身、ヘム代謝の研究に没頭するあまり、ヘムオキシゲナーゼ-1中心の偏った考え方になっているのかも知れません。研究のバランスが破綻してしまえば、良い発見、良い研究は望めません。Immuno Tox Letterに投稿させていただいたことを良い機会に、バランスのとれた幅広い知識の吸収に努め、社会に貢献できる研究を目指していきたいと考えております。
ヘム代謝経路
 
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