ImmunoTox Letter

シリーズ「免疫毒性研究の若い力」19
研究紹介 : 細胞の老化と疾患

岡村和幸
(国立研究開発法人国立環境研究所 環境リスク・健康研究センター病態分子解析研究室)

 この度はImmunoTox Letterの執筆機会を与えて頂き誠にありがとうございます。私は大学で物理学を専攻していましたが、環境因子による生体影響を研究したいと思い、2009年から連携大学院制度を利用して国立環境研究所の野原恵子先生の下で分子生物学の扉を叩きました。当時はPCRのPの意味も分かりませんでしたが、気が付けば研究を始めて早10年になりました。まだまだ知識不足を痛感する日々ですが、少しでも諸先生方に近づき、将来の人の健康を守ることにつながりうる研究をしたいと考えております。

 私は修士の頃より無機ヒ素曝露によるリンパ球の細胞増殖抑制の機序を研究してきました。具体的にはマウスBリンパ腫細胞株A20細胞において亜ヒ酸ナトリウムを24時間曝露することによって、細胞周期進行に関わるpRBファミリータンパク質のひとつであるp130が転写非依存的に増加すること、その増加はサイクリン依存性キナーゼインヒビターp16の増加を介したp130のリン酸化抑制によることを見出しました(Okamura et al., 2013, Genes to Cells)。さらに、顕微鏡観察をしていると長期間(8日、14日間)の無機ヒ素曝露を行うと、一部の細胞が巨大化、扁平化することに気が付きました。この変化をさらに詳しく調べてみると不可逆的な細胞増殖の停止(培地から無機ヒ素を除いても増殖が回復しない)、細胞老化関連βガラクトシダーゼ活性陽性細胞の出現、p53の活性化、p130タンパク質量の顕著な増加など細胞老化の特徴と一致することが明らかになりました。また長期間の無機ヒ素曝露ではDNAの変異を誘導する活性化誘導シチジンデアミナーゼの遺伝子発現量の増加および各種DNA損傷修復酵素の遺伝子発現量の低下が観察され、DNAの損傷蓄積によって細胞老化が誘導される可能性を見出しました(Okamura and Nohara, 2016, Arch Toxicol)。この研究から細胞の老化に非常に興味を持ち始めました。細胞老化の役割として、元々はDNA損傷など異常がおきた細胞の増殖を抑制することで発がんに対して防御的に働くと考えられていました。しかし近年、老化した細胞は自身の増殖を不可逆的に停止しますが、SASP(senescence-associated secretory phenotype)と呼ばれる炎症性サイトカインなどを分泌し、後に周囲の細胞の発がんを誘導することが報告されてきました(Naylor et al., 2013, Clin Pharmacol Ther)。そこで現在長期間の無機ヒ素曝露によって引き起こされる慢性ヒ素中毒によって発がんがおこる臓器のひとつである肝臓の細胞を用いて、無機ヒ素曝露による細胞老化の誘導と発がんの関わりを調べています。

 免疫と少し離れてしまいますが、細胞の老化は先に述べたSASPの作用によって様々な老化に伴う疾患に関与することが考えられています。実際に、薬剤投与によって老化細胞を特異的に除くことが出来るトランスジェニックマウスを用いた実験では、老化細胞を除くことによって白内障や筋骨格系組織の機能低下の抑制、リン酸化Tauタンパク質の蓄積を阻害することによる認知機能低下の抑制が報告されています(Baker et al., 2011, Nature, Bussian et al., 2018, Nature)。老化細胞を体内から特異的に除く研究は、これまで治療が困難だった老化に伴う疾患の治療ターゲットとして注目されています。一方で、老化した細胞を除去する機構としては免疫細胞の関与が報告されており、胎児における正常な発達過程にもこの作用が関与しており、哺乳類の生涯を通して重要な機序と考えられています (Muñoz-Espin and Serrano, 2014, Nat Rev Mol Cell Biol)。また、免疫細胞自体もT細胞、NK細胞、造血幹細胞が細胞老化のような性質を持つことが知られており、免疫細胞の細胞老化が加齢による疾患に関与する可能性が考えられています(Vicente et al., 2016, Aging Cell)。しかし、環境化学物質曝露による免疫細胞の細胞老化誘導と疾患との関係は私の知る限りよく分かっていません。この点に関し、将来研究を行って行きたいと考えています。浅学非才の未熟者です、今後ともご指導ご鞭撻のほどどうぞよろしくお願い致します。

岡村和幸先生
岡村和幸先生