ImmunoTox Letter

シリーズ「免疫毒性研究の若い力」15
免疫学的研究を通じた環境中物質がおよぼす生体影響の機序解明をめざして

武井 直子
川崎医科大学 衛生学

武井直子先生
武井直子先生

 このたびは日本免疫毒性学会誌ImmunoTox Letter におけます「免疫毒性研究の若い力」への執筆の機会を与えていただき、誠に有難うございます。わたくしのこれまでの免疫毒性研究への関わりと今後につきまして、拙筆ではございますが以下に紹介させていただきます。

 わたくしは学生時代において、老化と免疫に関する研究を行ってきました。学部生時代は奈良女子大学理学部生物科学科に在籍し、高木由臣先生の研究室に配属させていただき、老化促進モデルマウスを用いた先天性白内障の発症機序に関する研究を行いました。その際、当時京都大学で老化研究をされていた細川昌則先生に御指導いただく機会を得たこと、さらには免疫老化の研究に携わっている先生方とお会いできたことが、今思い返すと、初めて免疫学研究を身近に感じその面白さを感じたきっかけでありました。修士課程は奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科に進学し、竹家達夫先生の下で骨免疫に関する研究を行い、破骨細胞の分化においてRANKL の刺激からc-src 発現に至るシグナル伝達経路が重要であることを見出しました。修士課程修了後、細川先生からのご紹介をきっかけに、新潟大学大学院自然科学研究科へ進学し、細野正道先生の下で免疫学の基礎を学んだほか、加齢性神経変性を呈す老化促進モデルマウスSAMP10 が、若齢時から末梢血中の顆粒球・単球優位の炎症性基盤をもつことを明らかにしました。博士課程2年からは特別研究派遣制度を用いて、愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所病理学部で細川先生の下、神経免疫の研究を行いました。そこで、SAMP10 マウスの神経変性部位が若齢時からpro-inflammatory status であることを示し、免疫系を介した加齢性神経変性の機序を明らかにしました。これらの結果を博士論文として纏め、2008 年3 月に新潟大学で博士(理学)の学位を取得するに至りました。以上の経験から、免疫細胞が恒常的に全身を循環し、免疫細胞が様々な器官と関わりあうことを勉強させていただき、免疫系が環境に応じて動的に応答するところに、免疫学の面白さと奥深さを学ばせていただきました。

 2008 年4 月から川崎医科大学衛生学の助教として、大槻剛巳教授、西村泰光准教授の下で、石綿曝露による細胞傷害性T細胞(CTL)の分化・機能に及ぼす影響についての研究に取り組んでいます。石綿は天然の繊維状けい酸塩鉱物の総称で、著しく高い拡張力と柔軟性を持つほかに、高温に耐え、化学薬品にも強く、断熱性、防音性、電気絶縁性に優れていますが、一方で石綿曝露によって中皮腫などの癌疾患を発症することが知られています。我が国をはじめアメリカ、ヨーロッパやオーストラリアだけでも今後30 万人以上の悪性中皮腫発症が予想されています。石綿の曝露開始から悪性中皮腫発症までの年数は平均40 年と長いことや、全ての石綿曝露者で癌を発症するわけではないことから、わたくしは中皮腫の発症に抗腫瘍免疫が大きく寄与すると考えています。抗腫瘍免疫において、naive CD8+ T 細胞は腫瘍抗原を認識し、種々の免疫細胞やサイトカインの環境下で増殖を伴いCTL に分化します。分化したCTL は、細胞内の傷害顆粒にgranzyme B やperforin を貯え、標的を認識すると脱顆粒によってこれらの因子を分泌し、標的を特異的に攻撃・殺傷します。一方で、石綿曝露とCTL との関連はほとんど明らかになっていませんでした。わたくしはヒト末梢血単核球を用いた混合リンパ球培養法により、石綿曝露下でのCTL への分化誘導を行い、CTL の標的に対する細胞傷害性、細胞傷害性に関わる機能分子(IFN-γ, Granzyme B)及び細胞表面分化マーカー(CD45RA、CD45RO、CD25)の発現解析や細胞増殖能の解析を行いました。その結果、石綿曝露はCD8+ リンパ球の増殖低下を伴い、CTL 分化を抑制することを明らかにしました(Am J Respir Cell Mol Biol 49: 28-36,2013)。また、石綿曝露によるCTL 分化抑制機序を明らかにする目的で、T 細胞の増殖因子であるIL-2 の添加培養実験を行ったところ、IL-2 添加によってCD25、CD45RA、及びCD45RO 発現量が示すCTL 分化やCD8+ リンパ球の細胞増殖への石綿曝露影響を回復しませんでしたが、細胞傷害性の回復及びgranzyme B+ 細胞比率の部分的な回復を示すことを発見しました。すなわち、石綿曝露による細胞増殖低下を伴うCTL 分化抑制は、主としてIL-2 に起因しないことを示すとともに、IL-2 添加が石綿曝露下のCTL 免疫応答抑制を改善することを見出しました。既知の知見とあわせて考察すると、MLR 開始前からもともとPBMC 中に存在していたポリクローナルメモリーCD8+ T 細胞がIL-2 添加後のbystander-activation によって、標的を殺傷したと推察しました(J Immunol Res 2016: 7484872, 2016)。石綿曝露者の血液検体を用いた研究では、石綿曝露指標である胸膜プラーク(PL)陽性者及び悪性中皮腫(MM)患者の末梢血CD8+ リンパ球の機能を解析しました。その結果、MM 患者では健常人やPL 陽性者と比べて、刺激後のperforin+ 細胞比率の減少程度が健常人とPL 陽性者に比べて大きく、刺激後のCD8+ リンパ球がperforin レベルを適切に維持する能力が不十分であることが示唆され、MM 患者のCD8+ T 細胞における刺激後の細胞傷害性低下を示すと推察しました(J Immuno Res 2014: 670140, 2014)。

 今後は、環境中物質が及ぼす免疫応答への影響について、個体から器官・細胞・分子レベルまで幅広い階層で研究を行っていきたいです。特に現在の研究を発展させ、石綿曝露によるCTL の分化・機能抑制機序の解明をめざし、さらには石綿曝露によるCTL 免疫応答抑制を回復する分子の探索に焦点をあてた研究を行っていきたいです。これらの研究を一定の成果として免疫毒性学会で発表し続けることで、免疫毒性学会の未来に貢献していくことが夢であり目標です。今後とも宜しくお願い致します。