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シリーズ「免疫毒性研究の若い力」10
環境化学物質が アレルギー性疾患に及ぼす影響
柳澤 利枝
(独立行政法人国立環境研究所)

 まずはじめに、この度、日本免疫毒性学会ImmunoTox Letterでの執筆の機会を与えて頂きましたことに、厚く御礼申し上げます。今回は、国立環境研究所で携わらせて頂いた研究内容に関しましてご紹介させて頂きたいと思います。拙文ではございますが、何卒ご容赦下さい。

 私の「免疫毒性学」との関わりは、大学院修士課程の頃に遡ります。大学4 年の時は、環境汚染物質の微生物分解に関する研究を行っていましたが、進むにつれて、実際環境中の化学物質が生体に及ぼす影響について興味を持ち始め、修士課程に進学した際、筑波大学社会医学系教授であられた下條信弘先生の研究室の門を叩きました。その折に、当時ディーゼル排気微粒子の生体影響に関する研究をしておられた国立環境研究所の嵯峨井勝先生をご紹介頂き、「ディーゼル排気微粒子(DEP)がマウスの気道反応性に及ぼす影響」という研究テーマに携わることとなり、アレルギー性喘息モデルにおけるDEPの曝露影響について、主に気道反応性を主体に検討を行いました。当時は、免疫毒性に関する知識はおろか、実験動物を触るのも初めて、というところからのスタートでした。この検討の結果、DEP曝露によるアレルギー喘息への影響には系統差があり、病態の増悪にはIL-5などのサイトカイン産生が寄与していることを明らかにすることができました。就職後は環境研究からは遠ざかっていましたが、縁あって、2000年に国立環境研究所で、再びDEPの生体影響に関する実験に携わらせて頂くことになりました。

 前述のように、DEPがアレルギー疾患を増悪することは、上記の検討を含め多くの報告がなされていましたが、この増悪影響が、DEP中のどの構成成分に寄るものかは不明でした。その理由の一つは、DEPが、多環芳香族化合物、キノン系化合物、金属など、数百〜数千とも言われる膨大な化学物質から構成されていることに起因します。そこで、DEPを有機溶媒で抽出し、脂溶性化学物質を含む抽出成分と、抽出後に得られる元素状炭素粒子を主体とした残差粒子成分に分離し、それぞれの画分がアレルギー性気道炎症に与える影響を検討しました。その結果、アレルギー病態の増悪は、抽出成分の寄与が大きいことが分かりました。加えて、抽出成分と粒子成分が共存することにより、相乗的に病態を増悪することも明らかにすることができました(Clin Exp Allergy 36: 386, 2006)。一方、この実験に先立って、グラム陰性菌の内毒素であるリポポリサッカライド(LPS)誘発性急性肺傷害に対するDEP曝露の影響について検討した結果、抽出成分よりもむしろ残差粒子成分による増悪影響が強いという結果を得ており(Thorax 58: 605, 2003)、病態によってDEPのどの構成成分が増悪に寄与するかが異なるという、興味深い結果を得ました。しかし、いずれの病態においても、有機化学成分と粒子成分の共存により病態が顕著に悪化することから、DEPという粒子と化学物質の複合体が、アレルギー性気道炎症を含む呼吸器疾患に対し、強く増悪影響を発揮することを示すことができました。

 これまで、DEPによる呼吸器疾患への影響評価を中心に行ってきましたが、我々は、日々様々な発生源から複数の曝露経路を介し、多くの化学物質に曝されています。このような多種多様な化学物質が生体に及ぼす影響を評価するためには、簡便、かつ、短期間で評価・検知可能なスクリーニング系が必要であるという考えに至りました。そこで、次に病態モデルを用いたスクリーニング系の確立に取り組むことにしました。病態モデルとしては、喘息同様、小児を中心に急増しているアトピー性皮膚炎を対象としました。動物モデルは、アトピー素因を有し、ハプテン塗布、あるいはアレルゲンの反復曝露により、ヒトのアトピー性皮膚炎様の病態を形成することが知られているNC/Ngaマウスを用いました。最初の対象物質として、フタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)を選択しました。DEHPは、ポリ塩化ビニル製品の可塑剤として、建材、電線被覆、一般用フィルム・シート、家電製品など、幅広い用途で使用されています。国内では、2002年に玩具や食品用ラップなどへの使用は禁止されていますが、医療用具や家電製品などには依然として使用されており、現在でも、国内フタル酸エステル生産量の6 割以上を占めます。一方、近年、従来の生殖・内分泌系への影響に加え、抗原刺激に対するアジュバント作用や接触性皮膚炎への影響が示唆されていました。実験の結果、DEHP曝露は、ダニアレルゲンによって誘発された浮腫、痂皮形成といったアトピー性皮膚炎症状を増悪することが分かりました(Environ Health Persp 114: 1266, 2006)。また、この増悪は、局所への好酸球浸潤、肥満細胞の脱顆粒、macrophage inflammatory protein( MIP)-1α、eotaxin のタンパク発現と概ね並行していました。加えて、この検討で影響が認められた曝露量は、無毒性量(げっ歯類での肝臓への影響評価により算出)の数百分の一という用量であり、かつ、一日予測平均摂取量に近い曝露量であることは、特筆すべき点であると言えます。さらに、本病態モデルを用いて、DEHP以外の可塑剤、ベンゾ[a]ピレン、ビスフェノールA など20近い環境化学物質の評価を行い、スクリーニング系としての有用性も検証することができました。

 従来、環境化学物質の影響評価は、高用量の単独曝露による毒性を指標とするものがほとんどであり、アレルギー疾患などの有病者や遺伝的素因など、化学物質曝露などの環境変化に高い感受性を示すことが予想される集団を念頭に置いた、低用量曝露による複合的な影響評価に関しては、十分なデータの蓄積には至っていません。前述のアトピー性皮膚炎のスクリーニングモデルを用いて、種々の環境化学物質が免疫・アレルギーに与える影響について評価を行っており、これらのデータの集積が、近年のアレルギー疾患の増加を説明し得る可能性があるのではないかと考えています。また、疾患に限らず、年齢、性差なども、高感受性要因として重要であると考えています。例えば、フタル酸エステル類は、臍帯血や母乳、あるいは人工ミルクからも検出されており、次世代への影響が懸念されています。皮膚炎モデルを用いた検討でも、DEHPの乳児期曝露が、雄仔の皮膚炎症状を増悪することを明らかにしており(Environ Health Perspect. Sep; 116( 9 ):1136, 2008)、予防的観点からもアレルギー疾患を発症、あるいは進展させ得る化学物質の影響評価をより進めていく必要があると考えています。

 未曾有の大震災から1 年3 ヶ月が経過し、今後は被災地における健康影響に関する調査研究が重要になってくると思われますが、その中にあって、免疫毒性研究が果たすべき役割も決して小さくないと思います。末筆ではございますが、被災地の復旧、復興を願うとともに、先生方の益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。また、今後とも一層のご指導ご鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

 
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