ImmunoTox Letter

試験法ワークショップ
有害性転帰経路(AOP)と免疫毒性

試験法委員会

【はじめに】
 JaCVAM(日本動物実験代替法評価センター)からの依頼を受けて、試験法委員会内に企業所属の若手学会員を中心としてAOP(Adverse Outcome Pathway)検討小委員会を設けて、免疫毒性のAOPを開発している。そこで、本年度の学術年会における試験法ワークショップでは、AOPの概念及び免疫毒性AOPについて紹介した。

【AOPの概念とOECDによるAOPプロジェクト】
 小島肇先生(国立医薬品食品衛生研究所)によりご講演いただいた。

【AOPの概念】
 AOP(Adverse Outcome Pathway)は、日本語では有害性発現経路と呼ばれており、標的分子への作用(Molecular Initiating Event, MIE)から有害事象(Adverse Outcome, AO) の発現に至る経路を、生体の各階層レベルにおけるKey Event(KE)のつながりとして示したものである。KEは、現在の知見に基づき、分子レベル、細胞レベル、組織レベル、臓器レベル、個体レベル、種レベル(環境毒性の場合)のそれぞれの階層において重要な事象を抽出し、KE間の関連性(KE relationship、KER:機序、確かさ、種差の有無を含む)やKEの測定法及びその妥当性に関する情報を付加したものである。
 化学物質は複数の毒性標的分子に作用することが多い。加えて、一群の化学物質により誘発される有害事象に係るAOPは関連する複数のMIEを含むAOPの集合となる。各々のAOPに共通のKEが存在すれば、それ以降の経路は集約され、さらに別のAOPが共通のKEを介して結合してネットワークを形成するケースも想定される。

【OECD AOPプロジェクト】
 OECDでは、AOPの事例を集積してデータベースを構築し、最終的に行政判断に適用することを目的としたAOPプロジェクトが進行している。AOPの事例は、AOP Wiki (https://aopwiki.org/wiki/index.php/Main_Page)を介して蓄積されており、2016年11月現在で、167のAOPが登録されている。AOP開発を通じて、有害事象に関するKEが明確化されることにより、これらのリスクを予測する新たなin silico、in chemico、in vitro試験法の開発につながることが期待される。さらに、得られたAOPによる知見を総合して一般化することにより、有害性リスク予測の総合的アプローチであるIATA(Integrated approaches to testing and assessment)を開発し、これらを行政的判断に利用することがOECDによるAOP開発の最終目的となっている。

【免疫毒性AOP】
FKBP12-FK506複合体形成による免疫抑制に関するAOP
 AOP検討小委員会の成果として、同委員の伊藤志保先生及び串間清司先生から紹介された。
 AOP検討小委員会では、免疫毒性(抑制)のAOPを作成するに当たり、作用機序の異なる数種の免疫抑制物質についてAOP事例を作成し、これらを総合して免疫抑制に関するAOPやIATAを作成することとした。最初のAOP事例として、カルシニューリン阻害剤であるFK506(タクロリムス)が関わる免疫抑制を選択し、有害性の有無を問わず免疫抑制事象をAOとして調査した。具体的には、いくつかの新しい総説論文からFK506の免疫抑制に関する知見(事象)を網羅的に収集し、これらの事象から、各階層におけるKEを抽出してKERを評価した。
 その結果、多くの免疫担当細胞にFK506が関与する様々な事象がみられたが、MIE(FK506-binding protein12(FKBP12)とFK506の結合)からAOの誘発に至る連続した経路は、T細胞におけるカルシニューリン抑制とそれに続く転写因子NFATの核内移行阻害によるサイトカイン(Th1及びTh2タイプ)産生抑制を含む経路のみであり、AOとしてGVHRの抑制、アトピー性皮膚炎の軽減、及び感染抵抗性減弱(易感染性)が挙げられた(図1)。

図1 FKBP12-FK506複合体形成による免疫抑制に関するAOP
図1 FKBP12-FK506複合体形成による免疫抑制に関するAOP
 今後は、OECDによる内部レビュー及び外部レビューを経て、本AOP事例を更新・確定するとともに、今回の経験に基づいて、他の機序による免疫抑制のAOP事例を作成してゆく。
IL-2転写活性抑制をkey eventとするT細胞分化異常誘導に関するAOP
 木村 裕先生(東北大学大学院医学系研究科皮膚科学分野)から、相場節也先生のグループにより、OECD AOPプロジェクトに提案されているIL-2転写活性抑制をKEとするT細胞分化異常誘導に関するAOPについてご紹介いただいた。
 本AOPは、免疫毒性に関するin vitro試験系である、Multi-immuno Tox Assay(MITA)における、IL-2転写因子活性測定の根拠とするために開発された。AOP開発においては、①dimethyldithiocarbamate(DMDTC)、② AG-012986(pan-CDK inhibitor)、③ メチル水銀(CH3HgCl),④ Propanil(3,4-dichloropropionanilide)、及び⑤ 鉛について、IL-2遺伝子発現に及ぼす影響を調査した。その結果、それぞれがIL-2遺伝子の複数の転写因子を特異的に抑制することにより、IL-2遺伝子発現を抑制して、各T細胞サブセット(Treg、Th1、Th2、Th17)に影響することやapoptosisを誘発するとするAOPが提案された(図2)。
図2 IL-2転写活性抑制をkey eventとするT細胞分化異常誘導に関するAOP
図2 IL-2転写活性抑制をkey eventとするT細胞分化異常誘導に関するAOP

終わりに
 AOP検討小委員会は、さらに免疫抑制剤によるAOP事例の作成を継続し、最終的には免疫毒性のIATAを目標とし、企業に限らず幅広い分野の若い先生方を中心に実現したい。AOP作成に興味を持たれた学会員の方は是非ご一報いただくようお願いする。