第10回日本免疫毒性学会学術大会
免疫毒性研究10周年記念シンポジウム

シンポジウム 報告


シンポジウム報告-1-

食物アレルギーの実験モデルとアレルゲン性評価

手島 玲子
国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部

食物アレルギーの実験モデルの開発は,粘膜免疫の機能解析等を目的として,多くのグループで行われており,また,近年の遺伝子組換え食品の開発・実用化の国際的広がりに対応し,新規産生タンパク質のアレルゲン性の評価法としての動物モデルの必要性からも進められている。本シンポジウムでは,(1)遺伝子組換え食品のアレルゲン性評価における動物実験の位置付け,(2)現在進められている動物モデルについて,(3)卵白アルブミン(OVA)のマウスを用いる経口感作実験についての報告を行った。

(1)遺伝子組換え食品のアレルゲン性評価の概要

遺伝子組換え食品の安全性審査は,国内において,平成13年4月からは,「組換えDNA技術応用食品及び添加物の安全性審査基準(http://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/anzen/tuuchi2.html)に基づき,義務化されている1)。この中で,遺伝子産物のアレルギー誘発性に関しては,遺伝子産物(通常はタンパク質)がアレルゲン(アレルギーを引き起こす原因物質)として知られているか,既知のアレルゲンタンパク質と構造上類似しているか,人工胃腸液や加熱処理に対する安定性があるか等が調べられるが,動物実験は義務づけられていない。また,国際的ガイドラインとして,1999年から2003年にかけて,コーデックス食品規格委員会(国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)合同設立国際政府間組織)のバイオ食品特別部会で議論され,2003年7月にイタリアで開催されたコーデックス委員会で採択された「組換えDNA植物由来食品の安全性評価の実施に関するガイドライン」がある(ftp://ftp.fao.org/codex/alinorm03/al03_34e.pdf)。この安全性評価の中のアレルギー誘発性の部分(表1)には,主な評価項目として,(1)新規産生タンパク質と,既知のアレルゲンとの一次配列の相同性の比較,(2)新規産生タンパク質の消化性並びに物理化学的処理に対する安定性の検討,(3)特異的アレルギー患者血清中IgE抗体と新規産生タンパク質の反応性が必須項目としてあげられ,動物モデルの使用は,標的血清スクリーニング,国際的血清バンクの構築,新規産生タンパク質のT細胞エピトープの解析とともに検討項目としてあげられている。

表1 組換えDNA植物由来食品の安全性評価の実施に関するガイドラインのアレルギー誘発性評価に関する添付資料 

2003年7月Codex総会(ローマ)採択
(1) 既知のアレルゲンとの一次配列の相同性の比較(全アミノ酸配列並びに連続した部分アミノ酸配列の相同性も含む)
(2) 新規産生蛋白質の消化性並びに物理化学的処理に対する安定性の検討
(3) 特異的血清中IgE抗体と新規産生蛋白質の反応性
(4) 上記1)-3)以外で,考慮すべき項目;標的血清スクリーニング,国際的血清バンクの構築,動物モデルの使用,新規産生蛋白質のT細胞エピトープの解析
(5) アレルギー誘発性は,様々なデータ等に基づき総合的に判断すること
(6) 上記draftの適用除外: 小麦等の穀物由来遺伝子産物で,グルテン感受性消化管炎を促進する可能性のあるもの

(2)食物アレルギー実験モデルの概要

食物アレルギーの動物モデルとしては,Helm博士2)らの総説に詳しく述べられているが,現在,動物モデルでは,被験タンパク質が,IgE抗体を産生しうるかどうか,また,複数回の投与で,アレルギー反応が引き起こされるかどうかが調べられている。感作のされやすさは,投与される抗原の濃度,投与方法,動物の年齢,遺伝的背景,アジュバントを用いるかどうかに左右されることが報告されており,IgE抗体産生能の高い動物としてはBALB/cマウス,BNラットが報告されている。また,イヌ(Buchananら5))や子豚を用いる食物アレルゲンによる感作方法も報告されている。イヌや子豚のような非げっ歯類を用いることは,人の食物アレルギーと似た症状を呈するという観点で,有用であるが,投与期間が長いこと,及び被験物質の量を多く必要とするという欠点があり,げっ歯類を用いる方法の方が,投与期間を短くできるなど,汎用性のある方法と思われる。食物アレルギーモデルの具体例として,Dearmannら3)は,BALB/cマウスへの感作が,ウシアルブミンより卵白アルブミン(OVA)の方が高いこと,また,ピーナッツアレルゲンのIgE抗体産生能が,対照として用いた非アレルゲンpotato acid phosphataseより高いことを報告している。また,BNラットモデルに関しては,Knipperら4) の報告があり,OVA,hen’s egg, cow’s milkタンパクによる感作が報告されている。その他,イヌ(Buchananら5))や子豚を用いる食物アレルゲンによる感作方法も報告されている。現在,共通のアレルゲン及び非アレルゲン物質を用いて動物の感作を行うという国際バリデーション試験が推し進められている。

(3)卵白アルブミン(OVA)に対するマウスを用いる経口感作実験

食物のアレルゲン性を動物を用いて評価するためには,経口投与でしかもアジュバントを用いることなく感作を行うことが望ましい。しかし,一般に経口的に投与された食物抗原は様々なメカニズムによって寛容を誘導するので,食物アレルギーモデルとしては,寛容の誘導されにくい条件下で,経口感作を成立させることが必要で,抗原の投与量や免疫継続期間,動物種の選択などの検討が必要となる。私共は,マウスの種として,BALB/cマウス,B10Aマウス,INF-γノックアウト(INF-γ-KO)マウス,アトピー性皮膚炎モデルマウスであるNc/Ngaマウス,マスト細胞欠損W/Wvマウスを用いて,OVAの経口感作の条件を検討した。各種マウスに,9週間,OVAを0.1ないし1mg連日経口投与し,OVAに対する血液中抗体価の上昇を検討した。IgG1抗体価の上昇で比較すると,BALB/cマウスでは,0.1mgOVA/day,9週投与で600程度であるが,B10A,INF-γ-KO, Nc/Ngaマウスで,それぞれ,4,400程度,600程度,2,200程度で,W/Wvマウスでは29,000程度と,顕著であった。OVA特異的IgE抗体価は,各マウスとも,62から220程度であった。W/Wvマウスにおいて,経口感作後の抗原の腹腔内惹起により,急激な体温低下が認められ,また血漿中PAF濃度の上昇が引き起こされ,ASA(active systemic analysis)の誘導が認められた。W/Wvマウスの粘膜免疫に関与する細胞の解析結果から,W/Wvマウスでは,wild type(+/+)マウスに比べ,腸管リンパ球(IEL)の中で,TCRγδ-T細胞の割合が顕著に減少していることが観察され,このリンパ球の群の減少が,W/Wvマウスでの経口感作のされやすさを反映している可能性が示唆された6)。以上,私達の行っている食物アレルギー動物モデルについて,結果を述べてきたが,W/Wvマウスが経口感作モデルマウスとして有用かどうかについては,OVA以外の他の抗原の感作も行い汎用性について確認する必要があると考えている。

[文献]
1) Teshima R. (2001) Bull.Natl.Inst.Health Sci. 119, 27-39,
2) Helm R.M. (2002) Ann.N.Y. Acad.Sci., 964, 139-150,
3) Dearman R.J. et al. (2000) Food Chem.Toxicol. 38, 351-360,
4) Knippels L.M.J.et al. (2002) Ann.N.Y. Acad.Sci., 964,151-161,
5) Buchanan B.B. et al. (2002) Ann.N.Y. Acad.Sci., 964,173-183,
6) Okunuki H. et al. (2003) Biol. Phar.Bull.26, 1260-1265


シンポジウム報告-2-

動物実験モデルを用いた環境化学物質の毒性評価

藤巻 秀和
独立行政法人国立環境研究所

1.はじめに

われわれの生活の質の向上とともに,身の回りに人工的な化学物質が増加しつつある。利便性の追求と共に正の相関を持って化学物質が増えていると考えられる。人体に害のない化学物質のみであれば一向に構わないが,塩や砂糖でもそうであるようにどんな化学物質も濃度が適度でないと毒性がみられる。環境化学物質の種類が増える速度にその毒性評価,あるいは化学物質同士の相互作用などについての情報が追いつけず不足している状態である。環境化学物質の免疫毒性評価と実験モデルの今を考えたい。

2.環境化学物質の毒性評価

一時の公害の時代から比較すると,大気はかなりきれいになっていると思われるし,実際の環境白書の中でも大気汚染物質に関して少なくとも顕著に増加がみられるものはない。しかしながら,大気中の化学物質の種類は確実に増えており,とくに生活時間の長い室内における化学物質の生体への影響が懸念されている。大気汚染物質の免疫毒性については,これまでに喘息や花粉症などの発症との関連から,アレルギー反応にかかわる炎症性細胞の局所への浸潤,炎症誘導や炎症時に働くサイトカイン・ケモカイン産生の増加,IgE抗体産生の亢進,好酸球の活性化などが解析の対象とされた。とくに,大気中の粒子状物質に含まれる化学物質の影響評価は,アジュバント効果の機構についての解析が多く報告されている。しかしながら,最近では粒子でもなく従来のNO2やSO2などのガス状物質でもない揮発性の有機化合物の影響が危惧されている。

3.低濃度域における刺激作用と毒性

化学物質のリスクを評価するときに量―反応関係を見ることは重要な研究の項目である。それぞれの化学物質の使用に適した量を判定するのに,無影響量の値を見つけることが必要だからである。しかしながら,従来より低濃度域には毒性としての抑制作用のみでなく刺激作用が見られることがいくつかの報告で示唆されていた。いわゆる,U―字型,あるいは逆U―字型を示す反応曲線である。Calabrese & Baldwin (1)が毒性学におけるHormesis―抑制的濃度以下の毒物の生体に対する刺激効果(医学英和大辞典,加藤勝治編,南山堂)の再考を提案したのが今年の春であるが,免疫毒性評価においてもこの刺激作用について討論するのが適当な時期かもしれない。環境中の化学物質の曝露濃度は,急性毒性がみられるような高濃度ではなく低濃度で推移しているものが多くみられているので,刺激作用についてはその解析は重要な課題であろう。

最近のアレルギー疾患の増加には,環境化学物質による免疫応答の亢進作用が関連するという報告は多い。その一方で,揮発性をもち低濃度で室内に存在する化学物質の生体影響についてはよく解析されていないのが現状である。近頃のシックハウス症候群や化学物質過敏症(MCS)などの原因不明の疾患とのかかわりが推測されているので,動物実験により揮発性有機化合物の生体影響を明らかにすることは正しい化学的な知見の集積,あるいは予防法の作成の意味でも大変重要である。MCSの患者の中にはアレルギー性疾患の罹患率が高いことやシックスクール症候群の症状には皮膚のかゆみがみられるなどアレルギー反応の亢進が関与している可能性が考えられている。

MCSの患者が実際にどのような化学物質に対して過敏な反応を示し,発症の誘導を示すのがどのような濃度レベルかは現在不明である。WHOのガイドライン値や厚生労働省の指針値以下でも過敏な人は反応するともいわれている。種々の関連が疑われる揮発性有機化合物に対してヒトと動物でどのくらい感受性に差がみられるのかわからない。動物実験では,あくまでも曝露した低濃度の化学物質でどのような行動異常,反応がみられるのか解析するとともに,ヒトでの過敏な状態への誘導に関わるような要因解明の手がかりを提案することも可能である。

4.神経毒性と免疫毒性の相互作用

MCSやシックハウス症候群を考えるときに化学物質による免疫毒性のみを解析しても全体への影響はわからず,とくにストレスとの関連も無視できないことから脳神経系への影響,神経毒性の研究も同時に必要と考えられている。最近の基礎的な研究で,免疫担当細胞からの神経ペプチドや神経成長因子の産生,また,神経細胞からのサイトカイン類の産生など神経系と免疫系とのクロストークが報告されており,生体内での恒常性の維持に大きな役割を果たしていると考えられている。

われわれは,室内での揮発性有機化合物の神経―免疫軸への毒性をみるために,代表的な揮発性物質であるホルムアルデヒドを選んで低濃度長期曝露をマウスを用いて行い,その毒性評価を行った。その結果,WHOのガイドライン値に近い値で,脳内でのいくつかの指標に過敏な反応が誘導されることを見出した。また,ホルムアルデヒド,あるいはアレルゲン単独のマウスでは顕著な変化が見られないのに,アレルギーモデルマウスをホルムアルデヒドで曝露すると海馬における神経成長因子NGFの蛋白レベルでの増加,mRNAレベルでの発現増強が認められた。ところが,同じマウスの血漿中では,NGF量が顕著に抑制された。このような低濃度での変化が,どのような行動変化や症状に結びつくのか現時点では不明であるが,環境濃度に近い低濃度で刺激作用を示す可能性は示唆された。

5.これからの課題

細菌やウイルスなどの異物に対してのみ反応すると考えられてきた免疫機構が,化学物質に対しても応答することは金属アレルギーや職業アレルギーでは既知の事実であるが,その機構解析は不十分である。ホルムアルデヒドについても,欧州のアレルギー専門家会議EAACIの報告(2)ではアレルゲンとして扱っているが,IgEの誘導についての議論はわかれている。化学物質に対する免疫毒性をより深く掘り下げることが残されている課題の一つであろう。そのためには,Hormesisを適切に評価できる免疫毒性モデルの開発も重要と考える。

8.おわりに

日本免疫毒性学会が10年目を迎えたが,さらに10年後にはどのように扱う物質,実験方法,動物モデルが推移しているのか興味がある。免疫学において生物由来の異物のみならず化学物質に対しての意義が増すにつれ,新たな視点が必要なのかもしれない。

文 献
(1) Calabrese E. J. & Baldwin L. A. (2003) Nature, 421,691-692.
(2) Johansson S. G. O. et al., (2001) Allergy, 56,813-824.