第10回日本免疫毒性学会学術大会
免疫毒性研究10周年記念シンポジウム

特別講演 報告


特別講演

微量元素の測定からの炎症発生メカニズム及び細胞内調整機構の探索


Trial study of intracellular trace elements by using X-rayfluorescence analysis

中島加珠子,白川太郎
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻
健康要因学講座健康増進・行動学分野
理化学研究所 横浜研究所 遺伝子多型研究センター
アレルギー体質関連遺伝子研究チーム

はじめに

金属は各種酵素の活性中心として,身体機能の維持に重要な役割を担っている。近年,生体内外の微量金属が,免疫反応の賦活化に役立っていることや,皮膚炎の病態に影響を与えていることが示唆されている。人体の中で最も含有量の高い鉄は古くからその必要性が知られていたが,Feだけでなく亜鉛やセレン等の金属製剤が昨今栄養補助食品として店頭で販売される事が増えてきており,微量金属の重要性が注目されつつ有る。

皮膚構造と含有元素

表皮は厚さおよそ120μmで様々な種類の細胞からなる複雑な層を形成している。従来皮膚の分析では容積や含有成分は様々な側面から解析されていたが,多層構造は混同して分析されていた。過去にも皮膚含有元素の分析は行われていたが,どの層を解析しているかは研究によって異なっていた。古い研究では層は区別されておらず,層の違いによる情報はほとんど得られていなかった。近年,種々の微量元素がセカンドメッセンジャーあるいは調節因子として働く事が示され,微量元素の解析も注目されつつある。例えばカルシウム(Ca2+)は,種々の細胞のシステムで非常に重要なシグナルを伝達する物質である。Ca2+は顆粒層と角皮層の分化のレベルで,アポトーシスの機構に重要な役割を果たしている事が示唆されている。アポトーシスにおけるCaとZnのバランスの重要性は,様々な細胞の機構の中で明白に実証されている。乾癬の病巣におけるFeの喪失は20年以上前に示されているが,臨床的に一見正常な乾癬患者の皮膚にもFeの消失が生じている事が明らかになってから,新たな意味を持ったと言える。皮膚障壁機能の変化は,分化した表皮細胞の生理学的状態と相互に関連すると考えられる。これまでは皮膚における生理学上重要な元素及び微量元素の量的勾配,そして高度に分化した組織を同時に分析する手法がなかった。Particle probeやelectron microprobe及びscanning proton microprobeを利用して,病態生理学の手法と同様に正常な皮膚の異なる生理学側面を分析することが可能になり,金属アレルギーの原因となる金属の浸潤も微量元素の解析で実証可能となった。正常状態と病理状態の皮膚における生理学的研究のアプローチは,細胞の免疫学的,生化学的な様々な技術に基づいていたデータの広い解釈を含めなければならない[1]。

微量元素と皮膚状

態乾癬患者やアトピー性皮膚炎患者の皮膚は,正常な皮膚と比較してCaの分布が高いという結果が得られている。特にCa:Znの比は正常皮膚との間に大きな違いが見られ,乾癬ではCaの割合が減少し,アトピー性皮膚炎ではZnの割合が減少しており,動態は明らかに異なる。また,Ca2+は細胞死(apoptosis)を制御している可能性も示され[2],皮膚の異常には細胞死のプログラム異常も関わっている事が示唆される。Ca2+は細胞表面のCl-channelをactivateさせることも知られており,金属のイオン化及び取込みにも関わっている可能性がある。角質細胞が正常にバリアを形成するためには,Ca2+の分布が重要であることが示され[3],皮膚のバリア機能の障害と同時に上皮組織におけるCa2+勾配の減少が観察されている[4]。

我々の試み

SPring-8(Super Photon Ring 8GeV)は,日本が誇る世界最高性能のおよそ50億電子ボルト(5GeV)以上の加速エネルギーを有する第3世代の大型放射光施設である。放射光とは1947年に初めて電子シンクロトロンで観測された,ほぼ光速で直進する電子が,進行方向を磁石などによって変えられた際に発生する電磁波である。現在,SPring-8は国内外の研究者に広く開かれた共同利用施設として,物質科学,生命科学,環境科学だけでなく産業利用分野の研究にも利用されている。

1997年の設立以来,タンパク質巨大分子の3次元構造解析,非結晶生体材料の小角散乱,薬剤設計,新薬開発などの生命科学へ利用に留まらず,生体試料中の環境汚染微量元素の分析,高性能電池材料の局所構造解析,環境浄化用触媒の分析などといった環境科学への利用にも応用されている。そればかりではなく微小血管造影法による腫瘍血管の観察,トモグラフィ,屈折コントラスト・映像法による呼吸器系疾患の観察など臨床に即した利用といった様々な分野に利用されている。我々はSPring8の分光分析ライン(BL37XU)を利用して,単一細胞において様々な元素を同時に測定する試みをはじめた[機器略図Fig1参照]。SPring8を利用した生細胞の分析は過去に試みがない。現在我々はその測定システムを確立する為に様々な試行錯誤を行っている。生体内の様々な微量元素は互いに影響を与えているとも考えられ,その動きを同時に測定できる事は価値ある事と考えられる。個々の元素を染色等で同定する事は可能であるが,試料を調整する事なく同時に複数の元素の分布及び化学状態を測定できる手法は他にないであろう。しかしながら,これまで単一細胞レベルでの測定はほとんど行われていない。何故ならば機器の構造上,様々な問題が存在するからである。まずは含有量の問題である。組織では無く,単一の細胞では各種元素は非常に微量な量しか含まれておらず,培地や固定液の影響を完全に取り除く事は難しい。次にビームの精度である。浮遊細胞だと,生かしたまま固定しなければならない。実験を進めて行く中で明らかとなった問題も多く,システムの確立までの道は困難である。



細胞の中に含まれる様々な微量元素がどのような機構で生命活動の制御に関わっているかは未だ明確ではない。各種タンパクの中に含まれ,活性中心として重要な働きを成しているものも数多くある。これら様々の様々な炎症の発生機構の中で我々がまず注目したのは活性酸素による細胞障害である。外的刺激に対する反応としての活性酸素発生により,サイトカインの分泌や細胞障害が誘導され,炎症の増悪に関係していると考えられる。活性酸素の発生に関わっていると考えられている遷移金属の中でも特に生体内での含有量の高いFeに着目した。免疫反応に関わる細胞群及び病態を呈している患部の組織モデルを解析することによって,より簡便な診断方法を構築するための試みとして,体内に微量含まれ,しかしながら大きな働きを果たしている金属に注目し,その動態と疾患に同調性が見られないかどうかを検討する必要があると考えられた。

分光分析は試料を障害しない為元素解析のみならず,免疫染色などの生化学的な解析を同一の試料で行うことが可能である。そこでまず我々はヒト前骨髄芽白血病細胞HL60を用いたトライアルを行った。HL60は薬物誘導及び刺激によって容易に活性酸素種の一つであるスーパーオキサイドアニオン(O2-)を発生させる事が知られている[5]。このHL60を用いた活性酸素の産生系においては,8-hydroxydeoxyguanosine (8OHDG)を指標とするDNAダメージについての研究が鹿児島大学の竹内らによってなされ[6],O2-とDNAダメージ量は相関する事が明らかになっている。このO2-の発生経路にはFeからの電子の供与が関係するfenton反応が考えられているが,実際に目で見える形では確認できていない。これまでは各種試薬の反応の結果から類推するのみであった。Feの重要性は既に知られるところであるが[7],この細胞系を用いてO2-発生時の細胞内での金属の動態を調べることで,O2-の発生に本当にfenton反応が関わっているのか,それとも別の体内の遷移元素が関わっているのか,又は全く別のメカニズムが働いているのかを目に見える形で証明できると考えた。次に,現在までに得られた結果を述べる。O2-を発生させると,測定したHL60の細胞内元素の中ではCa,Fe,Cuに増加が見られ,Cl,K,で減少が見られた。O2-の発生をSODの添加で抑えるとCl,Cu,Feのレベルは元に戻った。特にFeやZnは酸化ストレスを与えると細胞内に流入することが考えられる。O2-の消去のためにはSODが必要であり,SODを活性化するのにはZnが消費される。O2-を不均化した後,Znは細胞内に取り込まれるようである。これらの結果から分かることは,O2-の発生にはFeだけでなく,他の遷移元素(特にZn)が関わっているということであろう[8]。また,価数の動態の変化をX線吸収端構造解析(XAFS)で行った[Fig 2]。PMAにて刺激を与えると若干2価へシフトする事がわかる。しかしながらこれらのサンプルは細胞をmassとして見ている為,価数の片寄りが懸念される。



我々はまたアレルギーの発症機構解明の為,SNP(Single Nucleotide Polymorphisms: 一塩基多型)による個体差を加味した遺伝子解析を行っている。HumanGenome Projectにおいてドラフトシークエンスが発表されて以来,様々な疾患関係遺伝子が発表されてきている。経験的な知識に加え,遺伝子解析の観点からもアレルギーは一つの原因によって発生する単一原因疾患ではなく,多因子疾患であることは周知の事実である。環境要因,遺伝要因が様々に交絡し合って各々の疾患を生じていると考えられている。アレルギー疾患がもしも完全に個体差によってばらばらな原因によって生じるのであれば,治療の方策の立てようはない。しかしながら家系調査で家族集積性が見られることや,双生児研究で一卵性双生児に高い一致率が見られることから,遺伝子解析もまた必要である。様々なツールを用いてより早く適切な診断をくだし,患者のQOLをいかにあげるかが今後の課題であろう。

1.Forslind B: The skin barrier: analysis of physiologicallyimportant elements and trace elements. Acta DermVenereol Supp 208: 46-52, 2000.

2.Forslind B, Werner-Linde Y, Lindberg M, Pallon J:Elemental analysis mirrors epidermal differentiation.Acta Derm Venereol (Stockh) 79(5): 12-17,1999.

3.Vicanova J, Boelsma E, Mommaas AM, Kempenaar JA,Forslind B, Pallon J, Egelrud T, Koerten HK, Ponec M:Normalization of epidermal calcium distribution profilein reconstructed human epidermis is related toimprovement of terminal differentiation and stratumcorneum barrier formation. J Invest Dermatol 111(5):97-106,1998.

4.Ahn SK, Hwang SM, Jiang SJ, Choi EH, Lee SH: Thechanges of epidermal calcium gradient and transitionalcells after prolonged occlusion following tape strippingin the murine epidermis. J Invest Dermatol 113(6): 189-195,1999.

5.Takeuchi T, Morimoto K, Kosaka H, Shiga T: Spintrapping of superoxide released by opsonized asbestosfrom human promyelocytic leukemia cell line, HL60.Biochem Biophys Res Commun 194(1): 57-64, 1993.

6.Takeuchi T, Nakajima M, Morimoto K: Relationshipbetween the intracellular reactive oxygen species andthe induction of oxidative DNA damage in humanneutrophil-like cells. Carcinogenesis 17(8): 1543-1548,1996.

7.Goswami T, Rolfs A, Hediger MA: Iron transport;emerging roles in health and disease. Biochem Cell Biol80(5): 679-89, 2002.

8.Nakashima K, Shirakawa T, Ide-Ektessabi AM:Investigation of the relation of allergy and oxidativedamage by metallic elements using SR micro beam.CAARI 2002proceedings