≪免疫毒性試験プロトコール 18≫

Affymetrix GeneChipを用いた遺伝子発現解析


2001; 6(2), 8-10


 中村 亮介,手島 玲子,澤田 純一
(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部)

A. 解説

 近年,DNAチップおよびDNAマイクロアレイを用いた研究が徐々に増加してきている。DNAチップとDNAマイクロアレイという言葉はよく混同されるが,厳密には両者は区別されるべきものである1)。DNAマイクロアレイはStanford方式ともよばれ,アレイヤー(スポッター)を用いてスライドグラス上にcDNAをスポットし,これに蛍光標識したcDNAをハイブリダイズする技術である。比較的安価であり,現在アレイ技術の主流となっている。一方のDNAチップは,この技術を開発した会社名からAffymetrix方式ともよばれ,光化学反応を用いてガラス基板上に直接オリゴDNAを固層合成することにより,高密度にプローブを配置したアレイを用いる2)。スプライシングアイソフォームを検出したり,GCリッチな領域を外すことでバックグラウンドを低減させたりと多くのメリットを持つが,現状では少々高価なことが欠点といえる。本稿では,主にAffymetrix社のGeneChipを用いた遺伝子発現解析について述べる。

 Affymetrix方式の最大の特徴は,上述したようにオリゴDNAをプローブとすることである。当然のことながら,短い(25残基程度)オリゴDNAをプローブとして用いる以上,偽のtranscriptがプローブにミスハイブリダイズする危険性が高くなる。このためAffymetrix方式では,一つのターゲット遺伝子に対し16種類のプローブを用意している。さらに,25残基のプローブ配列の中央にミスマッチな塩基が来るようにしたものを用意し,完全にマッチした配列のシグナルとの差を取ることにより,偽のシグナルを差し引いている。この値をAverage Differenceといい,GeneChipにおける重要なパラメータとなっている。

 以下にラット培養マスト細胞株RBL-2H3細胞に対するステロイド(dexamethasone)の影響を解析した例を示しながら解説する。



B.実験方法

1.細胞

 ラット培養マスト細胞株(RBL-2H3細胞)を10%FCS含有DMEM培地を用い,ポリスチレン製75cm2培養フラスコ(Corning)中で培養する。2×104 cells/mLとなるよう,3日に1度セルスクレイパー(Falcon)で接着したRBL-2H3細胞をはがし,新しいフラスコに継代する。

2.試薬と機器

 DexamethazoneはSigmaより購入した。RNAの調製にはTRIzol reagent (Invitrogen Life Technologies)を用い,SuperScript Choice system (Invitrogen Life Technologies)およびT7-(dT)24プライマー(GENSET Corp)により逆転写を行った。in vitro転写反応にはBioArray HighYield (ENZO)を,clean upにはRNeasay Mini (QIAGEN)を用いた。

 GeneChipアレイはRat Genome U34A array (Affymetrix)を用いた。ハイブリダイゼーションカクテル試薬として,Acetylated BSA (Invitrogen Life Technologies),Herring sperm DNA (Promega)を用いた。蛍光色素としてstreptavidin-phycoerythrin (SAPE; Molecular Probes)およびビオチン化ヤギanti-streptavidin IgG (Vector laboratories)を用い,GeneChip Fluidics Station(Affymetrix)により染色・洗浄を行った。アレイスキャナにはGeneArray(Hewlett Packard)を用いた。

C. 実験操作

1. RNAの抽出

 Dexamethasone(100nM)により,1×107個のRBL-2H3細胞を37℃で20時間処理する。PBSで2回洗浄後,TRIzol Reagentによりtotal RNAを抽出する。RNeasy Mini(QIAGEN)を用いてもよいが,組織からRNAを抽出する場合にはTRIzolの方がよいとされている。なお,先にmRNAを調製するプロトコルもある。

2. 逆転写反応

 Affymetrixのプロトコルでは5μg以上あれば可能とされているが,著者らは余裕がある限り20μgのRNAを使用している。20μgから始める場合,total RNAの濃度は2.2μg/μL(20μg/9μL)以上が要求される。T7プロモータを付加したオリゴdTプライマーを用いて,SuperScript Choice systemにより逆転写し,二本鎖cDNAを得る。PCI処理によりこれを精製し,12μLのDEPC処理水に溶解する。

3. in vitro転写によるcRNAの増幅

 12μLのうち3.3μLを用いてBioArray HighYieldにより37℃,7時間のin vitro転写反応を行い,ビオチン標識されたcRNAを増幅する。RNeasy MiniによりRNAを精製し,吸光度により濃度を測定する。この段階でのRNAの純度としては,A260/A280の比が1.9〜2.1程度であることが望ましい。

4. RNAの断片化処理

 20μgのRNA(1〜32μL)に5×RNAFragmentation Buffer を8μL加え,DEPC処理水により全量を40μLにして94℃,35分間処理する。5×RNA Fragmentation Buffer の組成は次の通り。1M Tris acetate(氷酢酸でpH8.1)4.0mL,0.64g MgOAc,0.98g KOAcをDEPC処理水に加え,全量20mLとし,0.2μmフィルタを通す。室温で保存可。断片化の前後におけるRNAのサイズを電気泳動により確認する。

5. ハイブリダイゼーション

 4で得られた断片化RNAには,2の逆転写反応の鋳型として用いたビオチン非標識体が少量含まれている。非標識RNAはビオチン標識RNAと競合してアレイに結合し,SAPEによる染色を妨害する要因になると考えられる。3の終了時に20×(3.3/12)=5.5μgの非標識体の混入が見積もられるため,これを補正したうえで,15μgのビオチン標識cRNAを用いてハイブリダイゼーションを行う。

 著者らが用いたアレイはRat Genome U34A array(RG-U34A)で,これはラットの既知遺伝子と機能既知ESTのすべて(8800種)が載っている。コントロール遺伝子および断片化したcRNAを60rpm,45℃,16時間ハイブリダイズする。ハイブリダイゼーションカクテルの組成は以下の通り。断片化cRNA 15μg,control oligonucleotide B2 15fmol,control cRNA (BioB, BioC, BioD, cre)それぞれ0.45, 1.5, 12.5, 30fmol,herring sperm DNA30μg,acetylated BSA 150μg,2×MES hybridization buffer 150μL,DEPC処理水で全量300μLにする。

6. 染色および洗浄

 Affymetrix Fluidics Stationにより,アレイの染色および洗浄を行う。このステップはほぼオートメーション化されており,実験者はパソコンに設定を入力するのみである。RG-U34Aは高密度アレイであり,一つのプローブセルは24μm四方という大きさである。非常に小さなセルの蛍光を感度よく検出するため,ビオチン標識cRNAをSAPEで染色し,ここにビオチン標識抗アビジンIgGを結合させ,さらに再度SAPEで染色するという増感手法が用いられている。

7. スキャン

 アレイスキャナGeneArrayにより,Ar+レーザ488nm単色光励起の共焦点系で染色したRG-U34Aの蛍光画像を取得する。4733×4733pixelの16bitデータで,2回のスキャン画像を平均してノイズを低減している。

D.解析

 DNAチップ技術を用いて発現解析を行う場合,実験台で手を動かす作業よりも,コンピュータの前で解析している時間や手間の方がはるかに大きいものである。

 解析には,著者らはAffymetrixシステム標準の解析ソフトAffymetrix SuiteおよびMicrosoft Excelを用いているが,データ量が膨大になれば,GeneSpring(Silicon Genetics)などの本格的バイオインフォマティクスツールが必要になると思われる。スキャンした画像はSuiteにより自動的にグリッドがかけられ,個々のプローブセルの蛍光強度が読みとられる。統計処理の後,前述のAverage Difference(Avg Diff)や,シグナルの信頼度(Absolute Call),比較解析した場合はコントロールに対する発現比(Fold Change)などのパラメータが,GenBankのIdentifierとともに,マトリクスシートの形で表示される。著者らはこのデータを元に,Excelによりさらに統計処理を加えている。顕著な発現変化を示す遺伝子を数十個から百個程度同定するためにはこの程度で十分といえるが,疾病の遺伝子診断に用いるなどの場合には,相当数のアレイを用い,GeneSpringなどによりクラスタリング解析を行うことが必要となろう3)

 図2はRBL-2H3マスト細胞をdexamethasoneで処理した際の遺伝子発現変化を示すものである。Avg Diffの平均値が2,500になるようノーマライズした上で,検出限界以下の数値を検出限界値で置き換え,横軸にコントロール,縦軸に処理後のAvg Diffをプロットした。ほとんどの遺伝子は刺激の前後で発現量が大きく変化していないことが分かるが,中には100倍以上発現が上昇するものや,30分の1以下に減少するものなどがあった。また,いわゆるhouse-keeping geneの一つGAPDHは,処理の前後でAvg Diffは約25,000で変化はなかった。

 なお,DNAチップに限らず,遺伝子発現の網羅的解析を行う際に最も困難な作業は,個々の遺伝子に関するアノテーションであろう。現在のところ,酵母やショウジョウバエなどゲノムシークエンスが終了した一部の種,また哺乳動物に関してはマウスについては整備が進みつつあるが4),公的データベースなどの今後の整備が強く望まれる。



F. 今後の展望

 著者らは現在のところRBL-2H3マスト細胞に関してはdexamethasone の影響を解析したのみであるが,今後他の免疫毒性を示す化合物に関するデータが集まれば,それぞれの遺伝子をクラスタリングすることにより,各化合物を遺伝子発現プロファイルを元に分類することができるようになる。新規の免疫毒性化合物の作用メカニズムを考えるとき,網羅的解析による遺伝子発現のパターン分析から,その化合物が既知のどの化合物と類似した作用を持つかが推定できるようになると期待される。

G. 参考文献

1) The chipping forecast. Nat. Genet., supplement 21 (1999)
2) Lockhart, D.J. et al. Expression monitoring by hybridization to high-density oligonucleotide arrays. Nat. Biotechnol. 14, 1675-1680(2000)
3) Alizadeh, A.A. et al., Distinct types of diffuse large B-cell lymphoma identified by gene expression profiling. Nature 403, 503-511(2000)
4) The Gene Ontology Consortium, Geneontology: tool for the unification of biology. Nat. Genet. 25,25-29(2000)