≪免疫毒性試験プロトコール 17≫

ラット免疫グロブリンクラス(IgM,IgG,IgA)の測定法


2001; 6(1), 11-14


久田 茂,永嶋 雅子
(帝国臓器製薬株式会社 安全性研究部)

A. はじめに

 各クラスの免疫グロブリン (免疫グロブリンクラス) の血清中濃度は,酵素免疫測定法(ELISA) により少量の血清試料を用いて容易に測定できる。SPF動物では,血中抗体の多くは腸内細菌であるグラム陰性菌のリポ多糖類 (LPS) あるいは莢膜抗原である多糖類 (PS) に対する抗体と考えられ,T非依存性にIgM抗体産生細胞に分化する。一方,これらの抗体のクラススイッチにはT細胞由来のサイトカインが必要とされる。脾臓辺縁帯B細胞の多くはこのようなT非依存性抗体産生細胞と言われている1)

 これらの事実から,血清免疫グロブリン濃度の変化は免疫毒性の発生に伴って必ず発生する鋭敏な指標とはいえないが,IgMクラスの変動がB細胞機能の変化を反映し,IgGあるいはIgA濃度の変化がT細胞機能の変化を反映する可能性が考えられる。したがって,反復投与試験において,病理組織学的所見と併せて免疫グロブリンクラス濃度の変化を検討することにより,発生した免疫毒性の特性をより詳細に把握することが出来ると考えられる。

 本稿では,サンドウィッチELISA法により容易にラット免疫グロブリンクラスの測定が可能なキットを用いた測定法を紹介すると共に,参考までに,免疫グロブリン濃度の変化しなかった例および変化した例 (ラット及びマウス) について紹介し,反復投与試験における免疫グロブリンクラス濃度測定の意義について考えてみたい。

B. 実験材料等

 Bethyl社 (www.bethyl.com) の測定キットを用いる測定法について以下に紹介する。同キットはフナコシあるいはコスモバイオより入手可能である。

1. 定量キット

 1. 種類
  1. Rat IgM ELISA Quantitation Kit (Bethyl,カタログ番号E110-100)
  2. Rat IgG ELISA Quantitation Kit (Bethyl,カタログ番号E110-128)
  3. Rat IgA ELISA Quantitation Kit (Bethyl,カタログ番号E110-102)

 2. キット内容
  1)ヤギまたはウサギ抗ラットIgM (IgG,IgA)アフィニティ精製抗体
  2)ラット標準血清 (rat Ig reference serum)
  3)ヤギまたはウサギ抗ラットIgM (IgG,IgA) 抗体-HRP

2. 試薬類

 1)固相化抗体希釈液:0.05M重炭酸緩衝液 (pH9.6)

 2)ブロッキング液:1%BSA-TBS
  Tris Buffered Saline with BSA Pouch (Sigma,製品番号T6789)

 3)血清試料および標準血清希釈液:1%BSA-TBS (0.05% Tween 20添加)
上記の1%BSA-TBSにTween 20を0.05%となるように添加する。

 4)反応停止液:2M H2SO4

 5)洗浄液:Tween加TBS (0.05M Tris,0.14M NaCl,0.05%Tween20,pH8.0)

 6)酵素基質液
  TMB Microwell Peroxidase Substrate System,(KPL,カタログ番号50-76-00)

3. 器材類

 1)96ウェルマイクロプレート
  Nunc C Bottom Immunoplate 96 well (Nunc,製品番号446612)

C. 操作手順
 以下の分注における希釈倍数は,今回確認したロットのものについて記した。

 1. アフィニティー精製抗体を固相化抗体希釈液で100倍に希釈する。

 2. 上記の抗体液を100μLずつマイクロプレートの各ウェルに加えて室温に60分間静置する (固相化)。

 3. Tween加TBSで2回洗浄する。

 4. 1% BSA-TBSを200μLずつ各ウェルに加えて,室温に30分間静置する。

 5.  Tween加TBSで2回洗浄する。

 6. 希釈液 (1% BSA-TBS with 0.05% Tween20) で標準血清および血清試料を以下のように希釈する。

   1)標準血清
    IgM:1.3mg/mLの標準血清を650〜10400倍に希釈する。
    (2000,1000,500,250,125,62.5ng/mL)
    IgG:13.22mg/mLの標準血清を26440〜1692160倍に希釈する。
    (500,250,125,62.5,31.25,15.6,7.8ng/mL)
    IgA:0.24mg/mLの標準血清を240〜15360倍に希釈する。
    (1000,500,250,125,62.5,31.25,15.6ng/mL)

   2)血清試料
    標準血清の濃度範囲内で希釈する。

 7. プレート毎に上述の段階希釈した標準血清を100μLずつデュプリケートで各ウェルに加え,さらに適度に希釈した試料血清を同様にデュプリケートで各ウェルに加える。
   60分間室温に静置する。

 8. Tween加TBSで2回洗浄する。

 9. 酵素標識抗体をIgMは60000倍,IgGは100000倍に,IgAは80000倍に希釈し,100μLずつ各ウェルに加えて室温で60分間静置する。

10. Tween加TBSで3回洗浄する。

11. 酵素基質液を調製し,100μLずつ各ウェルに加えて,室温で5〜30分間静置する。反応停止には2M H2SO4を100μLずつ各ウェルに加える。

12. マイクロプレートリーダーを用いて450nmにおける吸光度を測定する。

D. 濃度算出法

 X軸を濃度,Y軸を吸光度 (対数目盛) として標準曲線を作成し,直線性の良好な濃度範囲で近似曲線を求め,その数式から各々のサンプルの濃度を算出する。

E. 留意事項

 1. 市販抗体を使用する場合

 市販の抗体,酸素標識抗体および標準血清を用いて測定する場合には,固相化のための抗体および酵素標識抗体の希釈倍数,ならびに測定濃度範囲を抗体のロット番号毎に決定する必要がある。我々は,抗体の固相化には重炭酸緩衝液 (pH9.6),ブロッキングには1%BSA-PBS,ウェルの洗浄には0.05% Tween 20加PBS,発色基質液としてはo-フェニレンジアミン液 (OPD 40mg,過酸化水素10μL,pH4.7クエン酸緩衝液100mL) を用いてきた。固相化用の抗体を比較的高濃度に設定し,酵素標識抗体を極めて高希釈で用いることがポイントと思われる。

 2. 測定値は相対値

 IgGには複数のサブクラス抗体を含むために,免疫毎に得られる抗体の特異性が異なる可能性がある。今回,我々は同一の血清試料について,我々の従来法とキットによるELISA法による測定結果を比較してみた。その結果,IgG濃度の測定値は両者間で結果がばらつき,相関性が低かった。一方,IgM濃度の測定値は同一ではないものの両者間で高い相関性が得られた。以上の検討からELISAにより得られたIgクラスの測定値は相対値として扱う必要があるものと考えられた。さらに,飼育条件,週齢などにより免疫グロブリン濃度は大きく変動するので,しっかりした対照群を設定する必要があると思われる。
    
F. 血清免疫グロブリンクラスの測定例

 以下に免疫グロブリンクラスの測定例について,弊社経験例から紹介する。ラットCY試験以外は弊社の従来法による測定結果を示した。

1. Medroxyprogesterone acetate (MPA) および Hydrocortisone (HC)

 雌Crj:CD(SD)ラットに10週齢時からMPAを0,1および10mg/kg/dayの用量で,HCを10mg/kgの用量で28日間強制経口投与した。

 MPA投与群ではそのglucocorticoid様作用により副腎皮質が用量依存的に萎縮すると共に,胸腺,脾臓,および膝窩リンパ節の重量が用量依存的に低下した。病理組織学的には軽〜中度の胸腺皮質の萎縮が高頻度で発生したが,末梢リンパ性器官への影響は軽度であり,脾臓PALSあるいはリンパ節傍皮質領域の軽度萎縮が低頻度で認められた。一方,血清IgMおよびIgGクラスの濃度変化は認められなかった (図1)。HC投与群では副腎皮質の萎縮は認められなかったが,他の変化はMPA投与群と同様に認められた。



 したがって,MPAおよびHCの主な標的は胸腺細胞であり,末梢リンパ性器官への影響はT細胞を中心に軽度と考えられた。(久田,第13回日本毒性病理学会)

2. cyclophosphamide (CY),ラット

 6週齢の雄Crj:CD(SD)IGSラットにCYを3mg/kg/dayの用量で28日間強制経口投与して,溶媒投与群と比較した。
 CY投与群では胸腺および脾臓重量の変化は認められなかったが,病理組織学的に脾臓およびリンパ節における胚中心の減少あるいは消失,ならびに脾臓における辺縁帯の萎縮が観察された。一方,CY投与群でIgMクラスの顕著な低下,ならびにIgGおよびIgAクラスの軽度な低下が認められた (表1)。これらの変化はいずれもCY 3mg/kgの連続投与における免疫毒性の主要な標的がB細胞系であることを示すと思われた。



3.  cyclophosphamide,マウス

 雌雄のCB6F1マウスにCYを50および150mg/kg/weekの用量で週1回,5回強制経口投与し (投与開始時10-11週齢),最終投与の翌日に安楽死させて検査した。CY投与群には胸腺および脾臓重量の用量依存的な低下が認められ,病理組織学的には胸腺皮質の軽度萎縮,ならびに脾臓およびリンパ節におけるリンパ小節の萎縮が認められた。さらに150mg/kg群では脾臓におけるPALS,辺縁帯あるいは脾索の萎縮,およびリンパ節傍皮質領域の萎縮が認められた。一方,IgMおよびIgGクラスは用量依存的に低下し,150mg/kgにおけるIgGの低下は50mg/kg群に比してより明らかであった (図2)。この例は,ラットへの3mg/kgの連日投与に比して,マウスに高用量 (50,150mg/kg) のCYを週1回間欠投与した場合にT細胞への毒性がより強く発現することを示すと考えられた。(久田,第27回日本トキシコロジー学会)



G. まとめ

 免疫グロブリンクラス濃度は,少量の血清試料を用いてELISA法により容易に測定可能である。免疫グロブリン濃度は全ての免疫毒性の発現に伴って必ず変動する鋭敏な免疫毒性パラメータではない。しかし,反復投与試験において病理組織学的検査と併せて評価することにより,発現した免疫毒性の特性をより詳細に理解することが可能と考えられる。

H. 参考文献

1) Haschek, W. A. and Rousseaux, C. G. (eds.)(1998) Fundamentals of Toxicologic Pathology. Academic Press, San Diego, pp244-245.
2) Vos, J. G. et al. (1979) Quantification of total IgM and IgG and specific IgM and IgG
to a thymus-dependent (LPS) and thymus-independent (tetanus toxioid) antigen in the
rat by enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA). Ann. N. Y. Acad. Sci.,
320:518-534.
3) Hedger, M. P. et al. (1994) Measurement of immunoglobulin G levels in adult rat
testicular interstitial fluid and serum. J. Androl., 15:583-590.
4) Vos, J. G. et al. (1982) Use of the enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA) in
immunotoxicity testing. Environ. Health Perspect., 43:115-121.
5) Salauze, D. et al. (1994): Quantification of total IgM and IgG levels in rat sera by a
sandwich ELISA technique. Comp. Haematol. Int., 4:30-33.
6) 東京大学医科学研究所学友会編 (1988) 微生物学実習提要,丸善,pp311-315.