≪免疫毒性試験プロトコール 12≫

マウス血液サンプルにおけるサイトカイン発現レベルのRT-PCRによる解析法


2000; 5(2), 7-9


大塚文徳
帝京大学薬学部環境衛生学教室

A.解説

 環境因子や化学物質による免疫反応の変動を知るためのマーカーとして,ヒトやマウスから採取したサンプル中のサイトカインレベルを測定する必要性が高まっているが,ELISA法による測定では感度的に不十分であるケースが多い。一方,RT-PCRによるmRNA量の測定は高感度であり,種々のサイトカインに関して詳しい実験法の解説(1)もあるが,本法は一般的にダイナミックレンジが狭く,定量性に欠けることが指摘されてきた。近年リアルタイムPCR装置によってその定量性が大幅に改善され,おそらくこの装置による方法が今後一般的になっていくものと予想される。しかし,機器が比較的高額であり,測定の至適化にも時間がかかるなどの理由で従来法による測定も現段階では十分有力な選択肢である。我々の研究室では,種々の環境因子によるTh1・Th2細胞のバランス変動を探るために,それぞれのT細胞サブセットが産生するIFN-γ・IL-4などのサイトカイン発現レベルをRT-PCRで解析する方法を確立したので紹介する。

B.試薬・機器

1)RNA調製

 マウスの血液細胞からのtotal RNA調製にはQuick Prep Total RNA Extraction Kit(アマシャムファルマシア バイオテク)を用いた。

2)逆転写,PCR用試薬および機器

 最近では逆転写とPCRを同一チューブ内で行うための試薬キットが各社から入手できる。ここではアマシャムファルマシア社のReady-To-Go RT-PCRビーズ(0.2mlチューブタイプ;96穴プレート対応)を用いている。また,DNA増幅装置はRoboCycler Gradient 96(STRATAGENE)を用いた。

3)電気泳動用試薬・機器

電気泳動用のアガロースはシナガロース(TOHO)を用いている。このアガロースは透明度が高く写真撮影のために都合がよい。現在製造中止になっているが,シーナゲル(TOHO)をアガロースに添加することで,同様なゲルを調製可能である。DNAの染色試薬はエチジウムブロマイドを用いた。多検体電気泳動漕(96穴プレート対応)はElectro-Fast(日本ジェネティックス)を用いている。

4)DEPCの処理水

 RNAサンプルの希釈や反応液の調製にはDEPC(diethyl pyrocarbonate)を処理してRNaseフリーにした超純水を用いる。DEPC処理水は,最終濃度が0.1%になるように超純粋にDEPCを添加し,スターラーで一晩攪拌した後オートクレーブして調整する。

C.実験操作手順

1)RNAサンプルの調製

 Balb/cマウスから心採血によって得た血液に1/100量の0.5M EDTA-2Na(pH7.5)を添加し,溶血・遠心を経て血液細胞を調整する。血液細胞のペレットからQuick Prep Total RNA Extraction Kitによってtotal RNAを単離する。RNA量は希釈サンプルのOD260により定量する。

2)逆転写およびPCR

1.RT-PCRビーズの入ったチューブに41.5μlのDEPC処理水を加え,氷浴上で約5分間静置して試薬を溶解する。

2.RNAサンプル5μlを添加する。その際,10-100ng/5μlの範囲で4点程度の希釈系列を作成する。また,内部標準としてG3PDH(glyceraldehydes 3-phosphate dehydrogenase)mRNAの発現を測定するが,その場合のRNA量は0.1ng程度が適量である。

3.1μlのoligo(dT)12-18(0.5μg/μl)を加え,42℃で30分間インキューベートとして逆転写反応を行った後,95℃,5分間加熱して逆転写酵素を失活させる。

4.2.5μlのプライマーセット(10 pmol each/μl; 塩基配列および増幅産物の塩基長は表1参照)を加え,軽く撹拌した後,PCRを行う。反応は95℃,5分の加熱の後,95℃<60秒>,60℃<60秒>,72℃<90秒>の反応を,IFN-γの場合34サイクル,IL-4の場合で35サイクル行い,最後に72℃で10分間伸長反応を行う。



5.反応液に5μlの泳動用色素液(0.5 M EDTA/ 50% glycerol/ 0.3% Bromophenol Blue)を添加し,その10μlを0.5μg/mlのエチジウムブロマイドを含む1.5% アガロースにアプライして電気泳動を行う。

6.泳動終了後,トランスイルミネーター上でポラロイド写真を撮影する。必要に応じ,画像処理によってバンド強度を数値化する(図1参照)。



D.留意事項

1.本稿では血液細胞からRNAを調製しているが,血液から直接total RNAを調製したい場合やサンプルを採血場所から運搬する必要がある場合には,RNA調製試薬としてISOGEN-LS(ニッポンジーン)が適している。

2.一般的にRT-PCRによる定量は指数関数的な増幅が起こっているサイクル数で行う必要があるが,存在量が少ないメッセージの場合はアイソトープなどを用いない限りRT-PCR産物の検出は難しい。本稿で述べたPCR条件下では,指数関数的というより直線的増幅段階すなわち反応終期に入っているが,インプットRNA量とアウトプットの増幅産物量は相関している(図1)。ただし,用いるPCR試薬や増幅装置の相違によって反応条件が異なることも予想されるので,ここで述べた条件は目安として考え,RNAの希釈系列による定量性の確認と同時に,増幅反応各ステップの時間やサイクル数などをチェックする必要がある。

3.ヒト血液サンプルはマウスのサンプルに比べて検出しにくい傾向があり,往々にしてIFN-γ cDNAしか検出できない。さらにヒトの場合には個体差が著しいことが報告されている(2)。我々の経験ではマウスの場合も同様に個体差および系統差がある。一方,マウス脾臓細胞から調製したサンプル(3)ではサイトカインcDNAの検出は比較的容易であり,IL-5cDNAもクリアに増幅できる。

4.画像の数値化は,特別な装置がなくても撮影した写真をスキャナーでコンピュータに取り込んで解析できる(300dpi程度の解像度で可)。適当な画像ソフト(PhotoShopなど)で白黒反転し,解析ソフト(NIH Image Ver.1.60)でバンド強度を数値化する。

E.参考文献

1)James, S.P. Detection of Cytokine mRNA expression by PCR. In Current Protecols in Immunology (J.E. Coligan, A.M. Kruisbeek, D. H. Margulies, E.M. Shevach and W. Strober, eds.)pp.10.23.1-10.23.10. Greene Publishing and John Wiley & Sons, NY.
2)Kruse, N., Pette, M., Toyka, K. and Rieckmann, P., J. Immunol. Methods, 210, 195-203(1997)
3)大沢基保,大塚文徳(1991) 免疫細胞:細胞トキシコロジー試験法(日本組織培養学会編)pp.179-188,朝倉書店。