≪免疫毒性試験プロトコール 7≫

ラットにおけるリンパ系器官・組織 (胸腺,脾臓,リンパ節) の病理組織学的検査


1999; 4(2), 10-14


守田 禎一
富山化学工業株式会社  綜合研究所 安全性研究所
佐藤 則博
旭化成工業株式会社 ライフサイエンス総合研究所 安全性研究所
及川 寿浩
鳥居薬品株式会社 学術本部 安全情報管理室

A. 解説

 化合物の免疫系に与える影響を評価する上で,リンパ系器官・組織の病理組織学的検査の重要度は高い。病理組織学的検査を行う場合,通常は剖検時に採取した器官・組織をホルマリンで固定し,パラフィン包埋及び薄切の過程を経て作製したパラフィン切片を用いる。この切片にヘマトキシリン・エオジン (HE) 染色を施して,光学顕微鏡下で観察を行う。本プロトコールでは,組織学研究の代表的手法であるパラフィン切片作製法とHE染色法について紹介するとともに,ラットのリンパ系器官・組織 (胸腺,脾臓,リンパ節) の正常組織像について述べる。

B. 実験材料等

1. 試薬および調製方法

1) ヘマトキシリン染色液
   ヘマトキシリンは主に細胞核,軟骨などを青紫色に染色し,塩基性色素と呼ばれている。調製方法により数種類のヘマトキシリン液があり,それぞれ染色方法も若干異なるが,この中でも最も代表的なマイヤーのヘマトキシリン液について以下に示す。

(1) マイヤーのヘマトキシリン液

ヘマトキシリン 1.0g
ヨウ素酸ナトリウム  0.2g
カリウムミョウバン 50g
抱水クロラール  50g
結晶性クエン酸 (1水和物)  1.0g

 蒸留水約100mLにヘマトキシリンを加え,加温しながら攪拌・溶解する。完全に溶解したら,ただちに蒸留水約300mLを加えて速やかに液温を下げ,ただちにヨウ素酸ナトリウムを加えて攪拌・溶解する。蒸留水約300mLを加えた後,細かく粉砕したカリウムミョウバンを加えて攪拌・溶解する。カリウムミョウバンおよび抱水クロラールを一度に全量加え,速やかに攪拌・溶解する。蒸留水を加えて全量を1000mLにメスアップする。

2) エオジン染色液
   エオジンは細胞質,結合組織などを紅〜赤紅色に染色する代表的な酸性色素であり,やはり数種類のエオジン液があるが,代表例としてエオジン・アルコール液について以下に示す。
  エオジン・アルコール液 
      80%アルコール   300mL
      0.2%酢酸水     100mL
      エオジンY (G)    1.0g
エオジンYを酢酸水に溶解し,80%アルコールを混合する。

C. 実験方法

1. パラフィン切片の作製および染色方法

1) 材料採取・固定
   解剖時に臓器を摘出した後,速やかに10%中性緩衝ホルマリン液に浸漬し,振盪しながら約1週間固定する。この際,固定液の浸透をよくするため,予め臓器に1~2箇所剃刀で割面を入れておく。

2) 脱水・包埋
   固定組織を水洗してホルマリンを除去した後,80~100%の上昇エタノール系列に順次浸漬して脱水を行い,続いて組織をキシロールに移してエタノールを置換する。組織を融解したパラフィン (58~60℃) に浸漬してパラフィンを組織に十分浸透させた後,これを冷やしてパラフィンを固化し,パラフィン内に組織が包埋されたブロックを作製する。

3) 薄切
   ミクロトームを用いてパラフィンブロックを4μmの厚さに薄切し,得られた切片を約50℃の湯に浮かせて皺をよく伸展させた後,スライドガラスに拾い取り,乾燥させて切片をスライドガラスに密着させる。

4) HE染色
   以下にマイヤーのHE染色を例示する。

(1) 脱パラフィン
 上記の標本をキシロール槽に入れてパラフィンを除去した後,100~70%の下降エタノール系列に順次移して徐々に水に馴染ませ,最後に流水中で水洗する。

(2) 染色
   水洗後の標本をマイヤーのヘマトキシリン液に3~5分間入れた後,10~20分間,流水中で水洗して調色・色出しを行う。続いてエオジン液に2~4分間入れた後,蒸留水槽で1~2秒間余分なエオジン液を洗い流し,直ちに70〜100%の上昇エタノール系列を通してエオジンを脱色・分別しながら脱水を行う。

(3) 透徹・封入
   十分に脱水させた標本をキシロール槽に入れてエタノールを除去し,標本を透明に (透徹) した後,封入剤 (ビオライトなど) を標本上に滴下し,標本上の切片を覆うようにカバーガラスを被せて封入する。

D. ラットのリンパ系器官・組織の正常組織像

1. 胸腺thymus

 胸腺は小葉lobule (L) に分かれたリンパ器官で,胸腺へ出入りする血管を含む結合組織性の被膜capsuleに被われている。血管を含む線維性中隔が被膜から胸腺実質に放散する。被膜と血管の間は基底膜により区分され,抗原を含めた血中成分が胸腺へ入ることを防止する血液胸腺関門blood-thymus barrierを形成している。小葉は,外側部の皮質cortex (C) と内側部の髄質medulla (M) の2層から構築されている (Photo@,A)。

 皮質では未熟なTリンパ球が密集して活発に増殖しており,皮質上皮細胞cortical epithelial cellの突起がこの間を埋め,大食細胞macrophageが点在している。皮質外層のリンパ球は有糸分裂mitosisにより増え,髄質の方へ押しやられるにつれ小型となる。胸腺皮質でつくられる莫大なリンパ球のうち,大多数は胸腺皮質中で死ぬ。

 髄質には上皮性網工がよく発達しており,皮質に比べてリンパ球は少ない。また,髄質には髄質上皮細胞medullary epithelial cellが変性してできたハッサル小体と呼ばれる同心円層板状構造物が含まれる。成熟Tリンパ球は,髄質部の毛細血管後細静脈を経て循環系へ入る。

2. 脾臓spleen

 脾臓の表面は薄い結合組織性の被膜capsuleで被われており,実質内に被膜より脾柱trabeculaeが突出し,構造の保持を行っている。脾臓の実質は脾髄であり,リンパ組織である白脾髄white pulp (W) と細網性血液流床である赤脾髄 red pulp (R) から成る (PhotoB)。

 白脾髄は,中心動脈central arteryを鞘状に囲んで発達したリンパ系組織で,リンパ小節lymph nodule (LN) と動脈周囲リンパ鞘periarterial lymphoid sheath (PALS) からなる (PhotoC)。リンパ小節は,動脈周囲リンパ鞘に連続したBリンパ球主体の結節状リンパ組織で,胚中心germinal centerをみることもある。動脈周囲リンパ鞘は胸腺依存性領域であり,多数のTリンパ球が集まって形成されている。

 白脾髄と赤脾髄の境界には辺縁帯marginal zone (MZ) と呼ばれる帯状領域が認められる。辺縁帯は,マクロファージ,TおよびBリンパ球の間の免疫学的情報交換の場として注目されている。辺縁帯と動脈周囲リンパ鞘の間には薄い網状板reticular laminaがあり,両者を区画している。

 赤脾髄は特殊な壁構造を持つ毛細血管である脾洞splenic sinusとその隙間を埋める細網組織である脾索splenic cordからなる。脾索は,多数のマクロファージが旺盛な貪食により異物処理を行う場と考えられており,その他に赤血球,顆粒白血球,リンパ球なども認められる。

 脾門部から脾内に入った脾動脈の分枝は,被膜から連続して脾柱の中を走り,中心動脈として白脾髄を貫くとともに,枝分かれして一部はリンパ小節とその周辺に分布し,大部分は筆毛動脈として脾索中に入り,辺縁帯及び脾索の毛細血管からの血液は最終的には脾洞に流入する。一方,脾静脈は脾洞の末端から連続して始まり,合流しながら脾柱や被膜内を走り,脾門部に達している。

3. リンパ節lymph node

 リンパ節は結合組織の被膜capsuleで被われ,この被膜から小柱trabeculaがリンパ節実質へ入り込む。輸入リンパ管afferent lymphatic vesselはリンパ節の外部で分岐し,被膜をぬけ辺縁洞subcapsular sinus (S) と呼ばれる狭い部分に注ぐ。辺縁洞から出るリンパ液は吻合・分枝を繰り返す髄洞medullary sinusを経て1ないし数本の輸出リンパ管efferent lymphatic vesselの出る門へ注ぐ (PhotoD,E)。

 皮質cortex (C) では,リンパ球が多数集合しリンパ小節lymph nodule (LN) を形成する。リンパ小節は主にBリンパ球の貯蔵と増殖の場となる。抗原刺激を受けたBリンパ球は,リンパ小節の中心部,胚中心germinal center (G) 内で増殖するため,有糸分裂像mitosisをみることも多い。リンパ小節周囲の傍皮質paracortex (PC) と呼ばれる領域には,主にTリンパ球が分布する。Tリンパ球は毛細血管後細静脈postcapillary venule (PCV) からリンパ節へ入り,輸出リンパ管よりリンパ節を出る。

 髄質medulla (M) 部には髄索medullary cordと髄洞がみられ,髄索にはBリンパ球及び形質細胞plasma cellをみることができる。



E. 留意事項

1. パラフィン切片の作製および染色方法

1) 標本は,脱パラフィンから封入までの各行程において乾燥させないようにする。

2) 固定組織の脱水・包埋,標本の脱パラフィン,脱水・透徹に用いるエタノール系列およびキシロール槽は使用状況に応じて適時新しいものと交換する。

3) ヘマトキシリンおよびエオジンの染色時間は,染色液の使用頻度や組織の固定条件等によって異なるため,日常の染色作業あるいは試し染色により標準的な染色時間の目安を把握しておく。

2. 組織標本の観察

1) 胸腺

  (1) 胸腺皮質において,自己抗原を認識するリンパ球はアポトーシスapoptosisによって除外される。アポトーシスに陥った細胞は,組織学的には核の濃染像あるいは核の断片化像としてみることができる。

  (2) ラットでは,ヒトやイヌに比べハッサル小体は不明瞭である。

2) 脾臓

  (1) リンパ小節はリンパ濾胞lymphoid follicleとも呼ばれる。

  (2) 通常の固定方法による組織切片では,赤脾髄は赤血球で充満し (赤血球の大部分は脾洞内にあるが,脾索にもまた存在する),かつ組織全体が収縮しているので,脾洞の輪郭を認めることは難しい。動脈からの潅流固定により,脾洞の形態が明瞭な標本を得ることができる。

  (3) 毛細血管末端の構造,脾洞との直接的な連絡の有無,脾索−脾洞間の血流の方向や様式など,脾臓の血液動態については古くから議論のあるところであり,今なお意見の完全な一致は得られていない。

3) リンパ節

  (1) 傍皮質は深皮質deep cortexあるいは傍皮質帯paracotical zoneとも呼ばれる。

  (2) 抗原刺激を受けたBリンパ球は形質細胞plasma cellへ分化・成熟し,流出するリンパ液中へ抗体を分泌する。
     
F. 参考資料

1. 齋藤 誠 他. (1990):染色法のすべて (月刊Medical Technology別冊). 医歯薬出版
2. 藤田尚男,藤田恒夫 (1989):標準組織学総論 (第3版). 医学書院
3. 伊東信行 (1988):カラーアトラス実験動物組織学. ソフトサイエンス社
4. Boorman, G. A. et al (eds.) (1990):Pathology of the Fischer Rat. Academic press Inc.
5. 飯島宗一 他編 (1987):現代病理学大系18B. 中山書店
6. Wheater. P. R. et al (1992):機能を中心とした図説組織学 (第2版). (山田英智 監訳),医学書院