≪免疫毒性試験プロトコール 6≫

ラットにおけるインビボ抗SRBC抗体産生 (スライドグラスを用いるPFCアッセイ)


1999; 4(2), 7-10


手島 玲子,澤田 純一
国立医薬品食品衛生研究所 機能生化学部

A. 解説

 Jerneらによるplaque forming cell assay (PFCアッセイ) は,抗体を産生している細胞の数を溶血斑として計数する方法として,免疫学において広く用いられている1,2)。この方法には多くの変法が報告されており3-12),マウスを用いるPFCアッセイに関しては,非常に多数の報告がなされている。ここでは,比較的報告例が少ない,ラットを用いてインビボ抗体 (IgMクラス) 産生能を試験する場合の例を紹介したい。なお,本法では,多数の被験細胞のPFCアッセイが,比較的容易であるスライド法5,9,10,11)を用いているが,通常のディッシュを用いる方法2,9,10,12)によっても良い。

B. 実験材料等

1. ヒツジ赤血球 (SRBC)

SRBCのロットによりPFC数が異なる場合があるので,C.方法に従って,1ロット当たり3匹程度の正常動物を用いて免疫してPFCアッセイを行い,SRBCのロット検定を行っておくことが望ましい。免疫とPFCアッセイには同じロットの血球を用いる。SRBCとしては,採血時にAlsever氏液を添加した保存ヒツジ赤血球が市販されている。採血及び保存状態にもよるが,通常,採血後1ヶ月は使用可能である場合が多い。購入後,遠心管に無菌的に分注しておく。採血直後のものよりも,1週間以上後の方がPFCアッセイにはよいとされているが,古すぎるものは溶血しやすい10)。使用日に,Eagle's MEM (MEM) 培地にて,4回の遠心 (3000rpm,5〜10min,4℃) により洗浄を行い (ポリスチレン製の遠心管は,小さな傷があると遠心により割れ易いので,注意を要する),溶血が著しくないことを確認して用いる。免疫の際には,滅菌された培養液 (下記) を洗いに用いる。PFCアッセイの前には,packed cells (100%) の状態として氷上に置いておき,直前に室温に戻すとよい。

2. 培養液

 筆者らは,炭酸ガスを使用しない通常のふらん器を使用しているため,1M NaOHを用いてpHを7.2に調整したEagle's MEM (2mM L-glutamine及びカナマイシン含有) (以下MEMと省略) を使用している。用いる培養液としては,通常免疫学で繁用される,RPMI-1640,Dulbecco's modified MEM等を用いてもよいが,より廉価であるMEMを用いて問題無い。炭酸ガス培養器を用いる場合には,培養液のbuffer系として必要な,重炭酸ナトリウム (さらに,10mM程度のHEPESバッファーを添加した方がよい) を代わりに添加する必要がある。PFCアッセイに用いる培養液は,必ずしも無菌的である必要はないが,用時調製するか,凍結保存5X濃縮液を使用時に希釈して用いることが望まれる。

3. 1% agarose (SeaPlaque)

 用いるagarまたはagaroseに関しては,種々の処方9,10,12)が知られているが,筆者らは,抗補体作用がなく,低融点であるため取扱いが便利なSeaPlaque agarose (FMC Co.) を単独で用いている。PFCアッセイの直前に上記MEMに加え,煮沸により (または電子レンジで) 溶かし,45℃の水浴上に,ガラス試験管 (16×125mm) に5mlずつ分注して置いておく。

4. モルモット補体

 正常モルモット新鮮血より得られた血清を,ヒツジ赤血球で吸収したもの。市販の乾燥補体 (デンカ生研社等の製品) を用いればよい。30-40倍希釈 (希釈度は予め確認しておく) のMEM溶液を使用直前に作製。

5. 2% FCS-MEM

 2% (v/v) となるように,非働化したfetal calf serum (FCS) をMEMに加えたもの。脾臓細胞の調製に用いる。この濃度のFCSを用いる限り,脾臓細胞調製液から持ち込まれるFCSは,PFCアッセイの際に用いられる補体の活性を阻害しない。

6. 脾臓細胞調製用ディッシュ

 ガラス (シリコン処理したものが望ましい) またはプラスチック (培養用の親水処理がされていないもの) のディッシュ (直径約6cm) を脾臓の数だけ用意し,各ディッシュに2% FCS-MEMを10mlずつ分注し氷冷しておく。

7. PFCアッセイ用スライドグラスのprecoating

 スライドグラスには通常のフロスト付きで洗浄済みのもの (26×76mm;15mm-フロスト) を用いる。煮沸により溶解した0.2% agarose (通常の電気泳動用グレードのagaroseでもよい) 水溶液にスライドグラス透明部分を浸し,よくagarose液を切った後,風乾して,保存する (よく乾燥してあれば,少なくとも,室温で2-3ヶ月は保存できる)。この操作は,スライドグラス表面にagaroseの薄膜を被覆しておき,PFCアッセイの際に載せたagaroseが固化した後,離れないようにするために行う。アッセイの前に,下記のトレイに必要数のスライドグラスを予め並べ,フロスト部分に番号を記しておく。

8. スライドグラス用のトレイ

 文献5,9,10,11に従って,専用のプラスチック製のトレイを,必要数,用意する。業者に注文してもよいが,アクリル板を有機溶剤で貼り合わせて,自作することも簡単にできる。文献5,9,10のトレイは1連のものであるが,文献11の2連のものが使いやすい。

9. その他

 免疫に用いるディスポーザブル注射筒及び注射針,解剖用具,水浴 (45℃),ふらん器 (または,炭酸ガス培養器) (37℃),agarose溶解のための電子レンジまたは煮沸用器具 (ガラス三角フラスコ,ガスバーナー,セラミック付き金網,ビーカー),ガラスまたはプラスチック試験管 (有核細胞数計数,agarose/脾臓細胞の混和等に用いる),試験管用ラック,メランジュール (白),血球計算板,colony counter (最も簡便なものとしては,セキスイ製のペン型プラークカウンターがある),メスピペット,駒込ピペット,マイクロピペット及びチップ等が必要とされる。

C. 実験操作手順

1. 免疫

 PFCアッセイを行う4日前に,無菌的に調製した1% SRBC 1ml (約2×108) をラット尾静脈より,投与する。28日間反復経口投与の場合には,25日目に免疫し,29日目にPFCアッセイという日程となる。各群8匹以上使用することが望ましい。

2. 脾臓細胞調製

1) 免疫後,4日目に,必要な測定 (体重等) を行った後,エーテル麻酔下,脱頚,開腹後,脾臓を摘出する。付着している脂肪組織があれば取り除き,必要に応じて,脾臓重量を測定する。

2) 摘出した脾臓を氷冷した2% FCS-MEM (10ml) をいれたディッシュに (脾臓毎に別のディッシュに) 移す。

3) 脾臓をピンセット (眼科用の先曲がりのものが使いやすい) 2本で,大きな塊が無くなるまでほぐす。別法としては,ステンレスメッシュを通す方法や,フロスト付きスライドグラスを2枚用いて,フロスト部分で脾臓を挟んでつぶつ様にしてほぐす方法もある。

4) 脾臓細胞を15mlプラスチック遠沈管に移す。1分放置後,cell debrisを吸い上げないように注意して細胞液だけを吸い上げ,別の遠沈管に移す。cell debrisに約5mlの2% FCS-MEMを加え混ぜた後,同じ操作を行い上清をまとめる。別法としては,ナイロンメッシュを通して,cell debrisを除いてもよい。この脾臓細胞液を遠心 (4℃,1500rpm,5min) する。

5) cell pellet を,遠心により洗った後,10mlの2% FCS-MEMに懸濁する (大体3×107/ml程度の有核細胞密度となる)。10倍希釈の細胞液を作製する。必要に応じて (ロット検定の結果に応じて),その20倍または40倍希釈の細胞液を作製する場合もある。有核細胞の計数には,9倍量のTurk液 (0.01% gentiana violet-3% acetic acid) を加えて (メランジュールを用いてもよい),血球計算板を用いて行う。この計数は,下記の3.3) 及び4) 行程の間に行うことができる。

3. PFCアッセイ

1) 1% agarose 5mlに対し,ヒツジ赤血球0.2ml (packed cells) を加え,4% SRBC-agarose液とし,45℃の水浴にもどす。このSRBC-agarose液は,必要量を一度に作らず,時間をずらして作製する方がよい。

2) 脾臓細胞液0.1mlを試験管 (Falcon #2008または10×75mmディスポーザブルガラスチューブが使い易い) にとり,上記SRBC-agarose液0.5mlを加え,vortex mixierを用いてよく混ぜて,スライドグラスの透明部の上に,試験管を逆さまにしたまま動かして,均一の厚さになるようにまく。気泡がある場合には,注射針,パスツールピペット等で,はじかせる。脾臓細胞液 (0.1ml) を試験管に移す際には,一度に数検体にとどめ,多数の検体を同時に移さない方がよい (抗体産生細胞はガラス壁等に付着しやすい傾向があるため)。agaroseが固化したら直ちに,スライドグラスを,裏向けて,agarose部分が下になるようにする。1検体当たり,スライドグラス2枚以上を使用する。予備のトレイを覆いの代わりに用いるとよい。

3) 37℃で,90分のincubationを行う。

4) 希釈した補体を,トレイとスライドグラスの隙間に加え,気泡を除いた後,37℃で,再び90分,incubationを行う。

5) PFCの計数を行う。colony counter等を利用して,plaque数を,2時間以内に計数する。スライドグラス当たりのPFC数及び有核細胞数より,計算により,106脾臓細胞当たりのPFC数並びに脾臓当たりのPFC数を求める。colony counterが無い場合には,light boxの上で,先の細いマジックペン (水性) を用いて,スライドグラスのagaroseのない面から,溶血斑に点を打ちながら計数してゆく。通常,スライドグラス当たりのPFC数が200を超さないよう,脾臓細胞を希釈することが望ましい。スライドグラス当たりのPFC数が300を超す場合には,計数が不正確となるので,脾臓細胞の希釈を高める必要がある。

D. 判定及び参考値

1. F344ラット (日本チャールスリバー) の場合,106脾臓細胞当たり1000PFCs前後の値が得られる。

2. 写真撮影用のlight boxや,X線フィルム観察用のシャーカッセン等を用いてスライドグラスをみると,通常の溶血斑 (plaque) は,肉眼できれいに識別できる。対照群の検体でplaqueの径が非常に小さい場合には,方法上の問題があると考えた方が良い。

E. 留意事項

1. 免疫法としては,腹腔内投与の方が初心者には容易であるが,より高いPFC数を一定して得 るためには,習熟者による静脈内投与が望ましい。

2. 購入したSRBCが,溶血しやすい場合には,MEMよりもRPMI-1640を用いた方が良い場合を経験している。
3. スライドグラスを用いる方法の原理は,原報のものと全く同じであり,ディッシュの代わりにスライドグラスを使っている。ふらん器を用いる場合には,ふらん器内の空気が対流するタイプが望ましい。また,agaroseのゲルが乾燥しないように,ふらん器内の湿度をほぼ100%に保つ必要がある (水を張ったバットをふらん器の底に置いておけば問題はない)。炭酸ガス培養器で,CO2を用いないことも可能である。炭酸ガス培養器を用いる場合には,通常湿度が100%であるので,湿度は問題とならないが,重炭酸ナトリウムのbuffer系を用いるため,agarose液のpH管理が難しいのが欠点となる。煮沸後のagaroseをアルカリでpHを調整したり,pH上昇を防ぐために,煮沸後のagarose水溶液に2倍濃度の加温培養液を加えることが行われている10,11)。  

4. SeaPlaque agaroseの代わりとしては,通常,Bacto agar (Difco) にDEAE-dextranを添加して用いる10)。SeaPlaque agaroseの場合には,42℃でもゲル化は起きないので,42℃の水浴を用いてもよい。

5. SRBCの洗いが不十分な時などには,非常に小さい偽のplaqueがでることがあるので,常に脾臓細胞無しの対照のスライドグラスを,トレイ当たり1枚用意しておくとよい。

6. 脾臓細胞の調製の際の脾臓のほぐし方が,脾臓毎に一定になるように習熟し,また,大きな細胞塊を持ち込まないことが重要である。C. 2. 3) 項で,脾臓をほぐす際に,ステンレスメッシュを用いる方法11)もあるが,脾臓の数だけ,メッシュを用意し,洗浄の後,サビがでないよう管理する必要がある。

7. 何らかの理由により,スライドグラスの保存を行いたい場合には,固定用の溶液により処理した後,保存することも可能である10-12)

8. 長期の反復投与の後にPFCアッセイを行う場合には,失敗を避けるため,充分に事前の練習及び準備を行う必要がある。


F. 参考文献

1. Jerne, N.K. and Nordin, A.A. (1963) Plaque formation in agar by single antibody producing cells. Science, 140: 405.
2. Jerne, N.K., et al. (1963) The agar plaque technique for recognizing antibody-producing cells. In "Cell Bound Antibodies" (ed. by Amos, B. and Koprowski, H.), Wistar Institute Press, Philadelphia, pp.109-125.
3. Sterzl, J. and Riha, I. (1965) A localized haemolysis in gel method for the detection of cells producing 7S antibody. Nature, 208: 858-859.
4. Dresser, D.W. and Wortis, H.H. (1965) Use of an antiglobulin serum to detect cells producing antibody with low haemolytic efficiency. Nature, 208: 859-861.
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6. Cunningham, A.J. and Szenberg, A. (1968) Further improvements in plaque technique for detecting single antibody-forming cells. Immunology, 14: 599-601.
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10. Jerne, N.K., et al. (1976) Section 26.D. Plaque techniques for recognizing individual antibody-forming cells. In "Methods in Immunology and Immunochemistry. Vol.5 Antigen-Antibody Reactions in Vivo", ed. by Williams, C.A. and Chase, M.W., Academic Press, New York, pp.335-370.
11. Garvey, J.S., Cremer, N.E. and Sussdorf, D.H. (1977) Methods in Immunology (3rd ed.), W.A. Benjamin, Inc, pp.411-442.
12. 岸本進 (1971) JerneのAntibody Plaque法およびCunninghamの方法. 免疫実験操作法T,日本免疫学会編,pp.123-127 (免疫実験操作法A,p.479-483に相当).