≪免疫毒性試験プロトコール 2≫

ラットリンパ組織および末梢血白血球のフロ−サイトメトリー 


1999; 4(1), 4-6


中村 和市
塩野義製薬株式会社 新薬研究所

A.解説

 フローサイトメトリーは、細胞1個分の幅の細胞浮遊液の流れにレーザー光線を照射、各細胞からの散乱光あるいは標識蛍光物質から励起される光を瞬時に検出し細胞浮遊液中の細胞の種類等を解析するものである1)

 白血球の細胞膜抗原の多くは、細胞の機能、分化、活性化にとって意味のある分子であることがわかっている。このような白血球の細胞膜抗原に対する抗体を蛍光標識し、これによって細胞を染色後フローサイトメトリーを行うと細胞浮遊液中の各種白血球あるいはリンパ球サブセットの比率を算出することができる。

 ここでは、ラットの代表的なリンパ球サブセットに対する抗体を用いたフローサイトメトリーによってラットリンパ組織および末梢血中に分布する各細胞の比率および数を調べる方法について述べる。

B.実験材料等

1.血液抗凝固剤
 アングロット/ET[日本商事馨

2.細胞洗浄および浮遊液
 ハンクス液

3.赤血球溶解液
 0.5%塩化アンモニウム水溶液

4.蛍光標識抗体
 以下に、代表的なものを示す。

 (1)Fluorescein isothiocyanate (FITC) 標識抗ラットCD3抗体(Clone: G4.182)

 (2)FITC標識抗ラット CD4抗体(Clone: W3/253))

 (3)Phycoerythrin (PE) 標識抗ラットCD8抗体(Clone: OX83,4)

 (4)FITC標識抗ラットCD45RA抗体(Clone: OX335)

 (5)FITC標識抗ラットNK細胞抗体(Clone: 3.2.36)

5.蛍光標識抗体希釈液

1%ウシ血清アルブミン、0.1%NaN3加りん酸緩衝生理食塩液(pH7.2)

6.死細胞染色液

0.1% 7-aminoactinomycin D (7ADD) 水溶液 ただし、2重染色を行わない場合は、0.1%propidium iodide (PI) 水溶液を用いてもよい。

7.セル・カウンターあるいは血球計算板

8.フローサイトメーター

9.その他
 メッシュ・カップ、ナイロン・メッシュ(5×5cm)など

C.実験操作手順

1.白血球浮遊液の調製

 1)胸腺、リンパ節の場合

 (1)メッシュ・カップを用いて、ハンクス液中で胸腺、リンパ節から単細胞浮遊液を得る。

 (2) ハンクス液で2回遠心(350g、5分間)洗浄する。

 (3) セル・カウンターあるいは血球計算板を用いて、白血球の濃度を計数する。また、各試料の白血球の濃度と液量から総白血球数を求める。

 (4) ハンクス液で白血球数を1×10個/mlに調整する。

2)脾臓の場合

 (1) メッシュ・カップを用いて、ハンクス液中で脾臓から単細胞浮遊液を得る。

 (2) ハンクス液で1回遠心(350g、5分間)洗浄する。

 (3) 細胞浮遊液1容に0.5%塩化アンモニウム水溶液4容を加え赤血球を溶血し、直ちに遠心(350g、5分間)後上清を捨てる。この操作は、白血球の損傷を考慮し手早く行う。

 (4) ハンクス液で3回遠心(350g、5分間)洗浄する。

 (5) セル・カウンターあるいは、血球計算板を用いて、白血球の濃度を計数する。また、各試料の白血球の濃度と液量から総白血球数を求める。

 (6) ハンクス液で白血球数を1×107個/mlに調整する。

3)末梢血の場合

 (1) 予め血液抗凝固剤を添加しておいた注射筒および試験管を用いて動物から採取し血液を得る。

 (2)〜(6)脾臓の場合と同じ。

2.染色

  (1)100μlの細胞浮遊液(1×107個/ml)に対し、100μlの蛍光標識抗体希釈液を加える。

  (2)冷蔵庫内で、細胞を30〜45分間染色する。

 (3)ハンクス液で3回遠心(8,000g、10秒間)洗浄する。

 (4)500μlのハンクス液中に細胞を浮遊させる。

 (5)予め10μlの0.1%7AAD水溶液を添加しておいた試験管の中に、ナイロン・メッシュを通過させた細胞浮遊液を加える。

3.測定

 フローサイトメーターに蛍光標識抗体で染色した細胞を流す。このとき、以下のような設定あるいはゲーティングを行う。

 (1) 測定する細胞数を1試料当り10,000個に設定する。

 (2) Fluorescence(FL)3上で7AADあるいはPIに強く染まる死細胞を測定しないようにゲーティングする。

 (3) 最初に測定する個体のそれぞれのリンパ組織を用いて、forward scatter とside scatterの2次元dot plotによって白血球を測定するようにゲーティングする。

4.解析

  (1)コンピュータ画面上のマーカーで染色陽性と陰性の間に線を引き、各細胞の比率を求める。

 (2)末梢血を除きリンパ組織の総白血球数に各細胞の比率を乗じ、各細胞の絶対数を求める。

D.留意事項

1.フローサイトメーターの補正

 特に2重染色を行った細胞を測定する場合には、必ずFL1、FL2およびFL3相互の補正を行っておく。この補正は測定結果に極めて重大な影響を与えるものであり慎重に行う。補正値は、同じ機種のフローサイトメーターでも機械ごとあるいは機械の調整の度に変わり、また用いる動物がラットとマウスでも異なるので、それぞれに補正を行う必要がある。一度決めた補正値は付属コンピュータのハードディスク等に記憶させておき、以後はこれを呼び出して使う。

 以下に、その補正法について述べる。なお、補正には、様々な種類の白血球が多数混在する脾臓細胞を用い、その細胞浮遊液(1×107個/ml)を大量に準備しておく。

(1) 無染色の脾臓細胞浮遊液を流し、コンピュータ画面上の強度調整レバーによってFL1、FL2およびFL3の蛍光強度を101程度以下に抑える。

(2) 7ADD染色脾臓細胞浮遊液を流し、コンピュータ画面上の(FL2-FL3)調整レバーによってFL2の蛍光強度を101程度以下に抑える。必要に応じて、強度調整レバーによってFL2の蛍光強度を調整する。

(3) PE標識抗CD8抗体で染色した脾臓細胞浮遊液を流し、(FL3-FL2)および(FL1-FL2)調整レバーによって、それぞれFL3、FL1の蛍光強度を101程度以下に抑える。必要に応じて、強度調整レバーによってFL3およびFL1の蛍光強度を調整する。

(4) FITC標識抗CD4抗体で染色した脾臓細胞浮遊液を流し、(FL2-FL1)調整レバーによって、FL2の蛍光強度を101程度以下に抑える。必要に応じて、強度調整レバーによってFL2の蛍光強度を調整する。

(5) 最後に、FITC標識抗CD4抗体、PE標識抗CD8抗体および7AADで染色した脾臓細胞浮遊液さらに胸腺細胞浮遊液を流し、CD4 single positive (SP)、CD8SP、CD4CD8 double negative あるいはCD4CD8 double positive 細胞が明瞭に区別できることを確認する。

本補正においてはFL1、FL2およびFL3間の調和が重要であり、例えば操作(4)の後に再度操作(2)、(3)を行い、それぞれの補正を確認してみることも必要である。

2.蛍光標識抗体の希釈倍率

 各蛍光標識抗体の希釈倍率については、ロットごとに予め適当な値を決めておく。蛍光強度の上で、蛍光標識抗体で染色される細胞群と染色されない細胞群が明瞭に分離される希釈倍率を選ぶ。

3.測定時の白血球のゲーティングの範囲

 「C-3.測定」の項でも述べたが、測定時にはforward scatter とside scatterの2次元dot plotによるゲーティングを行い、できるだけ多くの白血球に関するデータを取り込むようにする。ただし、個体によっては最初の設定範囲から逸脱する場合もあるので、設定範囲を少し広めにしておき解析の際に再度ゲーティングを行ってもよい。しかし、あまり広く設定すると解析の対象となる細胞数が少なくなるので注意を要する。測定は、個体ごとではなく各リンパ組織あるいは末梢血ごとに実施するほうがゲーティングを何度も行う必要がないので楽である。

4.染色の陽性と陰性の境界

 ヒストグラムは、通常二峰性を示す。染色陽性と陰性の峰が近い場合は、二峰間のほぼ中間にある最も低い谷間で境界をつける。また、陽性と陰性の峰が離れている場合は、陽性の峰が陰性側に降り立ったところで境界をつけるとよい。

E.参考文献

1.太田和雄(監修)(1994)フローサイトメトリー−手技と実際−(第5版)、癌と化学療法社(東京)
2.Nicolls, M.R., Aversa, G. G., Pearce, N. W., Spinelli, A., Berger, M. F., Gurley, K. E. and Hall, B. M. (1993) Induction of long-term specific tolerance to allografts in rats by therapy with an anti-CD3-like monoclonal antibody. Transplantation 55,459-468
3.Williams, A. F., Galfre, G. and Milstein, C. (1997) Analysis of cell surfaces by xenogeneic myeloma-hybrid antibodies: differentiation antigens of rat lymphocytes. Cell 12, 663-673
4.Brideau, R. J., Carter, P. B., McMaster, W. R., Mason, D. W. and Williams, A. F. (1980) Two subsets of rat T lymphocytes defined with monoclonal antibodies. Eur. J. Immunol. 10, 609-615
5.Woolett, G. R., Barclay, A. N., Puklavec, M. and Williams, A. F., (1985) Molecular and antigenic heterogeneity of the rat leukocyte- common antigen from thymocytes and T and B lymphocytes. Eur. J. Immunol. 15, 168-173
6.Chambers, W. H., Brumfield, A. M., Hanley Yanez, K., Lakomy, R., Herberman, R. B., McCaslin, D. C., Olszowy, M. W. and McCoy, J. P., Jr. (1992) Functional heterogeneity between NKR-P1bright/ Lycopersicon esculentum lectin (L.E.)bright and NKR-P1 bright /L.E. dim subpopulations of rat natural killer cells. J. Immunol. 148 (11), 3658-3665