≪免疫毒性試験プロトコール 1≫

ラット脾細胞の幼若化反応


1999; 4(1), 2-4


中村 裕行
武田薬品工業株式会社 薬剤安全性研究所

A.解説

 リンパ球は感作抗原と同一の抗原に接触することにより,活性化 (増殖,分化,lymphokineや抗体の産生)を起こす。しかし,各抗原に対する特異的なリンパ球の数が少ないため,抗原刺激ではリンパ球機能を評価するに十分な活性化を起こすことは困難である。一方,mitogenはpolyclonal なリンパ球の活性化を引き起こし,またT cell特異的なもの,B cell特異的なもの,あるいはTおよびB cellの両者を活性化するものがあることから,TおよびB cellの機能をみるのに有用である。

 リンパ球の活性化は,細胞内に取り込まれた〔3H〕thymidineの量を測定することにより,DNA合成の程度をみる方法が一般的に用いられている。ここでは,mitogenによる脾細胞への〔3H〕thymidineの取り込みを測定する方法について述べる。

B.実験材料等

1.Mitogen

1)B cell mitogen

(1) Lipopolysaccharide (LPS),E. coli 026: B6由来など

(2) Salmonella typhimurium mitogen (STM)

2) T cell mitogen

(1) Concanavalin A (Con A)

(2) Phytohemagglutinin (PHA)

3) B/T cell mitogen

(1) Pokeweed mitogen (PWM)

2.培養液 

RPMI-1640に10%牛胎児血清(56℃,30分間加温することにより非働化したもの,FCS)および抗生物質(100U/mlペニシリンG&100μg/ml ストレプトマイシンまたは50μg/ml ゲンタマイシン)を添加したもの。必要に応じて2mM L-グルタミン,1〜5×10-5M 2-メルカプトエタノール,10〜25mH HEPESを添加する。

3.その他の試薬

 1) 〔3H〕thymidine, 74〜248GBq/ mmol (2〜6.7Ci/ mmol)

2)シンチレーション液

4.器材

1) 培養用器材

  (1) 滅菌96穴平底プレート
  (2) 炭酸ガス培養器
  (3) クリーンベンチ
  (4) その他,培養に用いる器材は全て滅菌済のものを用いる。

2) ハーベスト用器材
  セルハーベスターおよびグラスフィルターまたはマルチスクリーンアッセイシステム(ミリポア社)など

3) 放射能測定用器材

 (1) 液体シンチレーションカウンターまたはベータプレート(ファルマシア社)

 (2) シンチレーションバイアル

C.実験操作手順

1.脾細胞浮遊液の調製

 1) ラットを麻酔下で放血し,無菌的に脾臓を培養液中に入れる。

 2) 脾臓より脾細胞を分離する。脾細胞の分離方法を以下に示す。なお,調製した脾細胞浮遊液の一部を用いて予め0.1%エリスロシン染色または0.25%トリパンブルー染色を行い,脾細胞のviabilityを確認しておく。

  (1)スリガラス法
   2枚のスリガラス付スライドグラスを用い,スリガラス部分で脾臓を軽く挟み,圧することにより,脾細胞を培養液中に分散させる。

  (2)メッシュ法
   脾臓をステンレスメッシュまたはプラスチック製メッシュ(例:Cell strainer, Falcon 2350)の上に載せ,ハサミで細切した後,スパーテルまたはプラスチック製注射器のピストンなどで軽く押しつぶして,脾細胞を培養液中に分散させる。

  (3)ピンセット法
   脾臓をピンセットでほぐしながら,脾細胞をシャーレ中の培養液に分散させる。

3) 細胞浮遊液を120g×5分間遠心分離する。

4) 細胞を培養液に浮遊させ,細胞数をカウントし,一定の細胞濃度に調整する。

5) 細胞塊がある場合は,しばらく放置した上清を用いるか,メッシュを通した後,培養に用いる。

2.培養

1) 各ウェルにmitogenまたは培養液100μlおよび細胞浮遊液100μlを添加し,5%CO2,37℃で72時間培養する。

2)培養終了の6時間前に〔3H〕thymidineを加える。

3)測定は通例,triplicateあるいはquadruplicateで実施される。

3.測定

1) 培養終了後にセルハーベスターあるいはマルチスクリーンアッセイシステムを用いてグラスフィルター上に細胞をハーベストする。

2) フィルターを乾燥させた後,シンチレーション液を加え,液体シンチレーションカウンターあるいはベータプレートでカウントする。

D. 判定

対照群と薬物処理群とのcpm (dpm)を比較する。また,mitogen添加のcpm値とmitogen無添加のcpm値との差(冂pm)や,下式のごとく両者の比であるstimulation index(SI)を算出して対照群と薬物処理群の比較が行われる場合がある1)。


SI=[cpm from cells with mitogen] / [cpm from cells without mitogen]


E.留意事項

1.一般的に用いられているmitogenの濃度はLPSが0.1〜50μg/ml,STMが10〜100μg/ml,Con A が0.5〜20μg/ml,PHAが1〜80μg/mlである。mitogen はロットによって反応性が異なる場合があるので,ロットごとに予めその反応性を確認しておく必要がある。

2.background値が高い場合は,培養液に添加しているFCSによる可能性がある1)。また,用いるFCSによって反応性が異なるので,予めFCSについては検定しておく必要がある。

3.通例,脾細胞は1×105〜5×105cells/wellで用いられることが多い。F344/DuCrjラットの脾細胞を用いた我々の検討では1×105cells/wellが至適であった。

4.〔3H〕thymidineは通例7.4〜37kBq/well(0.2〜1μCi/well)加えられる。

5.培養温度の僅かな違いでも増殖の程度に大きな影響が生じるので,注意を要する2)。

6.幼若化試験でよくみられる問題のひとつが微生物の混入である。微生物の混入があるとウェル間の値に大きな変動や高値がみられる。培養中に微生物の混入を起こさないように十分に注意するとともに,顕微鏡で微生物の混入がないことを確認しておくとよい2,3)。また,幼若化や増殖の程度を確認するのにも顕微鏡は有用である1)

7.mitogenが添加されていない場合のcpmが薬物により影響を受けると,SIでは薬物の影響を正しく評価できなくなることがあるので注意を要する。

F.文献

1.Kruisbeek, A. (1994): Proliferative assay for T cell function. In Current Protocols in Immunology (Coico, R., ed.) vol.1, Unit 3.12, John Wiley & Sons.
2.Di Sabato, G., Hall, J., and Thompson, L. (1987): T cell mitogens and polyclonal B cell activators. In Methods in Enzymology (Sabato, G., ed), Vol.150, pp.3-17, Academic press.
3.Wunderlich, J., and Shearer, G. (1994): Proliferative assays for B cell function. In Current Protocols in Immunology (Coico, R., ed.), vol.1, Unit 3.10, John Wiley & Sons.