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Non-category (寄稿・挨拶・随想・その他)
国際毒性学会・発生毒性に関する国際会議"PPTOXIII" 参加レポート
梅澤 雅和1 、清水 隆平2
1 東京理科大学総合研究機構戦略的環境次世代健康科学研究基盤センター)
2 東京理科大学大学院薬学研究科衛生化学研究室)

2012年5 月14日から16日までの3 日間、国際毒性学会の発生毒性に関する会議 "PPTOXIII (The 3rd International Conference on Prenatal Programming of Toxicology)"1 ) が開催された。我々はこの度、この「胎児期に曝される化学物質や栄養などの種々の環境要因が、個体の発生プログラミング過程に及ぼす毒性(発生毒性)」をテーマとする国際会議に参加した。そこで、話題提供も兼ねてその参加報告をさせていただきたい。

この会議では36の講演(当日のキャンセルを除く。セッション数11)と140以上のポスターによる研究発表が行われた。口頭セッションの冒頭では「環境とは何か?」という問いが投げかけられ、それは "Everything that isn't me"(自分以外のものすべてである)というAlbert Einsteinの言葉が引用された。ここから、この会議では生活環境や栄養(食事)、ストレスだけでなく、我々の体の周りにあって我々に作用し得るすべてのものを「環境」(Environment) であると捉えるという姿勢が感じられた。それは、我々の多くにとって当たり前のものである酸素濃度が新生児の発達に及ぼす作用について、講演での研究発表がなされたことからも窺うことができた。

 酸素は、ヒトを含む哺乳類の発達・生存に必要不可欠なものである。超未熟児として生まれてきた新生児は、NICU(Neonatal Intensive Care Unit、新生児特定集中治療室)に入って正常な体重に成長するまでの約1 ヶ月間を過ごす。NICU内は母体の子宮内を想定して、湿度や酸素濃度などの環境が整えられている。しかし、児の血液に多く酸素を送り込まなくてはならない場面では、高濃度の酸素を含む空気を肺に送ることがある。一般的に、高酸素は肺に負担をかけることが知られているが、今回の会議で報告された研究は、新生児期からの成長過程における肺の発達に及ぼす酸素濃度の影響に注目して行われたものであった2 )。これは、とくに新生児の発達に関わる医療の現場における、NICU内環境の制御の重要性が示唆される研究発表であった。

さて、今回の会議において頻繁に登場した語は、Epigenetics(エピジェネティクス)、Nutrition(栄養)、Placenta(胎盤)の3 つであった。とくに、エピジェネティクス実験のデータからPPTOXに関する新しいバイオマーカーを探索しようという言葉が多かったことは印象的であった。以下に、これらについて会議で取り上げられた内容の一部を紹介する。

化学物質の曝露が乳幼児の発達に影響を及ぼすことは、多くの研究から明らかになっている。今後さらなる研究により、影響発現メカニズムを解明することが必要である。今回の会議では、遺伝子発現やタンパク量の変動メカニズムとして、エピジェネティクスに関する報告が多くなされた。エピジェネティックな発現調節には、主にDNAのメチル化修飾やヒストン修飾によるmRNA転写制御やマイクロRNA( miRNA) によるタンパク質翻訳制御が知られている。化学物質曝露を含む環境要因により生じる表現型、および遺伝子発現やタンパク量の変化のメカニズムを解明することにより、新生児の発達プロセスと大きく関与する疾患バイオマーカーや診断法を見出すことは重要である。化学物質のうち、微量の曝露による生殖発生毒性の可能性が注目される契機となったビスフェノールAについても、その影響発現に伴いエピジェネティックな変化が生じることが報告されている3 )。免疫毒性に深く関わる知見としては、妊娠期の食事により小児喘息の発症率上昇に寄与するメカニズムとして、胎児の発生期におけるRunx3 CpGアイランド(プロモーター領域)のメチル化の関与が示唆されている4 )。最近の報告では、出生時における複数のCpGアイランドのメチル化状態が、肥満の発症率と相関することも示されている5 )。今後の研究により、小児アレルギーや小児肥満、成人の生活習慣病の予防や克服に向けて、このような知見の応用が進んでいくことが期待される。

なお、我々が取り組んでいるナノ材料の発生毒性についての研究発表は、今回( PPTOXIII) では7 演題(146演題中)あった(東京理科大学: 2 演題、大阪大学: 3 演題、他国: 2 演題)。前回のPPTOX(2009年)6 ) ではナノ材料についての研究発表が東京理科大学からの演題のみであったので、それ以来、ナノ材料の発生毒性の研究が進展していることを感じさせた。また、今回は毒性学研究者だけでなく bioethics の研究者による講演もあったことが印象的であった。これは、環境要因による発生毒性を"研究"するだけでなく、それを実際に人の生活する社会に活かすためには何を考慮する必要があるかを改めて感じさせられる、大変に有意義な講演であった。

次回のPPTOX (IV) は2014年に、産業医科大学の川本俊弘先生を大会長として日本(北九州市)で開催される予定である。日本免疫毒性学会の会員からも、我が国の発生毒性研究を多く発信する機会になるであろう。さらに、我が国ではご存知のとおり、環境要因による発生毒性が深く関わる「子どもの健康と環境」についてのエコチル調査が2011年から実施されている。次回のPPTOXIVは、その我が国で開催されるに相応しいユニークな部分が全面に出る大会になることが期待される。そして、日本では環境がヒトの健康に及ぼす影響をどのように調査し、どのようにしてそのリスクを回避しようとするのかというビジョンがPPTOXIVで示されてほしいと願っている。


右の扉が研究ポスター発表会場への入り口― 一瞬、いつもと
違う時空間に迷い込んでしまったかのような独特の部屋を通り、
扉を出て階段を上った先で、ポスター発表会場での活発な議論
が行われた。



梅澤雅和(右)と清水隆平(左)。
各々、学会初日にポスター発表を行った。

1 ) The 3rd International Conference on Prenatal Programming of Toxicology (PPTOXIII), Contemporary Concepts in Toxicology (CCT) Meeting, Society of Toxicology (SOT), Paris, France (May 14−16, 2012).

2 ) O'Reilly MA and Lawrence BP et al. Neonatal hyperoxia enhances the inflammatory response in adult mice infected with influenza A virus. Am J Respir Crit Care Med 177: 1103-1110 (2008)

3 ) Prins GS and Ho SM et al . Developmental exposure to bisphenol A increases prostate cancer susceptibility in adult rats: epigenetic mode of action is implicated. Fertil Steril 89 (2 Suppl): e41 (2008)

4 ) Hollingsworth JW et al. In utero supplementation with methyl donors enhances allergic airway disease in mice. J Clin Invest 118: 3462-3469 (2008)

5 ) Godfrey KM and Gluckman PD et al. Epigenetic Gene Promoter Methylation at Birth Is Associated With Child's Later Adiposity. Diabetes 60: 1528-1534 (2011)

6 ) The 2nd International Conference on Prenatal Programming of Toxicology (PPTOXII), CCT Meeting, Society of Toxicology (SOT), Miami Beach, USA (Dec 7−10, 2009).

 
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