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第49回SOT(Salt Lake City)参加報告
(っていうか顛末記)
大槻 剛巳
(川崎医科大学衛生学)

 2010年3月7〜 12日の日程で米国Salt Lake Cityにて第49回SOT(Society of Toxicology)のAnnual Meetingが催されました。SOTでは多くの専門部会やあるいは地域枠などがあるのですが、その中のISS(Immunotoxicology Specialty section)と、私たちの日本免疫毒性学会(JSIT)は交流事業を進めてきておりました。

 正式な交流事業として、日本免疫毒性学会からのSOT/ISSへの参加は、2009年3 月Baltimoreで開催されました第48回SOTに国立環境研究所の野原恵子先生が「Transcriptional changes in immunotoxicology: Transcriptional factors, signal transducstion and epigenetic」というシンポジウムの企画段階から関与され、最終的に座長とシンポジストをお務めになられたことから始まりましたが、東京で大沢教授が主催されました第12回日本免疫毒性学会学術大会で、話題提供としてMitchell D, Cohen博士が「Trends in Immunotoxicology Research in USA」と題して簡単な報告をして下さって以来、第13回(倉敷)「Modelsand mechanisms of chemical respiratory allergy: Not all allergens are equal」Jean F. Regal博士、第14回(神戸)「Developmental Immunotoxicity and Critical Windows of Exposure for Children's Health」 Rodney R. Dietert博士、第15回(東京)「Immunotoxicology of innnate immunity」S. B. Pruett博士をSOT/ISSからお招きしてきました。一方、日本からは中村和市先生(塩野義製薬)、香山不二雄先生が、それぞれ2006年と2008年に日本免疫毒性学会の説明や歴史を紹介されて、両国間での交流事業への機運が熟していったという経緯がありました。

 相互に合意を交わした後の、第16回(旭川)ではJudith T. Zelikoff博士がシンポジウムで「Prenatal exposure to cigarette smoke increases tumor susceptibility of juvenile mice via changes in anti-tumor immune mechanisms.」をご講演くださいました。そして2010年のつくばでは「免疫毒性と感受性要因」シンポジウムにシンポジストとしてMaryJane Selgrade博士が来日される予定になっております。

 現在、日本からSOT/ISSのメンバーを招聘する場合には、学術大会の1年前後前に、当該学術大会のサブテーマあるいはシンポジウムのテーマをSOT/ISS側の窓口であるMitchell D. Cohen博士に紹介し(日本側の窓口は日本免疫毒性学会国際化委員会の中村委員長と委員の大槻が務めております)、Cohen博士がそのテーマに最適な人材をSOT/ISSメンバーから選出して下さって、招聘する形式になっております。

 一方、日本側からSOT/ISSに参加する場合は、日本免疫毒性学会の中から派遣者として選ばれた者は、基本的にシンポジウムかワークショップの座長を務め(Co-chairになります)、そのテーマを企画出来ます。例年3月に催されるSOTのAnnual Meetingの1年半ほど前(ですので、こちらの学術大会の終了直後って感じですが)にそういった企画物のテーマを、窓口であるCohen博士に伝えます。彼はその企画テーマからSOT/ISSの中で最適な座長を共に務める人材を選んでくれて、その連絡が秋から初冬に届きます。そして、Cohen博士や、その年々のISSの会長(毎年変更になっています)も交えたメールでのやり取りの中で、約4〜5名の発表者候補を絞り込んでいきます。これが丁度こちらのお正月休みくらいになります。

 それぞれのシンポジストの発表内容の2〜3行のBrief Summaryと企画全体のSummaryが整いますと、まずはISSの中でのProgram Committeeに企画案として提出さ
れる段取りになります。シンポジウム、ワークショップそれぞれ4企画程が持ち込まれて、ISSの中のProgram Committeeで、取捨選択をして、その結果が、3月のSOT Annual Meetingの中でのISSのReception/Meetingで報告されます。ここまでの間に、Brief Summaryの書き直しなどの作業も加わります。そして、ISS Meetingで承認された後にSOT自体のAnnual Meeting のProgram Committee にISSとして提案されて、そこで承認されたかどうかが、春〜初夏に判るという仕組みです。この際にも、その年々のSOT自体のテーマに沿った形の企画が求められるということでSummaryの書き直しや、その大テーマの文言を入れるなどの作業もあります。決定後は企画物の場合には、抄録投稿が前年の8月ということなので、あっという間に抄録提出がやってくるという次第です。そこでもう本番までは特に何もなく…正直、3月の本番では半年以上も前に出した抄録の中身も忘れてしまっている程で、スライド作りが大変です。

 そして本番では日本免疫毒性学会派遣者はCo-chiarpersonとして、シンポジウム(あるいはワークショップ)の座長を務めるとともに、シンポジストとして発表をして、そして、やはりまぁ、SOT/ISSのReception/Meetingに顔を出して、まぁ、ノルマ終了ってことになります(当然、この日本免疫毒性学会のImmunotox Letterへの報告も残っていますが)。

 大槻の場合には、まず第15回の日本免疫毒性学会学術大会(東京、澤田年会長)の現場ロビーで、間に合えば2010年に、間に合わなければ2011年にSOTに行きましょう! って澤田先生、中村先生、野原先生から申しつかりました。そこからバタバタで、まずテーマ(案)として「Immunotoxicological effects of silica and asbestos」という教室が一貫して行っているテーマを提示させていただき、同時に、こんな発表者ならいいなってのを、論文ベースで数名というか数グループ挙げました。それからしばらくしてCohen博士より、ChairはMontana大学のAndrij Holian博士になった由、伝わってきました。Holian博士がISSメンバーかどうかも知らずに、発表候補者案の中に…実は、ほとんどの方を知らないままだったので、Pubmedなどの検索から、候補を挙げただけだったのですが…入れさせていただいていたのが、ISSメンバーということで非常にすんなりと決まった様な印象でした。

 当時、私は、SOTメンバーでもなく、どうやら2010年のSOTでの企画案に間に合いそうだってことにはなったのですが、もし通って座長をするにも行ったこともない学会では非常に心もとないこと、そして企画物の発表者のうち何割かはSOTメンバーであることが求められるということで、入会の手続きも同時にしていたのですが、これもまたしかるべき人の推薦やらなんやら…同時に並行して進んでいくっていう感じでした。

 そして、2009年の1月2日…米国では祝日は元日だけで2日からは通常に働いていることは知ってはいましたが、そして偶々私も大学へのメールを比較的常時観れる状態にあったから良かったのですが、この日の間に、何通のメールのやり取りをしたことか…ccで入ってくるCohen博士、Holian博士そして、レスする私…等々で、非常にバタバタと、しかし順調にシンポジウム企画が成熟していって、この形式内容でISSのCommitteeに提案すれば良いだろうってことになりました。本当にお屠蘇気分もぶっ飛ぶ応酬でした。

 そこから実際には、2009年のSOT(Baltimore)に参加して、初めてISSのReceptionに参加した会務報告の中で、私たちの企画が、シンポジウムの中の1番目で上にあげられることを知り、その後は、採択の通知が来て、すぐに抄録登録って形でした。

 ちなみに、今のところSOT/ISSと日本免疫毒性学会の取り決めでは、相互に宿泊費は現地の学会がカバーして、交通については出発国の学会が受け持つということになっております。日本免疫毒性学会でも一時期の会計の厳しさがちょっとだけ緩和されましたので、今回も補助を頂戴出来ました。また宿泊については領収書をCohen博士に送って、少々遅れましたが5月になって小切手が届きました。この辺りの流れについては、今後も派遣される先生方に少しは参考になれば、と思っております。


 さて、漸く2010年3月のSOT本番になりました。今回は、川崎医科大学衛生学からも3人が参加して、まぁ、皆で楽しんでみようってことで、往路:岡山→京城→桑港→Salt Lake Cityで、帰路:SLC→羅府→京城→岡山という空路で往復しました。

 到着の翌日の午前が、大槻の担当するシンポジウムでした。Holian教授は、メールでのやりとりでもとってもステキなそして、心遣いのある方って思っていましたが、出会ってみても本当にそのままで、素晴らしい出会いになりました。


 我々のセッションは「Silica and Asbestos Immunotoxicity: Mechanisms to Fibrosis, Autoimmunity, and Modified Tumor Resistance」でした。私を含めて5人の講演者がシリカやアスベストによる免疫毒性、特に曝露門戸である肺における肺胞マクロファージの役割などについて、更には、このような結晶体からの生体反応で昨今話題のInflammasomeと関連するNLRP3については動脈硬化との関連についても発表があり、なかなかインタレストなシンポジウムに出来たのではないかと自負しております。ただ個人的にはちょっと発表の練習が少なすぎで英語も含めて拙かったなぁ…って反省もしております。


 ISSのReceptionには、教室からの西村・前田・熊谷も一緒に参加しました。今年はISSの25周年記念ってことで、バルーンの飾り付けも華やかで歴代の会長が並んだりと、本当にわくわくする感じで盛り上がっておりました。


 更に、我々の教室からポスター演題を出しました前田助教が、Young Investigator Travel Awardを受賞しました。本当に嬉しいことでした。彼女は日本免疫毒性学会にもここ数年演題も出していますし、両方の学会で頑張ってほしいと思っております。


 また中村和市先生が2010/11のCouncilor に選ばれたことのアナウンス(写真付き)もありました。


 加えて、2011年の交流事業として吉田貴彦先生(旭川医大)が日本免疫毒性学会からの派遣者になってらっしゃるのですが、そのワークショップも1番目にSOT Annual Meeting のProgram Committeeに答申されることが報告されていました。


 また、ISSのExchange Programとして2009/10の旭川/Salt Lake Cityそして2010/11のつくば/Washington D.C.もスライドで出ていました。




 この国際交流は、まだ始まったばかりと云えなくもないですが冒頭に記載しておりました様に、思い起こせば2005年頃からその萌芽は試みられてきたもので、SOT/ISSは非常に活発に、またプログラムを観ても、広い範囲を内包して科学的にアプローチしているようです。今回、うちの教室員もポスター発表をしておりましたが、彼らも本当に息抜きする余裕もないほど、多くの方が質問やコメントを寄せてくださっていました。こうしていろいろと話せることもとっても重要ですし発表者冥利に尽きるっていう部分もあります。偶々、僕が派遣されたからって訳ではないですが、日本免疫毒性学会としてもこの交流事業に積極的に関与していくことは必要なことだと、改めて感じさせられました。


 さて調子に乗って沢山書き過ぎているのかも知れませんが、Salt Lake Cityは渡米した前の週には降雪もあったそうですが、それほど寒くもなく楽しくすごせました。御存知の様にモルモン教の聖都でもありますが、街の中心地、コンベンションセンターのすぐ近くにはTemple Squireがあって荘厳な寺院がありました。


 また市役所や州庁舎も歴史ある建物でした。




 そして、街の東にはワサッチ山脈(ロッキー山脈の一部ていえばそうですよね)があり、大塩湖の脇にも冠雪の山々もあり、なかなか素晴らしい気分になってしまいました。


 沢山写真も撮りました。詳しくは、川崎医科大学衛生学のHP (http://www.kawasaki-m.ac.jp/hygiene/)をご参照下さい。トップサイトの写真クリック→2010→3/7-11のsalt Lake City ってところをクリックしていただければ、観れる様になっております。

 学術的にも、そして知らない都市を見学するということからも楽しい会でした。そして、派遣してくださった日本免疫毒性学会に深く感謝いたします。そして、この経験を本学会の益々の発展のために、役立てることが出来れば、と、一層の精進をするつもりでおりますので、今後ともよろしくお願いいたします。この後、派遣者としてSOTに行かれる先生方、是非、頑張って下さい。
 
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