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Non-category (寄稿・挨拶・随想・その他)
環境化学物質によるアレルギーの増悪と評価系の開発
高野裕久、柳澤利枝、小池英子、井上健一郎
(独立行政法人 国立環境研究所 環境健康研究領域)

要旨
 近年のアレルギー疾患の急速な増加には遺伝要因よりも環境要因の変化が重要と考えられている。また、居住環境、衛生環境、食環境、水・土壌・大気環境等、多くの環境の変化に化学物質の増加という背景がある。我々は、環境化学物質が実験的に種々のアレルギー疾患を増悪しうることを明らかにしてきた。たとえば、粒子と多数の化学物質の集合体であるディーゼル排気微粒子はアレルギー性気管支喘息を増悪する。この増悪には化学物質成分が重要である。また、プラスチックの可塑剤として汎用されているフタル酸ジエチルヘキシルは、アトピー性皮膚炎を増悪する。アレルギー疾患を制圧するためには、環境化学物質対策も考慮すべきと考えられ、簡易・迅速な影響評価系の確立を目指している。

はじめに
 花粉症、気管支喘息、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患が若年者、先進国、都市部を中心に激増し、人類の健康や社会経済に多大な損失をもたらしているため、この増加・増悪要因を解明し、適切な対策を講ずることが急務である。
 一般に、疾患の発現、増加、増悪をもたらす二大要因として、遺伝因子と環境因子が列挙される。近年急速に増加した疾患の急増要因を考えると、我々の遺伝子が急速にかつ多くの人々に共通して変異をきたすということは考えにくい。一方、われわれを取り巻く環境に関しては、それが急速に、かつ、大きく変化している。そのため、アレルギー疾患の急増原因としては、遺伝因子の変化より環境因子の急変が重要であると一般に考えられている。そして、アレルギー疾患の急増に関わりうる環境因子としては、以下のようなものが挙げられている。

(1) 居住環境の変化
 近年、居住環境は密閉化されてきている。空調の使用により室温が定常化され、ダニの繁殖に適した温度条件も経年的に生じやすくなっている。これらの諸条件によりダニに関連するアレルゲンが増加し、アレルギー疾患が増加しているという考えもある。一方、木材、建材の防腐や防虫を企図した種々の化学物質の使用や、壁紙、塗料、接着剤、パーティクルボード等インテリア製品や一般家電製品、各種事務設備・機器にも多くの化学物質が使用されるようになり、これらの環境化学物質への曝露機会の増加も危惧されている。

(2) 食環境の変化
 食生活の多様化が進んできたが、新たな食材に含まれる成分は新たなアレルゲンとなる可能性を否定できない。一方、食生活の欧米化もアレルギー疾患増加の一因と考えられている。そして、もう一つの変化として、食物やその容器に対する添加物(化学物質)の使用が挙げられる。防腐剤、抗酸化剤、着色剤等様々な化学物質が食品に使用されている。さらに、食品原材料の効率的な生育・飼育のために、植物に対する農薬や除草剤、動物に対する抗生物質やホルモン製剤も使用される場合が指摘されている。また、利便性や経済性のためにディスポーザブルの食器や容器がしばしば使用されるが、この原材料であるプラスチックやビニールを形成するためには可塑剤としていくつかの化学物質が使用されており、この溶出による曝露も我々は受ける可能性がある。

(3) 衛生環境の変化
 寄生虫疾患や細菌感染症の減少もアレルギー疾患増加の一因と考えられているが、結論は出ていない。そして、もう一つの重要な変容は、抗生物質、抗菌性化学物質等の化学物質の使用であろう。われわれは抗菌的化学物質の曝露を生活の中で受けている可能性がある。

(4) 水・大気・土壌環境の変化
 水・大気・土壌環境等狭義の環境因子の変化(いわゆる環境汚染)がアレルギー疾患の増加、増悪に関与するという考え方やその論拠も多い。たとえば、疫学的にも、浮遊粒子状物質による大気汚染が気管支喘息やアレルギー症状の増悪と正相関を示すという報告は多い。われわれは、都市における浮遊粒子状物質の代表であるディーゼル排気微粒子(diesel exhaust particles: DEP) やディーゼル排気 (diesel exhaust: DE)がアレルギー性気管支喘息を増悪させることをこれまでに明らかにしてきた (1)。「DEPは、粒子と莫大な数の化学物質の集合体である。」ということも可能であるため、DEPのアレルギー増悪成分につき、環境化学物質に注目して検討を進めると、アレルギー性気管支喘息を増悪させるDEPの主たる構成成分は、DEPに含まれる脂溶性化学物質(群)であり、抽出後の残渣粒子と脂溶性化学物質が共存することによりアレルギー性炎症は相乗的に増悪することが明らかになった (2)。
 次に、我々は、全身的に摂取される環境化学物質が、若年者を中心に激増しているアトピー性皮膚炎に及ぼす影響に注目した。ここでは、プラスチックの可塑剤として汎用され、ヒト臍帯でも検出されているフタル酸ジエチルヘキシルの例を示す(3)。ダニアレルゲンをアトピー体質を有するマウスの耳介皮内に投与することにより誘導した皮膚炎モデルに対し、フタル酸ジエチルヘキシル(0.8、4、20、100 μg/day)を全身投与したところ、皮膚炎の重症度は、フタル酸ジエチルヘキシルの低用量曝露(4もしくは20 μg/day)で増悪した(図1)。逆に、高用量曝露では増悪影響は目立たなくなった。肉眼所見は好酸球の浸潤や肥満細胞の脱顆粒と程度と並行していた(図2)。このような量−反応関係(inverted U shape)は環境ホルモン作用でもしばしば観察される現象であることから、フ
タル酸ジエチルヘキシルのアレルギー増悪作用は環境ホルモン作用と類似したメカニズムを介している可能性が示唆された。また、フタル酸ジエチルヘキシルによるアレルギー性炎症の増悪に関わるメカニズムとして、IL-5やeotaxin等の皮膚における発現が重要と考えられた。なお、本実験でアトピー性皮膚炎を増悪させたフタル酸ジエチルヘキシルの曝露量は、肝臓に病理学的変化をもたらす量に比較し、かなり少ない量であるということは特筆すべき知見といえる。我々は、このアトピー性皮膚炎モデルを用いて、種々の環境化学物質のアレルギー増悪影響を評価しつつある。

図1.フタル酸ジエチルヘキシル曝露によるアトピー性皮膚炎症状の変化


図2. 炎症局所(耳介組織)における炎症細胞数の変化
(A);好酸球数、(B);肥満細胞(脱顆粒の程度によってレベル分け)

 一方、環境化学物質は莫大な数に上り、かつ、日々増加しているため、これらのアレルギー増悪作用を簡易かつ迅速に評価することが重要である。アトピー性皮膚炎を用いたin vivo における評価は、実際の病態増悪をエンドポイントにしているという利点を持つが、約3−4週の評価期間を必要とし、対象とできる化学物質数も限られている。また、アレルギー反応には、様々な免疫担当細胞が関与している(図3)。そこで、われわれは、より簡易かつ迅速なスクリーニング手法として、免疫・アレルギー反応や疾患に深く関わる樹状細胞、リンパ球の単独、あるいは、複合培養系を用い、in vivo でのアレルギー増悪作用をよく反映するin vitro スクリーニング手法の開発が可能か否か検討し、その簡便性、普及性を含め、総合的に有用性を検討している。具体的には、NC/Ngaマウスより、骨髄由来樹状細胞、脾細胞、脾臓由来T細胞等を採取し対象として用いた。抗原提示細胞についてはMHC class II, CD80, CD86, CD11c, DEC205等の発現、T細胞についてはTCR, CD3, CD28, IL-4R等の発現、また、サイトカインの産生を環境化学物質の存在下、非存在下で比較検討したところ、総じて、樹状細胞におけるCD86の発現増加、脾細胞におけるTCRの発現およびIL-4産生、抗原刺激による細胞増殖の増強は、in vivo におけるアレルギー増悪影響をよく反映し、in vitro スクリーニング系、及び、指標として非常に有用であると考えられた (4)。

図3. アレルギー反応の概略図

参考文献
(1) Takano H, Yoshikawa T, Ichinose T, Miyabara Y, Imaoka K, Sagai M: Diesel exhaust particles enhance antigen-induced airway inflammation and local cytokine expression in mice. Am J Respir Crit Care Med 156: 36-42, 1997
(2) Yanagisawa R, Takano H, Inoue K, Sakurai M, Ichinose T, Sadakane K, Yoshino S, Yamaki K, Yoshikawa T, Hayakawa K: Components of diesel exhaust particles differentially affect Th1/Th2 response in a murine model of allergic airway inflammation. Clin Exp Allergy 36: 386-395, 2006
(3) Takano H, Yanagisawa R, Inoue K, Ichinose T, Sadakane K, Yoshikawa T: Di-(2-ethylhexyl) phthalate enhances atopic dermatitis-like skin lesions in mice.
Environ Health Persp 114: 1266-1269, 2006
(4) Koike E, Inoue K, Yanagisawa R, Takano H. Di-(2-ethylhexyl) phthalate affects immune cells from atopic prone mice in vitro. Toxicol 259: 54-60, 2009
 
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