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第19回世界アレルギー学会議旅行記


2005; 10(1), 4-5


藤巻 秀和
(独)国立環境研究所

6月26日から7月1日までMunichで開催された第19回界アレルギー学会議に出席する機会を得た。6月25日の昼ころの直行便で成田を出発して約12時間でMunichに着いた。機内では,同僚が時間を費やすためにと渡してくれた「ウニと語る」(團 勝磨著)を読むことにしていた。著者のウニの発生,特に初期発生における細胞分裂に魅せられた研究の歩みと人生の歩みとを研究者の思想を交えて述べており,現代のように情報の流れの速い時代に忘れられている“研究”の本質について考えさせられる好著であった。実は,團先生とは一年以上を三崎の臨海実験所で過ごさせていただいた経験があったが,もっと当時にいろいろと先生のお考えに接していれば,よりましな研究者になれたであろうと反省しきりであった。また,機内では隣の席に大手印刷会社のTさんがおり,ドイツとオーストリアでの電子タグの情報交換をかねた商談に伺うという話を興味深く聞かせてもらった。米国より欧州のほうでこのタグ関連の商品開発が進んでおり,現在,衣類や書籍の在庫管理に使用されたり,食料品の生産地の識別や牛・豚などの飼育における管理などへと利用が広がっているとのことであった。電子タグはすでに印刷により大量に生産もされているとのことで,益々利用価値の高まる分野であることが窺えた。われわれの研究分野でも応用ができそうな感じをもった。そうこうして本を読み終えると空港に到着する時間になってしまい,機内での時間が短く感じ有意義に過ごせたと自己満足してタラップを降りた。その後は,すんなり市内のホテルに納まった。

翌日,市中心から地下鉄で約15−20分のところにあるMessestadt West駅で降りて,学会場のICMで登録を済ませ分厚い要旨集を手にした。一般の口演が161演題,ポスター発表が1518演題記載してあった。特別講演や招待講演なども毎日行われたが,シンポジウムが29,ワークショップも31テーマ開催された。

今回は,自分の発表が初日27日の午前になったこともあり,その後比較的余裕をもって会議に参加できたので,以下に印象に残った話題をとりあげたい。

粒子のアジュバント効果について,Norwayのグループが,粒径の異なるpolystyrene particlesを用いてOVA特的IgE抗体価の上昇効果を比較すると,1ミクロンの粒子による亢進効果が最低で,それより小さく(例,60ナノメートル),あるいはそれ以上の大きさではより効果が増加することを発表し,粒子の粒径もアジュバント効果に関わっていることを明らかにした。最近のナノ粒子の影響予想に合致する結果と考えられる。また,彼らは遺伝的背景の異なるマウス間での比較実験で,粒子径はOVAに対する本来のTh2反応を増強し,遺伝的背景と粒子の組成はそこにどれだけTh1タイプの要因を組み込むかということにかかわるのではないかと推測している。

感染・アレルギー・トレランスの話題では,マウス11番染色体上で自己免疫や気道反応性に,またヒト5Q33の染色体上で喘息に結びつくと数年前より言われていたT-cell immunoglobulin mucin(TIM)遺伝子ファミリーの講演があり,最近の知見の概要を聞くことができた。TIM遺伝子の働きに関して,A型肝炎ウイルス感染が喘息を抑制する機構について討論された。分化したTh2 細胞上にはTIM1蛋白が存在しており,これがA型肝炎ウイルスの受容体としての働きをもっていることが明らかになったからだ。A型ウイルス感染がTIM1受容体を介してTh2細胞の機能を制御することにより喘息を抑える機構がみえてきた。また,Th1細胞上にはTIM3があり,EAEのようなTh1依存性の自己免疫疾患やマクロファージ機能に関連していると考えられている。末梢でのトレランスの誘導においても,TIM3 が誘導において正の働きをし,TIM1がトレランスの誘導の抑制にかかわるというように正負の働きをそれぞれ有してアレルギー性炎症などの制御にかかわることも報告された。



今春の日本の話題をさらったスギ花粉症の増加と同様な花粉症の増加が諸外国においても見られており,これまでより花粉症の発症時期がより早く,長くなっていることが報告された。大気中に存在するエアロゾル粒子の分画のなかで,花粉粒子の蛋白などが含まれるprimary biological aerosol particles (PBAPs)において季節変動がみられるもののいろいろな地域で増加していることが明らかとなった。これまで,花粉症では花粉の中のアレルゲンに注目が集まっていたがアレルゲン以外のpollen-associated lipid mediator(PALM)に樹状細胞からのIL-12産生を抑制し,Th2優位な方向により反応を傾ける働きがあることがわかってきた。PBAPsの中にどれくらいPALMが含まれるのかは不明であるが,日本でもこれについての研究の進展が望まれる。

アレルギーにおける心と体の相互作用のところで紹介された内容は印象的であった。生後1週間以内での母親の子供の養育の仕方の違いがその後の子供のストレスに対する行動の違いに関与するというもので,ヒストンのアセチル化,DNAメチル化,さらに海馬におけるグルココルチコイド受容体プロモーター領域の違いとして反映され,大人になってからのストレスに対するHPA軸の反応や核内因子としてのnerve growth factor-inducible protein Aの結合にも影響を与えるというもので,化学物質曝露による母親の行動への影響が懸念される報告であった。



今回の学会でこれまでと変わっていたことは,プレナリーセッションとシンポジウムの時に事後評価をするアンケート用紙が前もって配られ,会場出口で回収するシステムになっており,その結果を以後の会議の参考にするという企画の導入である。アンケート内容は,シンポジウムの内容の適切さ,シンポジストの選択の適正さ,シンポジストの内容の適切さや新しさ,聴衆への貢献度,発表の仕方など厳しい評価項目とも感じられるものもあった。学会の活性化にうまくいかされれば意義のある試みかもしれない。日本免疫毒性学会でも年会時に全体の年会内容について学会参加会員に終了後にアンケートに記入いただき,それを次回以降の学会運営に生かすよう努力することは必要かもしれない。



GSFで研究している先輩とホフブロイハウスで民族音楽を聴きながらのどを潤すというよりもビールを浴びるように存分飲んでミュンヘンでの会議を締めくくった。

なお,次回の世界アレルギー学会議は2007年12月にタイにおいて開催されることが決まっている。