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都市大気中ナノ粒子の健康影響


2004; 9(2), 6-8


山元 昭二
国立環境研究所環境健康研究領域

1.はじめに

都市大気中の浮遊粒子状物質(PM10やPM2.5と呼ばれる空気力学的粒径が10μm以下又は2.5μm以下の微小粒子)の濃度上昇は,呼吸器系疾患や心臓血管系疾患の罹病率や死亡率の増加と関連することが知られている。その大気中濃度は火力発電所や工場等の固定発生源の近くを別とすれば交通量の多い道路沿道で高値を示すため,我国では自動車による大気汚染状況の厳しい地域(自治体)のトラック,バス,ディーゼル乗用車等を対象に窒素酸化物のみならず粒子状物質についても排出基準が設定され車種規制が行われている。又,ディーゼル自動車などについてエンジン本体の改良や排気後処理装置による自動車構造対策および燃料品質対策等の排出ガス・粒子低減対策も同時に進行している。道路沿道における自動車由来のPM10やPM2.5の濃度は低減化の方向へ進んでいるとされるが,近年,ナノ粒子と呼ばれる50nm以下の超微小粒子の健康影響問題がクローズアップされてきた。ディーゼル自動車の排出粒子の粒径分布では,その質量の大部分は粒径が0.1〜0.3μmの範囲(累積モード)にあるのに対して,個数分布では大部分が5〜50nmの範囲(核モード)にあるとされ,核モード粒子すなわちナノ粒子の質量濃度は全体の1〜20%に過ぎないが粒子個数は90%以上を占めるとされている1, 2)。実際の大気中ナノ粒子の組成としては微小粒子やディーゼル排気微粒子の主要構成成分である元素状炭素や有機炭素,無機塩類,金属,水等が含まれると推測されている。大きい粒子すなわち累積モードの粒子は前述の規制や対策の実施によって減少していくが,ナノ粒子については現在の対策ではその粒子数の大幅な低減は期待できないと考えられナノ粒子による健康影響の問題は依然として残ったままである。昨今,自動車由来のナノ粒子の問題とは別にナノテクノロジー(超微細技術)の進展に伴いエレクトロニクスや医薬等への応用が期待されるナノ材料による健康影響の可能性も危惧されているが,本稿では都市大気中ナノ粒子の健康影響について特に呼吸器系への影響を中心に話題提供したい。

2.ナノ粒子の生体影響

これまでに報告された二酸化チタン(TiO2)やカーボン粒子,都市大気中捕集粒子等による実験的研究で,ナノ粒子は累積モードの大きな粒子に比べて肺に炎症を強く惹起することが明らかにされており,その理由として,ナノ粒子は質量当たりの表面積が大きくなるため,細胞表面との反応性が高まり表面付着物質(活性酸素種,ラジカル,金属等)による毒性が強く発現すると考えられている。又,いくつかの疫学研究は,大気中のナノ粒子がPM10やPM2.5と同様に,呼吸器系疾患や心臓血管系疾患の罹病率や死亡率の増加と関連することを示している3, 4)。Petersら3)の成人の喘息患者を対象とした大気中微小粒子と呼吸器症状との関連についての調査では,ナノ粒子の方が0.1〜0.5μm粒子やPM10に比べて呼吸器症状の悪化や最大呼気流量の低下をより強く引き起こす結果が示されている。

一般に,吸入された粒子は鼻腔から肺胞にかけての各部位に慣性,沈降,拡散によって沈着するが,ヒトにおける吸入粒子の沈着モデルでは,肺胞領域での沈着効率は0.1μm以上の粒子で20%以下,5〜10nmの粒子で約20〜30%であるのに対して,20nm付近の粒子では50%に達するとされており,それより大きい粒子または小さい粒子に比べて肺胞での沈着効率が高いと予測されている5)。この20nm付近の粒子サイズは,ディーゼル自動車排出粒子の核モードの主画分でもある。吸入ナノ粒子の肺での沈着や移行,毒性等に関する初期の実験的研究では,TiO2や二酸化ケイ素等が用いられているが,Ferinら6)は,21nmと0.25μmのTiO2をラットに吸入暴露または気管内投与して粒子の保持や移行について検討した結果,ナノ粒子は大きな粒子に比べて肺の間質への広がりが大きく肺に長く保持されていたことを報告している。さらに,Oberdorsterら7)の同様の実験では,TiO2ナノ粒子の肺の間質へのアクセスの増加と合わせて気管支肺胞洗浄(BAL)液中の急性の炎症性パラメーターが高められ,その増強は肺に保持された粒子の表面積と最もよく関連している結果が示され,ナノ粒子による肺毒性の増強はその広い表面積並びに肺の間質へのアクセスの増加に起因すると考えられた。一方,ラットに炭素同位体(13C)ナノ粒子を吸入させてその体内移行を調べた研究8)では,これらのナノ粒子は吸入後,短時間で肝臓でも検出され,ナノ粒子が肺や消化管を通過し血流に乗って肺以外の臓器にも移行する可能性を示唆した。同様の最新の研究9)では,このナノ粒子が大脳や小脳,嗅球にも移行することを報告し,特に嗅球のナノ粒子については鼻咽頭領域の嗅粘膜に沈着したナノ粒子が嗅神経を通って嗅球に移行したのではないかと推察している。

都市大気中微小粒子の模擬粒子として用いられるカーボンブラック(CB)粒子のラットへの気管内投与で,14nmの粒子は0.3μm付近の大きな粒子に比べて肺の炎症や酸化ストレスが大きかったことが報告されている10)。これ以外にも,CBナノ粒子は大きい粒子に比べて還元型グルタチオン(GSH)がより減少することやフリーラジカルを多く生じること,マクロファージによる食作用の抑制が大きいこと等がin vivoやin vitroの実験で明らかになっている。CB粒子の吸入暴露実験においてもナノ粒子は大きな粒子に比べて血中の白血球やBAL液中の好中球の増加,ケモカインMIP-2のmRNAの発現増加等の炎症反応を引き起こしている11)。Liら12)は,マウスのマクロファージやヒトの気管支上皮細胞の培養細胞に粒径画分別に採取した大気中微小粒子を添加した系で,100nm以下の粒子は大きい粒子に比べて酸化ストレスの誘導とミトコンドリアの障害を強く引き起こし,それらはナノ粒子の有機炭素や多環芳香族炭化水素の高い含有量と関連したことを報告している。以上のように,ナノ粒子は酸化ストレス及び前炎症性の応答を大きい粒子に比べて強く引き起こすことが明らかにされているが,その酸化ストレス発生のメカニズムは完全に解明されていない。粒子表面は反応性の酸素種のソースでもあり何等かの方法で多数の粒子又は大きな粒子表面積が酸化ストレスの増強と関連していると考えられている13)

3.あとがき

都市大気中のナノ粒子はその毒性・影響・性状・環境動態のいずれも未解明の部分が多く,また,肺のみならず全身への影響を持つ可能性がその体内動態から示唆されている。独立行政法人国立環境研究所では,2003年より自動車排出ガスに起因するナノ粒子の生体影響研究が開始され,その毒性・影響評価のみならずナノ粒子の物理的・化学的性状,ガスからの粒子化プロセス,発生条件,環境中の動態等に関する研究が進行中である。

一方,エレクトロニクスや医薬等への応用が期待される炭素などのナノ材料が脳などに蓄積して健康に悪影響を及ぼす可能性があるとして,2004年から米国環境保護庁のもとで12の機関がナノ材料の環境や健康への影響について共同研究を開始した。また,英国王立協会及び王立工学アカデミーは,2004年7月に「ナノサイエンスとナノテクノロジー:期待と不確実性」と題するナノテクノロジーに関する調査報告書を公開し,その中でナノテクノロジーの健康と環境への影響については,特にナノ粒子やナノチューブの製造過程における吸入や環境汚染が問題になるとして,安全性の事前の検討が必要であると政府に勧告している。今後,自動車由来ナノ粒子の健康影響評価と合わせて,ナノテクノロジーの産業化で最先端を走る日本でも,ナノ材料についての影響評価研究が必要となると考えられる。

文献
1) Kittelson, D.B. et al. (2002): Diesel aerosol samplingmethodology -CRC E-43: Technical summary andconclusions. Coordinating Research Council,Alpharetta, GA. pp1-23.
2) Kittelson, D.B. (1998): Engines and nanoparticles: areview. J. Aerosol Sci., 29:575-588.
3)Peters, A. et al. (1997): Respiratory effects areassociated with the number of ultrafine particles. Am.J. Respir. Crit. Care Med., 155:1376-1387.
4) Wichmann H.E. et al. (2000): Daily mortality and fineand ultrafine particles in erfurt, germany part I: role ofparticle number and particle mass. Res. Rep. HealthEff. Inst., 98:5-86.
5) ICRP (1994): Human respiratory tract model forradiological protection. Ann. ICRP, 24(1-3), ICRPpublication 66.
6) Ferin, J. et al. (1992): Pulmonary retention of ultrafineand fine particles in rats. Am. J. Respir. Cell. Mol. Biol.,6:535-542.
7) Oberdorster, G. et al. (1992): Role of the alveolarmacrophage in lung injury: studies with ultrafineparticles. Environ. Health Perspect., 97:193-199.
8) Oberdorster, G. et al. (2002): Extrapulmonarytranslocation of ultrafine carbon particles followingwhole-body inhalation exposure of rats. J. Toxicol.Environ. Health A, 65:1531-1543.
9) Oberdorster, G. et al. (2004): Translocation of inhaledultrafine particles to the brain. Inhal. Toxicol., 16:437-445.
10) Li, X.Y., et al. (1999): Short-term inflammatoryresponses following intratracheal instillation of fineand ultrafine carbon black in rats. Inhal. Toxicol.,11:709-731.
11) Gilmour, P.S., et al. (2004): Pulmonary and systemiceffects of short-term inhalation exposure to ultrafinecarbon black particles. Toxicol. Appl. Pharmacol.,195:35-44.
12) Li, N. et al. (2003): Ultrafine particlulate pollutantsinduce oxidative stress and mitochondrial damage.Environ. Health Perspect., 111:455-460.
13) Donaldson, K. and Stone, V. (2003): Currenthypotheses on the mechanisms of toxicity of ultrafineparticles. Ann. 1st. Super Sanita, 39:405-410.