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ピルとエイズ


2001; 7(1), 7-8


武田 玲子
クリニック 玲 タケダ

 "ピルを使うとエイズが増えるか"という問題は日本におけるピル認可の際,公衆衛生審議会でも問題になったが,先進的?女性たちの"早くピル認可を"という声におされて,多くの論議がなされないまま,ピルとエイズは関係ないという結論が出され,ピルは日本で認可されてしまった。

 ピルとエイズは,ほんとうに関係ないのだろうか?ピルを服用すると同時にエイズを予防するとして,コンドームがすすめられている。コンドームはバリアーによる避妊具であり,完全に装着すれば精子をシャットアウトし,同時に当然のことであるが,エイズウイルスの往来をさまたげる。したがって避妊にピルをというより,コンドームを完全に装着する教育こそ,避妊にもエイズ予防にも役立つ。日本では,コンドームの使用人口が多い。しかし,このうちの何人がコンドームのきちんとした装着法の教育を受けているだろうか?エイズが問題になる以前は,コンドームの正確な使い方が,白昼,公衆の面前であるいは,学校の教材として取り上げられることは,まず皆無だったといえるであろう。コンドームは,日本では,ひっそりと二人,あるいは,一人で使い方を学習し,あるいは,学習することもなく不完全なやり方で,使い続けられている。ピルをという前に,どうやってコンドームを使うかを男女が一緒に学ぶというほうが,両性の特に女性の健康に役立つのである。女性のといった訳は,コンドームは,避妊およびエイズ予防のほか,子宮頚ガン (ウイルス感染が引き金になることがわかった) の予防にも役立つからである。

 ピルが免疫を抑制してエイズを増やすことも考えられる。女性は月経周期で免疫力が変わる。子宮頚部のS-Cジャンクションにとりついて子宮頚ガンを発症させるパピローマウイルスは排卵期に最も取り付きにくい。これは排卵期に免疫力が最高になるためと考えられている。排卵期に免疫力が高まるのは,受精時に受精卵やそのホストである母体の感染を防ぐ合目的な意味があるのかもしれない。

 ピルとエイズの関係を議論した多くの論文がある。結論はまちまちであるが,これらの論文の質も多種多様である。この中から,ピル服用者のエイズ罹患のリスクを計算できるほど十分なデータを持つ論文を選び出し,その論文の質に注目し,メタ-アナリシスを行ったWangらの論文が1999年5月に出版された。Wangらはメド-ライン (1986年1月から1997年10月) と,エイズ-ライン ( 1986年から1997年10月まで),その他,エイズに関する文献目録,エイズ専門家から得られた文献からえられた591の論文を精査した。発表論文に加えて,著者達にもコンタクトをとり,リスクを計算することができる新たなデータがないかを質問している。この中でHIV-1感染の経口避妊薬使用/不使用のオッズ比を報告している論文と,オッズ比が計算可能なデータを備えている論文28を選び出しメタ-アナリシスをおこなった。28論文全体のオッズ比は1.19であったが,7つのコホート研究では1.32であり,21の横断研究では1.21であった。Wangらは,更に,これらの論文の質を検討した。コホートか横断研究か,何年間のピル使用か (スタディの追跡中ずっと,現在の使用,過去に使ったことがある,など) 比較対照群との類似性,パブリッシュされたか否かで重みをつけて論文の評価をおこなった。そうやって評価したベターな論文 (20) では,オッズ比は,1.27となり,ベストな論文 (8) では,1.60となった。スタディが行われた地域をアフリカに限る論文 (14)では,オッズ比は1.45となり,ベストな論文 (7) ではオッズ比は1.65となった。アフリカは異性間性行為によるHIV感染が最大の地域である。

 経口避妊薬によって,HIV感染しやすくなるいくつかの機構が考えられる。エストロゲンとプロゲステロンは免疫系の制御に影響を与え,感染病理に影響を与える。経口避妊薬服用者における細胞性免疫と液性免疫の不足が確認されている。このことは,風疹やヘルペスの罹患リスクの上昇に反映される。生殖器に限定すると,カンジタ膣炎や,クラミディア頚管炎が経口避妊薬使用者に多い。このことで膣や頚部の細胞がHIV感染を起こしやすくなると考えられるが,経口避妊薬は,さらに膣や頚部の表面の性質を変えることもHIV感染しやすくなる原因である。子宮頚部の外反や膣壁が薄くなってHIVウイルスの侵入を容易にする。免疫機構との関係は不明であるが,経口避妊薬の使用者は子宮頚部のHIV-1感染細胞が剥がれ落ちやすくなるという調査報告があり,これもHIV感染をひろげるもとになる。

 少し主張が違うが,経口避妊薬と性感染症に関して,日本のセックスワーカーについての調査研究 (木本絹子等) がある。この調査でも経口避妊薬服用者はカンジタやヘルペスに有意にかかりやすく,クラミディアにもかかりやすい傾向があることがわかった。面接調査の結果,経口避妊薬服用者はコンドームを完全には着用していないことが多かった。ピル服用のため,コンドーム装着がおろそかになるというのである。

 ピルが免疫にどのような影響をもたらすかという研究は少ない。ピルがアレルギーを増やすことや,ピルやピルと同じ成分を使うhormone replace therapy (HRT) によって,喘息が増えるという報告がありピルが免疫に与える影響について更なる研究が待たれる。