≪Non-category (寄稿・挨拶・随想・その他)≫

ライフスタイルおよび精神的健康状態がNK細胞活性におよぼす影響


2001; 7(1), 4-6


櫻井知真子,森本 兼曩
大阪大学大学院医学系研究科社会環境医学講座

A. 緒言

 Natural Killer (NK) 細胞は明らかな抗原による感作なしに標的細胞を殺すことができるリンパ球の一種である。このリンパ球は急性ウイルス感染の初期に働く細胞性免疫の主役であり,また,腫瘍の発生,増殖を阻止する上でも,免疫機能の重要な一端を担うことが示唆されている。NK細胞活性は,明らかな疾病のない健常者においても,その活性値に大きな個人差が存在する。我々は健常者ヒト集団を対象にNK細胞活性の測定を実施し,その活性に影響をおよぼす環境要因について検討を重ねてきた。その結果,個人個人の生活習慣を含むライフスタイルが大きく影響していることが明らかとなった1)。また,近年,精神神経免疫学の発展に伴い,神経系および内分泌系と免疫系が相互に密接に調節しあっていることが明らかとなってきている2)。免疫系の細胞上にはさまざまなホルモンや神経ペプチドの受容体が存在することが知られており,これらの物質により,免疫機能が修飾されることが明らかとなってきた。神経系,内分泌系と免疫系との相互連関が理解されるにつれ,人間の精神状態,心理面の変化が免疫系の機能に影響を与えることも証明されつつある。そこで,我々の研究においても,精神状態とNK細胞活性との関連について検討をおこなっている。今回は,阪神淡路大震災被災者を対象におこなった調査により,ライフスタイルと心的外傷後ストレス傷害 (PTSD:Posttraumatic stress disorder) の症状がNK細胞活性に有意に関連していることが明らかとなったため,その結果を報告する。

B. 方法

1. 対象者

 調査対象は神戸市と周辺の都市および大阪市に所在する企業の従業員で阪神大震災を経験した男性155名である。女性従業員のNK細胞活性測定者は少数存在したが,活性値には性差がみられ,また,少数で解析が困難であったため除外した。調査は阪神大震災から1年2ヶ月経過した平成8年3月からはじめ,7月で終了した。

2. NK細胞活性測定法

 対象者の末梢静脈血をヘパリン添加試験管に採取し,NK細胞活性の測定を行った。

 測定法には51Cr遊離法を用いた。採取した静脈血からFicoll-Paque比重遠沈法にて単核細胞を分離しEffector細胞とした。Target細胞となるガン細胞には慢性白血病由来の細胞株であるK562を使用した。51Crで標識したtarget細胞のK562細胞と単核細胞を96穴のマイクロカルチャープレートにて混合し,4時間,37度,5%CO2下で培養した後,単核細胞中のNK細胞により攻撃破壊されたtarget細胞から遊離されてくる51Crの放射活性をγカウンターで測定した。以下に示した式にて%特異的51Cr放出値を算出し,この値をNK細胞活性とした。NK細胞活性=(エフェクター細胞を加えた時の51Cr遊離−自然遊離)÷(最大遊離−自然遊離)×100。Effector細胞とTarget細胞を混合培養する際の比率であるET比 (effector target比) は5:1,10:1,20:1の三種類を設けたが,すべてのET比で同様の結果が得られたため,10:1の結果についてのみ報告する。

3. 精神的健康状態およびライフスタイルの評価

 精神的健康状態およびライフスタイルの評価は自記式質問票にておこなった。PTSDに関する症状については,アメリカ精神学会のDSM-IVの診断基準に従い,19項目からなる質問票を作成して評価した。19項目それぞれの質問に対し,あてはまる場合を1点,あてはまらない場合を0点として合計点を算出し,PTSDスコアとした。点数の高いほど,PTSD様症状を持つ傾向があるものとして評価した。ライフスタイルについては,各生活習慣について調査するとともに,森本の8つの健康習慣 (運動,飲酒,喫煙,睡眠,朝食,栄養バランス,主観的ストレス,労働時間) より,各習慣について望ましいと思われる習慣を維持している場合は1点,維持していない場合には0点を与え,合計点を健康習慣指数 (HPI:Health Practice Index) とし,これを包括的にみたライフスタイルの状況として評価した。

C. 結果

 まず,ライフスタイルとNK細胞活性との関係について検討した。HPIの点数別に対象者を3つの群に分類した。すなわち,0-3点をライフスタイルが不良,4-5点を中庸,6-8点を良好と分類し,NK細胞活性値を比較した。その結果,ライフスタイルが良好な群は不良な群,および中庸な群に比較して有意に高い活性値を示した (図1)。また,PTSD症状とNK細胞活性値の関連を検討した。その結果,PTSDスコアが高い人 (症状の多い人) の方がスコアが低い人に比し,NK細胞活性値が有意に低い結果が得られた (図2)。次に,PTSD症状とライフスタイルが独立にNK細胞活性に影響しているかを検討するため,NK細胞活性を従属変数とした分散共分散分析をおこなった。ライフスタイル,PTSD症状,年齢,職種を独立変数として解析した結果,ライフスタイルおよびPTSD症状が有意に寄与していた。一方,年齢,職種は有意ではなかった。よって,PTSD症状,ライフスタイルは,それぞれが共にNK細胞活性に影響していることが明らかになった。





 以上の結果から,ヒト集団を対象として環境曝露のNK細胞活性値への影響を評価する際には,個人個人のライフスタイルおよび精神状態の影響も考慮することが重要と思われた。

D. 文献

1) Kusaka Y, Kondou H, Morimoto K. Healthy lifestyles are associated with higher natural killer cell activity. Prev. Med. 1992;21-602-615.
2) Ader R, Felten DL, Cohen N, Ed., Psychoneuroimmunology. ( Academic Press, San Diego, ed.2, 1991)