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薬剤による免疫毒性 −腎臓−


2001; 7(1), 2-3


上田 志朗
千葉大学大学院薬学研究科 医薬品情報学

薬剤性腎障害の分類

 薬剤性腎障害は主として障害を受ける部位により,糸球体性と尿細管性に分類される。現在,日本で透析導入の2大原因である慢性糸球体腎炎や糖尿病性腎症などは主として糸球体が障害を受け,一般に腎疾患と言うと糸球体に病変の主体があることが多いが,薬剤性腎症の場合は尿細管に病変の主体がある頻度が高くなる。これは,糸球体にある各種細胞におけるよりも尿細管の上皮細胞において薬剤が濃縮されたり代謝を受けたりすることが多いためと考えられる。尿細管性の場合,病名としては間質性 (本来は尿細管・間質性) と銘々されることが多くなる。

 また,病変の出現の仕方により急性と慢性とに分けられる。急性の場合は,病変が急速に出現・進展し患者さんの症状も多彩でより早期に発見されるが,慢性の場合は緩徐に進行し症状が現れにくいことが多くなる。どんな臓器でもそうだが,急性が慢性に,慢性が急性に移行する場合もある。

 さらに発症機序によりアレルギー性と中毒性に分類される。アレルギー性とは免疫機構が大きく関与して発症する場合で,多くの場合,薬の量に依ることはなく患者さんの体質 (免疫機構の特殊性等) により発症するかしないか決定される。中毒性とは患者さんの体質には関係無く,ある一定以上の量を負荷すると必然的に腎臓に障害が出てくるような場合で,シスプラチン腎症などがそのよい例である。

以上の分類を使用して薬剤性腎症の一つを表現すると,セフェム系抗生物質などが原因で時に発症する『アレルギー性急性尿細管・間質性腎炎』(一般には間質性腎炎)と言うことになる。

 上記分類以外にも腎臓障害が起きた原因をより広く分類し,腎臓を中心として,腎前性・腎性・腎後性と分類する場合がある。これは急性に腎機能低下が起きた際によく使用される。腎前性とは腎臓に流入する血液量が急速に減少して腎が虚血状態になり腎機能が低下するのが代表的で,NSAIDsによる腎機能低下はこれに分類される。腎性とは腎臓そのものに障害の原因があり腎機能が低下するもので多くの薬剤性腎症がこれに属す。腎後性とは腎盂以降に原因があり腎機能が低下する場合を言うが,この原因は尿の流出障害がある時で,抗コリン剤使用による尿閉 (腎臓で尿は生成され,膀胱に尿が溜まっているが排尿できない状態) や抗癌剤治療時腫瘍組織崩壊後の尿酸排泄増加による尿酸結石により両側尿管が閉塞した場合などが薬剤が関与するものでは有名である。このような腎後性腎機能低下も広い意味で薬剤性腎症と言ってよい。
 本文においては,薬剤性腎障害の発症機序に免疫機構が関与する場合を取り上げ,具体的症例を提示する。



[症例-1] 37歳 女性:ブシラミンによるネフローゼ症候群 (膜性腎症)

1985年1月 この頃より両手の朝のこわばり,手指関節痛を自覚。
1985年3月 上記症状に加え,両膝関節痛出現。次第に増強するため,近医受診。リウマチ反応陽性。慢性関節リウマチと診断される。注射用ならびに経口用金製剤処方されるも皮疹が出現し,かつ効果が十分でなかったため中止。
1987年8月 ブシラミン300mg/日開始。
1987年10月 皮疹・嘔気出現のため一時同剤中止。
1988年1月 ブシラミン200mg/日で減量再開。
1988年5月 中旬より両下腿浮腫が徐々に出現。尿検査にて蛋白尿。

(3+),ネフローゼ症候群を疑われ,某病院紹介され,入院となる。1日尿蛋白6.4g,血中総蛋白4.9g/dl,血中アルブミン2.3/dl,総コレステロール420mg/dlと典型的ネフローゼ症候群であった。腎生検組織診断は膜性腎症であった。ブシラミン中止にて約3ヵ月で蛋白尿陰性となる。

 ブシラミン,D-penicillaminは薬剤によるネフローゼ症候群のうち膜性腎症 (免疫複合体が糸球体係蹄壁に沈着) の原因薬剤として日本において最も頻度が高い。これらの薬剤が抗原となって,免疫複合体が形成されることは否定されており,通常生体内に存在する免疫複合体に作用し複合体の大きさを小さくするなどし,糸球体への沈着を促進させることにより腎症を惹起すると考えられている。



[症例-2] 42歳 女性:プロピルチオウラシル-顕微鏡学的結節性動脈周囲炎 (ANCA関連腎炎)

1990年11月 甲状腺機能亢進症 (バセドウー氏病) の診断にてプロピルチオウラシル300mg服用開始。
1994年1月  手指に紫斑出現,皮膚生検にて血管炎の所見ありこの際,蛋白尿と血尿を指摘された
1994年3月  肉眼的血尿出現,クレアチニン上昇 (2.3mg/dl) 入院。蛋白尿 (2+),尿潜血 (3+),抗核抗体 (-),抗好中球細胞質抗体 (ANCA) 陽性 (222単位)

 腎生検組織診断:半月体形成性腎炎,顕微鏡学的結節性動脈周囲炎

プロピルチオウラシル中止しメチルプレドニゾロン・パルス療法後プレドニゾロンとシクロフォスファミドにて治療し,腎機能および尿所見改善。

 多くの疾患に関連してANCA関連腎炎の発症が報告されているが,薬剤が関与するものとしてはプロピルチオウラシルが有名である。またANCA関連腎炎の発症機序はまだ明確になっていない。




[症例-3] 74歳 男性:リファンピシンによる急性間質性腎炎

1998年3月10日    2か月におよぶ発熱,咳,喀痰を主訴として,H病院初診。胸部X線写真・CT・喀痰培養にて肺結核と診断される。
4月20日   肺結核に対してイソニアジド・リファンピシン・エタンブトールの三者併用療法が開始される。
4月21日   一時軽快していた発熱が再出現,全身に皮疹出現。薬剤アレルギーによるものと診断され全ての薬剤は中止された。腎機能・肝機能は正常で,末梢血液像にて好酸球17%と増加を認めた。
5月11日   皮疹改善したため,リファンピシンのみ再度処方される。
5月13日   発熱・発疹あり,続いて尿量の減少あり。尿蛋白 (+),尿潜血 (+),尿沈渣WBC30-50/F,WBC14700/μl (好酸球20%),クレアチニン2.01mg/dl,尿素窒素38mg/dl
5月27日   クレアチニン2.88mg/dl,尿素窒素46mg/dlと改善しないため腎生検施行。腎生検組織診断:急性間質性腎炎

 診断はリファンピシンによる薬剤性急性間質性腎炎とし,薬剤服用中止し,ステロイドは原病を考慮して使用せず,他の抗結核薬に変更し経過を見ることとなる。8月1日クレアチニンは1.30mg/dlまで改善。



 腎毒性薬剤における腎障害は輸液法などの予防法の確立や綿密な観察により,その発生頻度は低下してきているが,アレルギーの関与する薬剤性間質性腎炎は予測も難しく大きな問題となっている。薬剤がハプテンとなってアレルギー反応が惹起され,その反応が,腎尿細管で起きた場合が薬剤性間質性腎炎と考えられる。ハプテンとなりうる薬剤の代表はペニシリン系やセフェム系抗生物質である。他にキノロン系抗菌剤, NSAIDs,H2ブロッカー,漢方薬成分などなど多くの薬物がハプテンになりえる。アレルギー反応が起きる場所により,喘息,皮疹,結膜炎,関節炎,肺炎,肝炎,腎炎などいろいろな疾患が表現形として出てくる。薬剤性間質性腎炎の場合は,薬剤が尿細管細胞あるいは基底膜の蛋白と結合し免疫系から異物と認識され抗体や感作リンパ球が尿細管細胞や基底膜に攻撃を加え尿細管と間質においての炎症がはじまる。この炎症の発症・進展には補体や各種のサイトカインも関与する。アレルギー反応は全身性に起きることが多いので,アレルギー性間質性腎炎の随伴症状として発熱,発疹,関節痛,下痢などが高頻度に認められる。腎機能低下に伴う乏尿や尿の混濁や血尿が見られることもある。原因薬剤服用後どのくらいの時間がたったら出現するのかが問題になるが,答えとしては多くの場合服用開始後1ヶ月以内であるが,数日から数年後に起きてもよい。治療としては一般にステロイド剤を用いるが,薬剤を中止するだけでも多くの症例は改善に向かう。

 以上,免疫毒性・アレルギーが関与する薬剤性腎症につきその代表例を列挙した。特に,アレルギー性薬剤性間質性腎炎の発症予測法,予防法,早期発見法の確立が望まれている。