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1999年米国胸部・肺学会国際会議に出席して


1999; 4(2), 3-4


小林 隆弘
国立環境研究所 環境健康部

 1999年米国胸部・肺学会国際会議は4月23日〜28日までの会期において米国カリフォルニア州サンディエゴのコンベンションセンターで開催された。米国以外からも日本やヨーロッパをはじめ世界各国から多くの参加者があった。演題数も6700弱を数え呼吸器関連の研究の最新の成果を知る上では重要な学会である。喘息,炎症,感染関連の演題数はおおよそそれぞれ1500,800,600題とあり免疫が関係すると思われる演題は非常に多い。ここでは免疫毒性に関連し大気環境と免疫についての話題を紹介する。

 目立ってきたのが直径が2.5mm以下の粒子状物質 (PM2.5) の吸入の健康影響についての発表が増えてきた点である。PM2.5 の問題は,米国の6都市の8,000人以上を対象としたハーバード大学による疫学調査の結果PM2.5の大気中濃度変化と日別の死亡率の変化の間によい相関が見られることが明らかになったことが発端になった。その後,米国の50の都市で200,000人以上を対象とした調査,カナダのトロント,チリのサンチャゴ,ギリシャのアテネでの調査においても同様の結果がみられたことから世界的に関心が高まってきた。昨年 (1998年) の本国際会議では,米国ではPM2.5の研究は残渣油を燃焼させたときに生じるフライアッシュ (ROFA : Residual Oil Fly Ash),日本ではディーゼル排気中に含まれる粒子,ドイツやイギリスでは直径が0.1mm以下の超微粒子の健康影響の研究が主でありました。本年も米国では研究対象物質が大きく変わってきたとの印象を強く持った。これまでのROFAの研究は依然として継続されているが,ハーバード大学のKoutrakisらにより考案された大気中浮遊粒子状物質の濃縮装置を用い,濃縮した粒子 (CAPs : Concentrated Air Particles) を暴露して健康影響を検討した報告が増加した。実際の大気中のPM2.5を捕集して影響を検討することはより重要と思われる。ヨーロッパの研究も次第にその方向に向いていくものと思われた。

 大気中の微小浮遊粒子は抗原吸入によるインターロイキン-4 (IL-4) の産生や肺胞洗浄液中の好酸球の産生を増加しアレルギー症状を増悪することが報告されているが,その要因を探る研究が進行している。神経増殖因子 (NGF) の遺伝子導入により知覚神経や交感神経の過剰支配が行われているマウス,肥満細胞欠損マウスを用いた解析が行われ,好酸球浸潤の増加に肥満細胞が関与していることが示唆された。気道におけるサイトカイン産生と炎症細胞の浸潤についてもいくつかの報告があった。ヒトを用い100μg/m3 (日本の環境基準) という低濃度のディーゼル排気暴露実験が行われ,気管洗浄液中でのIL-6やIL-8の増加や生検での血管内皮細胞におけるP-セレクチンの増加が見いだされた。このとき300μg/m3 の粒子濃度のときに比し気管粘膜への炎症性細胞の浸潤は観測されなかった。炎症という病態にいく前により鋭敏な指標が動いていることが示唆された。

 遺伝的素因と粒子状物質に対する感受性について種々の系統のマウスを用いて検討が行われ始めている。系統により初期の炎症に対して感受性が高いもの,初期炎症反応には感受性が低いが急性肺傷害になりやすいもの,急性肺傷害に感受性が高いものなどオゾン暴露のときに見いだされているように関与する遺伝子が多岐にわたることが示唆されている。
 微小粒子状物質が吸入された場合,肺胞マクロファージや肺胞U型上皮細胞が影響を受けるものと考えられる。このような細胞の転写因子AP-1やNF-κBならびに炎症性および抗炎症性のケモカイン,サイトカインがどのような挙動を示すか検討され,MAPキナーゼ経路の関与が示された。AP-1やNF-κBがらみの報告も少しずつ増加している。微粒子状物質の肺胞マクロファージへの影響のなかで,NF-κBやAP-1とIL-8やヘム酸素添加酵素遺伝子の発現の関係が報告されていた。

 微小粒子状物質を含め大気汚染物質がアレルギー関連疾患におよぼす影響を考えるときヘルパーT細胞のTh1/Th2バランスや抗原提示機能の問題は重要な課題であると考えられる。ここでも転写因子に着目した報告が少しずつ出はじめてきている。GATA-3転写因子はIL-5の遺伝子の発現に必須であることが知られているが,このGATA-3転写因子発現する遺伝子導入マウスでは抗原投与による好酸球の浸潤を伴う気道の炎症が強くでることが報告されている。また,気道の過敏性も強くでるという報告もあった。一方,同じTh2サイトカインであるIL-4の産生についてはアンチセンスGATA-3RNAでIL-5のプロモーターの活性化は阻害されるがIL-4のプロモーターの活性化は阻害されないことからGATA-3だけではIL-4産生には不十分であるとの報告があった。その他Th1/Th2バランスに関するいろいろな観点からの報告があった。

 気道における抗原提示細胞のなかで樹状細胞への関心が近年増大傾向にあるが,今学会においては17題の発表があった。樹状細胞の産生するサイトカイン,B7-1などを含む表面抗原の解析,抗原貧食後のリンパ節のT細胞領域への移動,樹状細胞のTh2に選択的なT1/ST2分子との相互作用など多岐にわたる報告があった。

 そのほか興味深い発表がたくさんあったがそれらを紹介することは著者の能力をはるかに超えている。学会で出しているCDにて興味ある項目について各研究者が検索してみるのがよいと思う。
 世界の国々の研究者を引き寄せる情報量の多さと水準の高さがある学会であった。