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ヒト免疫系の再構成 


1997; No.4, p3-4


井上 智彰
日本ロシュ梶C研究所,毒性病理部

私は5年ほど前から,ヒトの免疫系をヒトの生体外で再構成できないかと研究を続けている。医薬品の作用に種特異性が問題になる場合や,臨床での抗原性等を予測する場合,ヒトの系で評価することが重要であると考えられるからである。はじめは,バイオ医薬品の抗原性試験系の開発の一環として始めたが,免疫抑制等の免疫毒性を検出する系としての可能性も現在は考えている。

まず手がけたのが,in-vitroの系であった。ヒト免疫系細胞としては,採取が容易である末梢血単核球を用い,その培養系にKeyhole limpet hemocyanin(KLH)等を抗原として加え,特異抗体の産生を指標とするものであった。しかしながら,一筋縄には陽性反応は得られず,suppressor cellsの除去,血清の添加以外にcytokines等の添加が必要であった。実験動物では,脾臓・リンパ節から容易にリンパ球が得られるが,ヒトでは,末梢血がせいぜいで,他の臓器も報告はあるようだが,一般的には得るのが難しいというのが現状である。末梢血は本来,リンパ球が抗原提示を受け,分裂増殖をする場ではなく,脾臓・リンパ節のリンパ球に比べるとsuppressor cellsがより効いていると考えられ,in-vitroで免疫をかける系に向いていないと考えられる。この事も,検討を難しくする一因であった。このin-vitroでヒト末梢血単核球を免疫する系は,ヒトモノクローナル抗体の作製のための系としてのいくつかの報告(1,2)があるが,in-vivoに比べると反応性はかなり弱く,Particlesに対しては免疫が成立するものの,タンパク質等の可溶性成分に対しては,特定の抗原に対して報告(2)があるのみである。

実験動物でのin-vitro一次免疫応答系としては,マススの脾細胞を用いたヒツジ赤血球(SRBC)に対する一次免疫応答の系(3)があり,免疫毒性の評価系としても用いられ,比較的容易に一次免疫応答をみることができる。一方,抗原性試験によく用いられ,感受性が高いとされるモルモットにおいては,我々の検討では,脾細胞よりリンパ節細胞の方がかなり反応性が高く,in-vitroでSRBCに対して一次免疫応答を示した。また,cytokines等の添加によって,反応の増幅が認められた。しかしながら,モルモットのin-vitroの系においても,可溶性成分に対する一次免疫応答は非常に弱く,KLHを抗原とした場合にやっと検出できる程度(SRBCを抗原とした場合の約1/100)であった。これらのヒトおよび実験動物でのin-vitroの系は,もちろんKLH等に対する免疫応答を抑制または亢進するかどうかをみる系には使えると考えられるが,このin-vitroの系での可溶性成分に対する反応の低さでは,披験薬物を抗原とした免疫原性の評価系としては感度が低すぎると考え,ヒトリンパ球を免疫不全マウスに移植した系の検討に入っていったのである。

 免疫不全マウスとしては,SCID(C.B-17 SCID)マウスとRAG-2knockoutマウスを使用してみたが,SCIDマウスの方が結果が良いようである。SCIDマウスは,機能的なTおよびBリンパ球を欠損しており,特異的免疫による移植片拒絶が起こらない。ヒト末梢血単核球をSCIDマウスの腹腔内投与後(hu-PBL-SCID)に,ヒトリンパ球は数週間はSCIDマウス末梢血および免疫臓器中に検出され,血中ヒト免疫グロブリン濃度も経時的に増加する(4)。この系はヒト免疫応答の基礎研究,抗腫瘍免疫の研究,HIV等の研究に用いられており,ヒト胎児胸腺・肝臓を移植したSCID-huの系も報告されている(5)。これらの系で問題となるのは,@移植されたヒトリンパ球がマウスに拒絶されないかどうか,ということと,Aどれだけヒト免疫系の機能を発揮できるかということである。まず,第一の問題は,言い換えれば,如何にマウスの免疫系を不活化できるかである。SCIDマウスでは機能的なTおよびBリンパ球を欠損しているので,いわゆる特異的免疫による排除はほとんど無いと考えられるが,マクロファージ,NK細胞,好中球等の第一線での異物排除に関与する細胞は正常であるので,それによる排除は起こるものと考えられる。よって,マクロファージ,NK細胞,好中球を不活化する処理も検討されなくてはならず,irradiation,これらの細胞に対する抗体の投与,これらの細胞の機能も低下した系統の確立などが検討され,効果があったという報告(6)もある。第二の問題としては,マウス環境内でヒトリンパ球が機能するか(抗原特異的なヒト免疫反応が起こるのか)という問題である。ヒト免疫反応が起こるためには,MHCの一致した抗原提示細胞が存在することが必要であり,移植した末梢血単核球の中には,単球も含まれていると考えられるが,それで十分なのか検討が必要である。また,マウスに対するヒト免疫反応が起こるのではないかということも考える必要がある。実際,Hu-PBL-SCIDマウス中では赤血球が低下する場合,ヒト免疫グロブリンがマウス細胞に結合している所見などが認められる。一方,過剰量存在するマウス細胞およびマウスタンパク質に対して,ヒト免疫系が不応答状態になっていることも考えられる。現在,これらの諸問題を解決するための検討を行なっているところであるが,ヒトとマウスの環境の違いによるギャップは大きいと考えられ,今後のhumanizedマウスの開発に期待したいところである。


参考文献
1. Borrebaeck,C.A K.,J.Immunol.Methods,123,157-165,1989
2. Koda,K.and Glassy,M.C.,Hum.Antibod.Hybridomas,1,15-22,1990
3. Mishell,R.I.and Dutton,J.Exp.Med.,126,423-442,1967
4. Mosier,D.E.,et al.,Nature,335,256-259,1988
5. McCune,J.M.,et al.,Science,241,1632-1639,1988
6. Sandhu,J.,et al.,J.Immunol.,152,3806-3813,1994