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医薬品の免疫毒性評価法について
− 一般毒性との関連 − 


1996; No.3, p3-4


土井孝良
武田薬品工業(株)薬剤安全性研究所

 医薬品による免疫関与の毒性への評価は大きく二種に分けることが出来る。一つは医薬品が胸腺,脾臓などの免疫器官に直接作用して発現する毒性 (免疫毒性) への評価であり,他の一つは医薬品が生体の免疫系を介して間接的に発現する毒性 (薬剤アレルギーなど) への評価である。後者の薬剤アレルギーへの評価に関しては,わが国ではすでに外用剤について皮膚感作性試験および皮膚光感作性試験のガイドラインが公表されており,抗原性試験についてもそのガイドラインが検討されてきた。一方,免疫毒性に関してはまだガイドラインは提示されていない。しかし,医薬品の開発を進めていく過程で実験動物あるいは臨床で免疫毒性が疑われた場合,当社においても免疫毒性の評価を実施してきた。

 実験動物を用いて行う医薬品の安全性研究が,その医薬品を人に用いた場合の安全性をどこまで保証しうるのか,という外挿性の問題は免疫毒性の研究においても例外ではない。しかし,医薬品の免疫系への安全性評価を実験動物を用いて行わざるえない以上,そこに何らかの解決策を求めて試行錯誤していく必要がある。感染や腫瘍細胞移植に対する宿主の抵抗性試験が人の安全性評価への外挿試験として最も適するとも考えられるが,これらの実験のためには専用の試験施設が必要であり,これら実験より生じる動物の生存率は必ずしも感度の良い評価系ではないなどの問題をかかえている。そこで,他の免疫毒性の評価系が必要になってくるが,in vitroの試験より生じたデータを生体での免疫毒性発現に外挿することの難しさを考えると,薬物の吸収や代謝過程を含むin vivoの免疫機能評価系に重点を置かざるをえない。

 医薬品の一般毒性試験の目的は,その医薬品の有する毒性プロファイルを明らかにすることとともに,実験動物における無毒性量を明らかにして臨床試験での用量設定の根拠を得ることにあり,げっ歯類では主にラットが用いられる。毒性評価しようとする医薬品がラットでは極めて低い薬理作用しか示さない,などの例外を除いてマウスを使うことはまれである。ラットで免疫毒性の評価を行う場合,一般毒性試験で生じる血液検査や免疫器官の重量および病理組織学的変化などのデータを活用することが可能である。また,免疫毒性試験の用量設定に際し,一般毒性試験での無毒性量を基準とすることができる (無毒性量において免疫毒性が発現するか否かが,免疫毒性評価一つの判定基準になると考えられる) 。一方,免疫毒性の評価に用いる動物としてはラット以上にマウスが取り上げられてきた。マウスは免疫学の分野で長年用いられてきた関係上,その免疫学的,遺伝学的特性はよく研究されている。しかし,マウスを用いた免疫毒性試験を実施するためには根拠のある用量設定が必要であり,そのためにはマウスを用いた予備的な一般毒性試験の実施が必要と考えられる。さらに,マウスを用いた一般毒性試験には,得られる血液あるいは尿の量が少ないため検査項目が限定される,各器官が小さいため重量測定や病理組織学的検査が難しい,などの制約がある。

 第2回免疫毒性研究会では日本製薬工業協会の共同研究として,「ラットを用いる免疫毒性試験法」と題してワークショップが行われた。F344ラットにサイクロホスファミドを7日間経口投与後の一般毒性試験の検査項目あるいは免疫機能試験の成績を出し,既存の試験法の免疫毒性評価における感度あるいは検出力の施設間格差を検討する,という企画であった。一方,私自身も1990年頃より当社の免疫毒性部門 (当時は主に抗原性試験を実施) で免疫毒性の研究を開始し,ラットにおけるPlaque-forming cell (PFC) 法の最適条件を検討した1) 。さらに,一般毒性部門に移ったのを契機に免疫毒性と一般毒性をつなぐ目的で,アルキル化剤を投与後のラット脾臓における細胞毒性,PFC反応および病理組織学的変化の用量反応相関2)ならびに代謝拮抗薬を投与後の同様の検討3)を行った。ここでは医薬品の免疫毒性の方向性への考察を含め,その内容について紹介する。

 PFC法は羊赤血球 (SRBC) を投与後,脾臓中の抗SRBC抗体産生細胞数を測定することで体液性免疫能を評価する方法で,生体の抗原認識から抗体産生能までの評価が可能である。Lusterらはリンパ球細胞の表面抗原の分析とともに,PFC法を免疫毒性と最も相関する方法と報告4)している。先に述べた免疫毒性研究会のワークショップの中でも紹介されているように,PFC法による測定値,106脾臓細胞当たりのPFC数には施設間で変動のあることが報告5)されていた。また,同様の変動を私自身も経験していた。そこでまず,SRBCのF344ラットへの投与条件とSRBC投与後の脾臓の摘出時期について検討を行った。投与するSRBC量の設定は,SRBC数の測定よりもヘマトクリット値で出した方が容易と考えパーセントで表した。その結果,1%SRBCを0.5ml静脈内投与し,4日後に脾臓を摘出してアッセイを行った時,PFC反応は最も高値を示すことが明らかになった。この条件でサイクロホスファミドをラットに単回経口投与後の体液性免疫抑制作用について検討した結果,3mg/kgの投与量でPFC反応の抑制が認められた。この3mg/kgという投与量は,マウスのPFC反応でサイクロホスファミドの体液性免疫抑制作用が検出される用量の約1/10であった。また,PFC反応は用いたSRBCのロットやラットの週齢に影響を受けた。一方,上記ワークショップのPFC法の検討では,SRBCおよび サイクロホスファミドの投与条件は一定で行われている。従って,その他の変動因子として,溶血斑 (プラーク) を抗体産生細胞として認め計測する際の基準に差がある可能性が考えられる。同一試験内で同じ基準でプラークを計測すれば評価には影響を与えないと考えられるが,やはり施設間で一定の基準は必要であろう。

 免疫毒性の評価の方向性として,最初から免疫機能試験を含めて行っていくとする考え方と,通常の一般毒性試験を先行させて免疫器官に毒性が予想された場合に免疫機能試験を行っていくとする考え方がある。ここで問題になるのは,ラットを用いた一般毒性試験で実施可能な検査項目の,免疫器官の毒性発現に対する感度である。そこで,免疫反応の場であり免疫器官の中では摘出が容易な脾臓の重量,cellularityおよび病理組織学的変化と,免疫機能試験の代表として前述のラットにおける最適条件でのPFC法について,用量反応相関を調べた。検討した薬剤は臨床で免疫毒性が知られる制がん剤,その中でもサイクロホスファミドを含む4種のナイトロジェンマスタード系のアルキル化剤および3種の代謝拮抗薬であり,これらの制がん剤をラットに単回大量投与あるいは7日間連続投与した。まず,アルキル化剤 (サイクロホスファミド,ナイトロミン,メルファラン,クロラムブシル) であるが,サイクロホスファミドによるPFC反応の抑制は脾臓の重量あるいはcellularityの低値 (細胞毒性) が検出される用量よりも低用量でみられる傾向にあった。しかしながら,他の3種のアルキル化剤では脾臓の細胞毒性はPFC反応の抑制が認められる用量よりも低用量あるいは少なくとも同じ用量で検出された。脾臓の病理組織学的検討では,PFC反応の抑制がみられる用量で,サイクロホスファミドでは動脈周囲リンパ組織鞘 (PALS,T細胞領域) に変化を伴わない縁帯 (B細胞領域) の萎縮あるいは消失,ナイトロミンでは白脾髄の組織構築に変化を伴わない単純性の萎縮と赤脾髄の髄外造血の消失,メルファランではPALSの萎縮と縁帯の萎縮あるいは消失および髄外造血の消失,と各アルキル化剤に特徴的な所見がみられた。3種の代謝拮抗薬 (アザチオプリン,6-メルカプトプリン,5-フルオロウラシル) でもPFC反応の抑制がみられる用量で細胞毒性が検出され,病理組織学的には白脾髄の組織構築に変化を伴わない単純性の萎縮と赤脾髄の髄外造血の消失がみられた。この様に,制がん剤により生じる脾臓の変化は,PFC反応の抑制がみられる用量で一般毒性で実施可能の検査項目により検出された。以上の結果は,医薬品の免疫毒性評価の方向性として通常の一般毒性を先行させる考え方を支持していると考えられる。本研究は脾臓への2種類の制がん剤の作用についてのみの検討であり,他の薬剤あるいは免疫機能試験を用いた検討結果に興味がもたれる。

 血液検査あるいは有核細胞数の計測を含む骨髄の病理組織学的検査は本研究では行わなかった。しかし,制がん剤がリンパ球あるいは骨髄細胞に影響を及ぼしやすいことより,PFC反応の抑制がみられる用量でこれらの検査項目のパラメーターが動いた可能性も考えられる。

 以上,免疫毒性評価に関する一つの研究について紹介したが,免疫系は複雑であり,上記研究では制がん剤の低あるいは中間用量でPFC反応の亢進も観察された。人への外挿を目的とした医薬品の免疫毒性評価の方向性を確定するには,さらにデータの蓄積が必要と考えられる。

1) Doi, T., et al., J. Toxicol. Sci., 17,225 (1992),
2) Doi, T., et al., Toxicology, 107,47 (1996),
3) Doi, T., et al., in press,
4) Luster, M.I., et al., Fundam. Appl. Toxicol., 18,200 (1992),
5) Luster, M.I., et al., Fundam. Appl. Toxicol., 10,2 (1988)