≪免疫毒性試験の国際動向≫ ≪ICHガイドライン≫

ICH免疫毒性試験ガイドラインと病理組織検査


2006; 11(2), 8-14


久田 茂
あすか製薬(株) 開発研究センター 安全性研究

1.はじめに 

2006年10月に国内でも施行されたICH免疫毒性試験ガイドライン1)では,標準的毒性試験において免疫毒性のスクリーニングも行われる。新規医薬品等の免疫毒性の有無及び予想される免疫毒性標的細胞については,血液学的検査,血液化学的検査,免疫系器官の重量,肉眼所見及び病理組織検査により,総合的に検討される。免疫毒性評価のための病理組織検査の方法については,STP Immunotoxicity Working GroupからPosition Paperが公表され2),これに基づいて,ICH免疫毒性試験ガイドラインにおいてリンパ系器官の病理組織検査に関する基本的姿勢が示された。また,最近,Toxicologic Pathology(Vol 34,Number 5,2006年)にリンパ系器官の組織形態学的評価に関するモノグラフ(A Monograph on Histopathologic Evaluation of Lymphoid Organs)が公表され,前述のPosition Paperに基づいたリンパ系器官に対する病理組織検査(enhanced histopathology)の詳細について示された。

2.標準的毒性試験における病理組織検査 

剖検では全身のリンパ系器官・組織を観察し,胸腺及び脾臓の重量を測定する。リンパ節重量測定の必要性は申請者の経験に基づいて判断する。 

病理組織検査では,胸腺,脾臓,骨髄,投与部位に最も近い所属リンパ系器官,及び投与経路/部位と関連しないリンパ節(1カ所以上)を検査対象とする。投与部位に近い所属リンパ系器官(高濃度の投与薬物に暴露されると考えられる)としては,経口投与では腸間膜リンパ節及びパイエル板,吸入及び経鼻投与ではBALT(吸入)及びNALT(吸入・経鼻投与,可能ならば実施,実際にはげっ歯類が対象),また,経皮,筋肉内,皮内,髄腔内及び皮下投与では投与部位に近いリンパ節を選択する。静脈内投与の場合の所属リンパ系器官は脾臓である。

3. STP Immunotoxicity Working GroupのPosition Paper2)と病理組織検査 

リンパ系器官には,骨髄を除いて,免疫担当細胞が特徴的な分布を示す領域構造が認められる。免疫機能が変化し,全身的あるいは局所的に免疫担当細胞の数が変化する,あるいは間質細胞によるサイトカイン産生の変化等によりいわゆる微小環境が変化した場合には,領域の面積やリンパ球密度の変化などのリンパ系器官の組織変化が発生すると考えられる。免疫毒性の評価に適用される病理組織検査では,検査対象のリンパ系器官について,それぞれに特徴的な領域構造とそれらの変化の意味,並びに動物種による組織像の相違をよく理解して,領域毎に面積の変化,リンパ球密度の変化,及びその他の細胞の数の変化等を半定量的に記録することが求められている。免疫系は極めて動的な系であることから,リンパ系器官の組織像には個体差や施設間差が大きく,半定量的評価のための絶対的な基準(グレードの判定基準)を設定することは困難である。このために,リンパ系器官の病理組織検査では,試験毎に対照群を観察して正常範囲を決め,この基準に従って対照群を含めて客観的に領域毎の変化を記録することが必要である。領域の変化が認められた場合,あるいは判断が困難な場合等には,必要に応じて画像解析,免疫組織化学的検査,フローサイトメトリー等を実施することになる。 

リンパ系器官に変化が認められた場合には,末梢及び中枢リンパ系器官に観察された所見,器官重量の変化,血液学的検査値の変化,及びその他の毒性学的所見を総合的に評価することにより,認められた変化が当該化合物による直接的な免疫毒性か,あるいは二次的な変化であるかを判断し,免疫毒性標的細胞を推定する。病理検査担当者は,他の毒性学的指標の変化も考慮して,得られた所見の意義について病理学的な見地から考察し,病理検査報告書に記載すべきであろう。

3.リンパ系器官の特徴 

免疫系器官では,器官毎に免疫担当細胞が特徴的な分布を示す。以下にその特徴を示す。

(1)リンパ節 

輸出/輸入リンパ管,皮質(リンパ濾胞及び濾胞間領域:B領域),傍皮質領域(T領域),髄質(髄索と髄腔,B細胞,形質細胞,マクロファージ等が分布)から成る。表皮(ランゲルハンス細胞),真皮(真皮樹状細胞)や粘膜下組織(粘膜系樹状細胞)で抗原を捕捉した樹状細胞が成熟・活性化しつつ所属リンパ節に移動し,T・B細胞に抗原提示する。これらのリンパ球は活性化して全身を循環してエフェクター細胞として機能し,一部はメモリー細胞として長期間個体中に存在する。



(2)脾臓 

胚中心を含むリンパ濾胞(B領域),(細)動脈周囲鞘(periarteriolar lymphoid sheath,以下PALS:T領域),及び辺縁帯(胸腺非依存性抗体産生に関わるB細胞や特殊なマクロファージを含む)からなる白脾髄,Bリンパ球,形質細胞,マクロファージ及び細網細胞等を含む脾索と毛細血管腔である脾洞並びに皮膜と連続する脾柱からなる赤脾髄に分けられる。コンベンショナル動物(イヌ,サル)では胚中心が発達しB領域の面積が大きい。これらの動物に比して,SPF動物ではリンパ濾胞・胚中心の発達は軽度である。ラットではマウスに比して白脾髄の割合が低く辺縁帯が発達している。一方,マウスでは辺縁帯は狭く,ラットに比して白脾髄が占める割合が高い。それぞれの領域に特有の樹状細胞(リンパ濾胞では濾胞樹状細胞,PALSでは指状嵌合細胞等)が抗原提示細胞として分布し,血液中の異物を捕捉してT,B細胞に抗原提示する。



(3)胸腺 

胸腺では,T細胞受容体(以下,TCR)遺伝子のランダムな再構築を経て生成されるT前駆細胞から自己抗原(組織適合性抗原上に結合した自己ペプチド)に反応するT細胞がアポトーシスにより除去され(negative selection),自己抗原との弱い親和性を示す(すなわち,外来抗原ペプチドが結合した組織適合性抗原と反応する可能性がある)T前駆細胞が選択される(positive selection)。被膜下領域(epithelium-free areaとして認められる場合もある)には皮髄境界部から胸腺内に入った最も未熟なT前駆細胞(double negativeT細胞)が存在しTCR遺伝子が再構築され,double positive T細胞に分化する。Double positive T細胞は皮質に分布し,positive selectionを経て髄質に移動する。髄質ではnegative selectionにより自己反応性T細胞が除去され,成熟したsingle positive T細胞(CD4+CD8-T細胞及びCD4-CD8+T細胞,CD4+CD25+制御性T細胞も含まれる)が末梢に供給される。



(4)骨髄 

他のリンパ組織と異なり領域構造は認められない。適切に染色されたHE染色標本では,赤芽球系細胞,骨髄球(顆粒球系骨髄細胞),巨核球が区別される。骨髄球は,分裂期骨髄球(骨髄芽球,前骨髄球,骨髄球,後骨髄球)及び成熟顆粒球(桿状核及び分葉核顆粒球)が区別される。また,骨髄はT,B前駆細胞の分化,及び抗原刺激されたB細胞の形質細胞への分化・増殖の場であるが,HE染色標本ではリンパ球の動態の把握は困難である。



(5)MALT(パイエル板,NALT及びBALT) 

パイエル板は腸管関連リンパ組織(GALT)の一部であり,特殊な上皮(濾胞関連上皮:follicle-associated epithelium,FAE,基底側にリンパ球,マクロファージ等を包含するポケットを有する),上皮下のドーム領域,発達した胚中心を含むリンパ濾胞,及びその周囲にT領域である傍濾胞領域(濾胞間領域)が存在する。 

FAEが捕獲した抗原がドーム領域に存在する樹状細胞やマクロファージに伝達され抗原処理(プロセッシング)された後に,リンパ濾胞においてリンパ球に抗原提示される。抗原提示され活性化したリンパ球はT領域の高内皮細静脈を経て血流に乗り,やがて粘膜固有層や粘膜下組織に定着してIgA抗体産生を行う(粘膜免疫循環帰巣経路)。 

ラットのパイエル板は漿膜面から,イヌのパイエル板は粘膜面から肉眼的に認められる。サルのパイエル板は肉眼的に見出すことがやや難しいが,小腸内腔に固定液を注入して結索して短時間固定することにより,比較的容易に見出せるようになる。 

その他の粘膜関連リンパ装置(MALT)として,BALT(気管支),NALT(鼻腔)等が存在する。 

NALTはげっ歯類では,頭骨の第2臼歯を含む横断切片(Level III切片)において,鼻咽頭管粘膜に接して左右に1対認められる4)。一方,BALTは肺の通常の病理組織標本において気管支に沿って,動脈との間に分布する。いずれにもパイエル板と同様の領域構造が認められる。





(6)非リンパ性器官における免疫担当細胞の分布 

全身の器官・組織に抗原捕捉あるいは提示能を有する細胞が分布し,異物の侵入を監視する。重要な抗原提示細胞は樹状細胞であり,皮膚表皮細胞間にはランゲルハンス細胞が網眼状に分布し,真皮や粘膜下組織にもそれぞれ固有の樹状細胞が分布する。樹状細胞は体表・粘膜から侵入する異物を取り込み(抗原捕捉),リンパ管を経由して所属リンパ節に移動してリンパ球に抗原提示し活性化させる。その他の抗原捕捉あるいは提示細胞として,血管内皮細胞,肝臓Kupffer細胞,腎糸球体メザンギウム細胞,中枢神経組織グリア細胞等も重要である。

(7)自然免疫 

抗原受容体(T細胞/B細胞受容体)を介する獲得免疫には上述の器官・組織が関与し,免疫応答の成立にやや時間がかかる。異物の侵入に対して迅速に応答する自然免疫は少数の受容体により作動する。代表的な例は,病原微生物蛋白等の共通パターンを認識するToll様受容体を介したマクロファージ,顆粒球,血管内皮などが関与する炎症反応である。補体系も炎症反応の惹起や貪食性細胞の機能亢進に作用しており,NK細胞(免疫複合体の認識による細胞障害,NK細胞受容体を介する腫瘍細胞やウィルス感染細胞の除去)及びNKT細胞(腫瘍細胞やウィルス感染細胞の除去)も自然免疫を構成する細胞である。正常組織の観察により自然免疫能の変化を判断することは困難であるが,感染性病変が増加した場合には,炎症像の特徴などから自然免疫の変調を類推できる場合がある。さらに,自然免疫は樹状細胞の活性化を介して獲得免疫の成立にも関与する。

4. 免疫毒性評価における病理組織検査のポイント

(1)脾臓及びリンパ節5,6) 

上述のように,脾臓及びリンパ節では,B及びT領域が区別される。赤脾髄やリンパ節髄質にもBリンパ球及びマクロファージ等が分布する。これらの領域毎に領域面積の変化,リンパ球密度・数の変化,及び構成細胞の変化等を記録する。確認すべき脾臓及びリンパ節の組織所見の例を以下に示す。 

リンパ節

皮質 増加/減少: 面積
濾胞数
胚中心
リンパン球密度
数増加: アポトーシス細胞
染色性マクロファージ*
形質細胞
色素沈着マクロファージ
顆粒球(種類)
壊死
肉芽腫/マクロファージ集簇

傍皮質領域 増加/減少: 面積
リンパ球密度
高内皮細静脈発達
数増加: アポトーシス細胞
染色性マクロファージ
形質細胞
色素沈着マクロファージ 
顆粒球(種類)
壊死
肉芽腫/マクロファージ集簇

髄質(髄索、髄腔) 増加/減少: 面積
リンパ球数
マクロファージ数
形質細胞数
数増加: アポトーシス細胞
染色性マクロファージ 
色素沈着マクロファージ
顆粒球(種類)
壊死
肉芽腫/マクロファージ集簇

皮膜下腔 数増加: リンパ球
マクロファージ
形質細胞
色素沈着マクロファージ
顆粒球(種類)

その他

脾臓

リンパ濾胞 増加/減少:
リンパ球密度
胚中心
 動脈周囲リンパ鞘(PALS) 増加/減少: 面積
リンパ球密度
辺縁帯 増加/減少: 面積
リンパ球密度
赤脾髄 増加/減少: 面積
リンパ球数
増加: 造血細胞(赤芽球,骨髄球,巨核球)

数増加(部位を記録) 形質細胞
アポトーシス細胞
染色性マクロファージ
色素沈着マクロファージ
樹状細胞(細網細胞,間質細胞)
顆粒球/肥満細胞
肉芽腫/マクロファージ集簇

線維化
壊死
その他

*tingible body macrophage (リンパ球由来アポトーシス小体を貪食したマクロファージ) 


脾臓及びリンパ節の組織所見の評価においては,認められた変化がこれらに共通しているかどうかが一つのポイントになろう。例えばT領域の面積減少が脾臓及びリンパ節に共通して認められれば,毒性標的がTリンパ球である可能性が高く,脾臓のみに認められたならば,脾臓特異的な微小環境(間質細胞によるサイトカイン産生の変化等)の変化による可能性を考慮する必要がある。また,胚中心の萎縮(消失)のみが認められるケースと周囲のリンパ濾胞や濾胞間領域の萎縮も併せて認められるケースがある。前者の場合には分裂活性の高い細胞が標的であり,後者の場合には静止期の(成熟)リンパ球に対しても細胞毒性を示すと推測できる(写真7)。

以下の写真は,脾臓のT及びB領域の軽度萎縮例を示す。 左が正常な(基準とする)脾臓,右がPALS及びリンパ濾胞の軽度萎縮(面積減少)を示す脾臓である。青線で囲んだ領域がPALS(T領域),PALSに隣接する黄色で囲んだ領域がリンパ濾胞(B領域)を示す。中心動脈(矢印)に注目すると,薬物投与群では面積の小さいPALSが増加しており,PALSに隣接するリンパ濾胞の数も明らかに減少している。さらに,右の薬物投与群では赤脾髄の面積が増加しており,細網細胞あるいはマクロファージの増加が認められる。この例では脾重量が増加しており,赤脾髄の間質細胞増加が脾重量増加の要因であり,T,B細胞を標的とする免疫抑制状態にあったことが推定される。 なお,リンパ節の病理組織標本作製においては,横断切片では皮質,傍皮質及び髄質の各領域を含む標本が確実に作製できるが,標本作製部位による傍皮質領域の面積の変動が大きいために,縦断切片によりリンパ節の全域を検査するほうが推奨されている。

(2)胸腺7) 

確認すべき組織所見の例を以下に示す。 


皮質
増加/減少: 面積
リンパ球密度
増加: アポトーシス細胞
染色性マクロファージ(星空像)
壊死

髄質 
増加/減少: 面積
リンパ球密度
増加: アポトーシス細胞
染色性マクロファージ
壊死
上皮細胞発達(索状,管状)

皮質/髄質面積比:増加/減少

被膜下領域(epithelium-free areas:EFA)
評価せず/存在せず
増加/減少: サイズ
リンパ球数
数増加: アポトーシス細胞
染色性マクロファージ
壊死

その他
炎症
嚢胞
色素沈着
髄外造血

分裂活性の高い細胞にアポトーシスを誘導する化合物では,胸腺細胞のアポトーシスが増加し(染色性マクロファージ/星空像の増加),皮質が萎縮する。細胞毒性が強い場合には急性のリンパ球壊死がび慢性に発生し,壊死細胞が髄質に移行してマクロファージにより処理されるが,皮質にマクロファージが浸潤する場合もある。皮質の萎縮に伴って髄質の肥大が認められた場合には増加したリンパ球のフェノタイプを明らかにすることが有用であろう(本来除去されるべきT細胞の残存,成熟T細胞の末梢への放出の阻害,末梢リンパ球の蓄積等の可能性が考えられる)。また,皮質萎縮からの回復過程では被膜下領域を中心に大型リンパ球が一過性に増加する。 

(3)骨髄8) 

以下に確認すべき所見の例を示す。 


数の増加/減少:
       骨髄球: 増殖期細胞(前骨髄球〜後骨髄球)
成熟顆粒球(桿状核,分葉核顆粒球)
赤芽球
巨核球
脂肪細胞
細網細胞(間質細胞)
マクロファージ
ヘモジデリン沈着

壊死
出血/血管拡張
線維化
肉芽腫
腫瘍
その他
骨髄球:赤芽球比(M:E比)

対照群の標本とよく比較して,各造血細胞の増減及びその他の変化を観察する。必要ならば,M:E比を求める。 HE染色標本上で骨髄におけるリンパ球の動態を把握することは困難であるから,M:E比に変化がみられた場合に,リンパ球比も変化する可能性を考慮して,骨髄塗抹標本あるいはフローサイトメトリーにより骨髄細胞構成比を求めるとよい。 

一方,HE染色標本上で顆粒球系細胞の変化を把握することは比較的容易である。血液学的検査の結果と併せて顆粒球系細胞への影響を評価する。血液中及び組織中での顆粒球の寿命が短いことから末梢血中の顆粒球数と骨髄組織像は関連して変化する。骨髄球(顆粒球系骨髄細胞)の増加(過形成)に関しては発生要因を見極めることが重要である。例えば,骨髄球過形成は重篤な細菌感染に対する適応性の反応としてしばしば認められ,骨髄障害からの回復過程における一過性の変化としても認められる。

(4)MALT(パイエル板,NALT,BALT)8) 

パイエル板の組織標本は横断切片,縦断切片,あるいは“Swiss roll”法のいずれによっても作製が可能なので,施設毎に標準的な作製法を定めておく。通常は横断あるいは縦断切片でパイエル板の組織標本を作製し,慎重な検討が必要と判断される場合にはSwiss roll法で作製する,といった使い分けも可能であろう。 

いずれも,領域毎に面積やリンパ球密度の変化などを観察する。以下に所見の例を示す。


リンパ濾胞
増加/減少: 濾胞数
面積
リンパ球密度
胚中心数
胚中心面積

傍濾胞(濾胞間)領域 増加/減少: 面積
リンパ球密度

数増加: アポトーシス細胞
染色性マクロファージ
形質細胞
色素沈着マクロファージ
顆粒球(種類)

高内皮細静脈発達
肉芽腫/マクロファージ集簇
濾胞関連上皮(FAE)潰瘍
壊死(部位)
その他

(5)自然免疫の変調 

皮下組織や粘膜下組織の炎症性変化は自然免疫が関与する変化である。感染性の病変(好中球浸潤等)の増加は免疫抑制の可能性を示唆する。浸潤細胞の構成から毒性標的細胞が推測される場合がある。例えば,末梢リンパ系器官のリンパ球領域には抑制性の変化がみられず,好中球浸潤が異常に多ければ好中球機能抑制の可能性が考えられる。炎症の拡大にもかかわらず炎症巣への好中球浸潤が軽度で,末梢血好中球の増加が顕著であれば,好中球浸潤(ホーミング)の抑制が推定される。抗体産生の抑制,NK細胞活性の低下によっても炎症像は増悪しうる。

5.ストレスによる免疫抑制と鑑別 

ICH免疫毒性試験ガイドラインのAppendix 1.4にストレス性変化についての記載がある。最大耐量(MTD)に近い用量で,ストレス(摂餌抑制,一般状態の悪化,過度の薬理作用の発現等)に関連した免疫抑制所見がみられることがある。これは,ACTH及びグルココルチコイドの分泌亢進に伴う変化であり,通常は体重増加抑制や一般状態の悪化等がみられる高用量のみで胸腺萎縮,副腎皮質肥大,好中球数の増加及びリンパ球数の低下等が認められる。しかし,これらの所見が認められた場合に,ストレスに関連した非特異的な免疫抑制と判断する場合には,明確な根拠が求められる。 

動物が瀕死の状態で,常在菌による感染が発生した場合には,通常は免疫系器官が高度に萎縮する。このような場合には,Toll様受容体を介したリンパ球アポトーシスの発生,あるいはdexamethasone高用量投与時に類似した高度のストレスを介した変化の可能性が考えられる。一方,最大耐量付近の用量で体重増加及び摂餌の抑制,副腎皮質肥大及び胸腺皮質の萎縮が認められた場合には,一般的にストレス性の非特異的な免疫抑制の可能性を考える。この場合には,胚中心の発達を含めてB領域の変化は軽微であり,むしろT領域に萎縮傾向が認められる。 

写真7には,グルココルチコイド様作用を示し副腎皮質束状帯の萎縮を誘発するmedroxyprogesterone acetate(MPA,10mg/kg),hydrocortisone(HC,10mg/kg),ならびにcyclophosphamide(CP,3mg/kg)をそれぞれ4週間反復投与したラット脾臓HE染色像を示す。いずれの投与群にも胸腺皮質の萎縮が認められたが,グルココルチコイド作用のあるMPA及びHC投与群ではB領域の変化は明らかではなく,T領域の面積減少が低頻度で認められた。一方,CPはB細胞に対する毒性が強く,リンパ濾胞及び辺縁帯面積の明らかな減少,及び赤脾髄リンパ球の明らかな減少が認められる。

6.終わりに 

免疫毒性試験ガイドラインにおける病理組織検査について,STP Immunotoxicity Working GroupのPosition Paperにおいて述べられた病理組織検査の項目を中心に述べ,自然免疫の変調及びストレスに関連した免疫抑制の特徴にも言及した。4週間反復投与毒性試験において,リンパ系器官の領域毎の組織所見,及び免疫担当細胞が分布する器官・組織の組織所見から,免疫毒性の機序及び標的細胞が推定できるケースが少なくない。このような知見に基づいてさらに実施すべき免疫毒性試験を選択する。また,自然免疫及び獲得免疫の仕組みについてよく理解し,それらをベースにして臨床病理データの変化や組織所見を総合的に評価することが重要である。

7.参考文献

1) ICH Harmonised Tripartite Guideline: Immunotoxicity Studies for Human Pharmaceuticals S8 URL: http://www.ich.org/MediaServer.jser?@_ID=1706&@_MODE=GLB
2) Haley P, et al.; STP Immunotoxicity Working Group. STP position paper: best practice guideline for the routine pathology evaluation of the immune system. Toxicol Pathol. 33 (2005): 404-407
3) Enhanced histopathology of lymphoid tissues. Toxicol Pathol, 34(2006): 631-633.
4) Boorman GA and Morgan KT. (1990) Nose, larynx, and trachea. In Pathology of the Fischer Rat (Boorman GA, Eustis SL, Elwell MR, Montogomery CA and MacKenzie WF, eds), pp315-323. Academic Press, San Diego, CA.
5) Elmore SA (2006) Enhanced histopathology of the lymph nodes. Toxicol Pathol, 34: 634-647.
6) Elmore SA (2006) Enhanced histopathology of the spleen. Toxicol Pathol, 34: 648-655.
7) Elmore SA (2006) Enhanced histopathology of the thymus. Toxicol Pathol, 34:656-665.
8) Elmore SA (2006) Enhanced histopathology of the bone marrow. Toxicol Phathol, 34:666-686.
9) Elmore SA (2006) Enhanced histopathology of mucous-associated lymphoid tissue. Toxicol Pathol, 34:687-696.
10) Kuper CF, et al. Histopathologic approaches to detect changes indicative of immunotoxicity. Toxicol Pathol. 28 (2000): 454-466
11) Shoham J.(1992) The effect of nutrition on the immune system. In Principles and Practice of Immunotoxicology, Miller K, Turk J and Nicklin S (Eds.) pp161-201, Blackwell Scientific Publications, London.