≪医薬品の免疫毒性試験ガイダンス≫

医薬品に関する免疫毒性試験ガイダンス中間案について


2002; 7(1), 3-6


澤田純一(国立衛研・機能生化学部)
大澤基保(帝京大学・薬学部)
今井俊夫(国立衛研・病理部)
手島玲子(国立衛研・機能生化学部)
中村和市(塩野義製薬・新薬研究所)
筒井尚久(三菱ウェルファーマ・安全性研究所)
久田 茂(帝国臓器製薬・安全性研究所)
牧 栄二(ヤンセンファーマ・研究開発本部)

 EUでは既に,全ての新規医薬品に関して,免疫毒性試験項目を反復投与毒性試験に追加して行うガイダンスが制定されている。米国においては,免疫毒性に関するガイダンスが現在ドラフトの段階であるが,近いうちに最終かされるといわれている。日本においても,現在,医薬安全総合研究「国際的動向を踏まえた医薬品等の新たな有効性及び安全性の評価に関する研究」の分担研究の一つである「免疫毒性試験法の標準化に関する調査研究」斑において,免疫毒性試験法ガイダンス案を作成中である。この間,ICHにおいて,免疫毒性試験のトピックス化に関する議論がなされたため,研究班において作成された中間案を参考資料として提示した。

 中間案の大きな流れ(P.7の免疫毒性試験のフローチャートを参照)は,反復投与毒性試験の結果により,段階的な免疫毒性試験を追加して行うことになっている。反復毒性試験の中に多くの免疫関連試験項目があり,それらで異常が認められ場合には,第一段階の免疫毒性試験(抗体産生試験)を行う。そこで,異常がある場合には,さらに,詳細な試験,第二段階の免疫毒性試験を行い,その免疫異常の原因(標的細胞や器官の同定,毒性発現様式)を明かにすることが必要とされる。

 当研究班では,この中間案を最終的なドラフト案とするに当たって,予め関係者の意見を募集することが必要と考え,先ず,日本免疫毒性学会の会員誌であるImmunoTox Letterの場をお借りし,紹介させて頂いた次第である。ご意見は,当研究班の分担研究責任者(澤田,sawada@nihs.go.jp)までお寄せ頂きたい。以下,ガイダンス中間案を示す。

 なお,本中間案に関しては,日本トキシコロジー学会学術年会セミナー(6月20日)でも説明を行う予定である。

免疫毒性試験ガイダンス(中間案)

[背景]

 免疫系は,細菌やウイルス等の外来の病原体や体内に発生した癌細胞の除去を行う等,生体の恒常性維持に重要な役割を果たしている。免疫機能の低下が日和見感染や腫瘍の発症を招きやすいことは,後天性免疫不全症候群(AIDS)の例をみるまでもなく,医薬品等の免疫系への有害作用(免疫毒性)を検討する必要性が従来より指摘されていた。免疫毒性は,それ自体が直接投薬患者の生存そのものを脅かすというよりも,外来性病原体の侵襲や内在性癌細胞の発生があって初めてその有害性が明示される点が,他の毒性と異なっている。医薬品の承認申請に係る非臨床の免疫毒性試験に関しては,免疫系を構成する細胞群及びそれらの相互作用が複雑であること,免疫機能の評価項目が非常に多岐にわたること,マウス以外の試験動物,特に,通常の毒性試験で用いられるラットにおける免疫機能試験法の評価が充分に行われていなかったこと等の事情もあり,その設定等が遅れていた。しかし,ここ10年の間に,国際的な共同研究も含めて免疫毒性試験法の評価も進み,ラットを用いる免疫毒性試験法に関しても,充分に実用に耐える段階に至っている。

 このような背景もあり,最近,欧州連合および米国において,それぞれ免疫毒性試験に関するガイダンス及びガイダンス案が提出されている。同様に,我が国においても,免疫毒性試験に係るガイダンスを作成する予定であり,本中間案を作成したところである。


[本ガイダンスの適用範囲及び対象薬物]

 免疫毒性には,免疫機能抑制,アレルギー,自己免疫,及びその他の免疫機能異常亢進が含まれるが,本ガイダンスでは,被験薬物に特異的な免疫反応(薬物アレルギー及び薬物特異的自己免疫)は対象としない(注1)。

 表1のいずれかに該当する場合には,本ガイダンスに基づき,免疫毒性試験を実施すること。ただし,ごく稀な対象疾患又は極めて限られた患者層に対してのみ使用されるもので,それらの患者に対する有用性が極めて高いと判断される場合には,この限りではない。なお,生物製剤及びバイオテクノロジー応用医薬品に関しては,本ガイダンスの対象としない。

[本ガイダンスの目的]

 薬物の免疫毒性の検出及びその性質の検討を効率的に行うためには,予想される免疫毒性に応じた最適な試験法の選択及びプロトコールの設定が必要とされる。本ガイダンスの目的は,ヒトへの免疫毒性を予見するための非臨床免疫毒性試験を行う際に参考とすべき手順及び検査項目の選択基準を示すことである。

 本ガイダンスにおいては,免疫毒性を検出する試験として,従来より用いられている反復投与毒性試験に加えて,第1段階免疫毒性試験(第1段階試験)及び第2段階免疫毒性試験(第2段階試験)を設けた。反復投与毒性試験に含まれる免疫毒性関連の検査項目及び第1段階試験の主な目的は,免疫系に対する直接又は関節の毒性を示す薬物のスクリーニングである。また,第2段階試験の目的は示された免疫毒性を質的及び量的に明らかにすることである。

 なお,免疫毒性試験に関しては,技術的な進歩も速く,本ガイダンスに記載された試験法よりも優れた方法が開発されることが予想される。試験の実施に当っては,本ガイダンスを参照すると同時に,常に最新の技術を取り込み,検査法の改良に努めることが望まれる。

[検査項目の選択]

 本ガイダンスで示された検査項目は,最小限必要とされるものであり,被験薬物の性質に応じて,適宜,検査項目を追加することも考慮すべきである。

 反復投与毒性試験における免疫毒性関連検査項目は,器官重量,血液検査(血液学的検査及び血液化学的検査)及び病理組織学的検査の中の免疫系に関連する項目である。また,反復投与毒性試験において,末梢血のリンパ球サブセット検査又は脾臓の免疫組織化学的検査の項目を追加して行うことが勧められる(表2-T)。反復投与毒性試験の免疫毒性関連検査または追加の検査により異常が認められた場合(注2)には,免疫毒性試験を実施する。

 免疫毒性試験に利用しうる検査項目は多岐にわたるため,通常,免疫毒性試験を2段階に分けて行う。第1段階試験では,抗体産生の検査及び脾臓及び胸腺の器官重量測定等の検査(表2-U)を実施する。NK細胞活性の検査を第1段階試験に,追加してもよい。

 第1段階試験で異常が認められない場合には,第2段階試験を行う必要はない。第1段階試験により異常が認められる場合には,反復投与毒性試験の結果も考慮にいれ,適切な検査項目(表2-V)を含む第2段階試験を実施する。第2段階試験においては,示された免疫毒性の性質を明らかにすることが必要とされるが,特に影響を受ける細胞または免疫機能の同定と影響の強さを明らかにすることが重要である。

 反復投与毒性試験において明確な免疫毒性が認められ,且つ,その毒性の性質から第1段階試験を行う必要性が低いと判断される場合(注3)には,第2段階試験を直接行ってもよい。

 必要に応じ,免疫毒性の可逆性を検討するため,異常が認められた検査項目を用い回復性試験を行う。

[試験実施の時期]

 第1段階試験は,通常反復投与毒性試験の後に行われるが,可能であれば,反復投与毒性試験と同時に行うことができる。第1段階試験は,原則として,臨床試験開始以前に行う。第2段階試験は,その必要に応じて,適切な時期に行う。

[試験プロトコール]

 第1段階試験プロトコールは,以下の条件に従う。第2段階試験が必要とされる場合には,その目的に最も適したプロトコールを設定する。

1. 動物種,性及び週齢:

反復投与毒性試験の免疫毒性関連検査または追加の検査により異常が認められた動物と同一の種,系統,性及び週齢を用いることが望ましい(注4)。

反復投与毒性試験において雌雄差が認められなかった場合,雌雄いずれか一方の動物を用いることができる(注5)。

2. 動物数:

1群8匹以上とし,統計学上十分な数の動物数を設定する。各群への割り付けには,適切な無作為抽出法を用いる。

3. 投与経路:

 原則として,臨床適用経路とする。

4. 用量段階:

原則として,3段階以上の投与群を設け,別に対照群を置く。反復投与毒性試験の免疫毒性関連検査又は追加の検査により異常が認められた用量を参考に,用量段階を設定する(注6)。

5. 対照群:

 溶媒のみを投与する陰性対照群を置く。必要に応じて,無投与対照群(注7)又は陽性対照群(注8)を加えることを考慮する。

6. 投与機関:

 反復投与毒性試験に準ずる投与期間を採用する。投与は原則として週7日とする。

7. 観察等:

一般状態の観察及び体重測定を行う。

[免疫毒性関連検査項目]

 反復投与毒性試験及び免疫毒性試験において対象とされる免疫毒性関連検査項目を表2にまとめて示した。これらの検査項目より,被験薬物の性質及び試験の目的に応じて,必要な項目を選択し,適切な試験プロトコール1)を設定すること。

(注)

注1:遅延型の薬物アレルギーに関しては,皮膚感作性試験のガイドラインが既に設定されているが,即時型薬物アレルギーのよい予知試験法は,現在のところ未確立である。

注2:表1の第1項(1)において免疫毒性が疑われる場合を指す。免疫毒性関連検査における異常とは,当該検査において投与群と陰性対象群の間に統計学的に有意の相違が認められることを指すが,試験動物における基準値等の範囲及び変動を考慮する。

注3:例えば,末梢血の好中球の減少のみ認められ,その他の異常が認められない場合等を指す。

注4:通常,ラットまたはマウスを用いる。

注5:同一ケージで複数の雄性動物を飼育する場合には,闘争等の飼育上の問題が生じないように,ケージの大きさ等を考慮するべきである。

注6:高用量群に用いる用量は,対照群と比較して体重抑制が10%以上でない用量とする。高用量群で十分な異常が認められ,低容量群で異常が認められないように用量を設定し,用量反応関係が得られることが望ましい。高用量群における異常の変化が小さく,明らかに3段階の用量を用いる必要がない場合には,2段階の用量の投与群を用いてもよい。

注7:通常は必要とされないが,用いる溶媒が免疫毒性試験に影響を与える場合には,無投与対照群を設ける必要がある。

注8:陽性対照群を設ける目的は,検査手技の妥当性を評価することにある。別途,少数の動物を用いてシクロホスファミド等の陽性対照薬物の投与の影響をみる試験を行ってあれば省略してもよい。

    

    

   



参考文献等:

1).種々の試験法に関しては,Methods in Immunotoxicology Vols. 1 and 2 (ed. by Burleson, G.R., et al.) (1995) : Environmental Health Criteria 180. Principles and Methods for Assessing Direct Immunotoxicity Associated with Exposure to Chemicals. pp.164-225 (1996) ; ImmunoTox Letter(日本免疫毒性学会発行)に掲載の免疫毒性試験プロトコール等を参照すること。