≪Immunotoxicology 最前線≫

マクロファージの接着と異物認識機構


2004; 9(1), 9-11


平野 靖史郎
独立行政法人国立環境研究所 環境健康研究領域

マクロファージは単球由来の免疫細胞であり,分化する臓器の微少環境によりその機能と名称が異なる。脳ではグリア細胞,腎臓ではメサンギューム細胞,肝臓ではクッパー細胞,骨では破骨細胞,皮膚ではランゲルハンス細胞といった具合である。国立環境研究所においては,粒子状物質を中心とする大気汚染の影響に関する研究が精力的に行われてきているが,肺に沈着した粒子状物質のクリアランスに重要な役割を果たしている肺胞マクロファージが研究の対象として取り上げられてきた。

では,肺胞マクロファージはどのようにして,肺胞領域に沈着した粒子状物質を認識するのであろうか。この問いに正しく答えるのは意外と難しい。なぜならば,オプソニン化した粒子状物質,例えば抗体で処理した羊赤血球や補体で処理した粒子は,それぞれマクロファージの細胞膜表面に存在するFcレセプターやC3biレセプターにリガンドとして作用するため,貧食の最初の過程は蛋白間の相互作用(Receptor-Ligand)による接着として理解される。一方,肺胞表面でマクロファージに貧食されるディーゼル排気粒子,タバコの粒子,シリカ/アスベストなどの無機物質,あるいは多環芳香族有機化合物で表面をコートされた炭素粒子などについては,マクロファージの細胞表面にこれらの粒子状物質のレセプターとなりうる分子があるとは考えにくい。

マクロファージが環境由来の粒子を認識する最初のステップは,粒子表面を異物として認識することである。肺胞マクロファージをディッシュに播種すると,非常に短時間の内にプラスティック表面に接着し,伸展することが観察される。この現象を,肺胞マクロファージが膨大な表面を持つプラスティックを細胞内に取り込もうとしている過程と捉えることも可能である。Oxford大学のSiamon Gordon 教授らのグループは,マクロファージの非特異的接着を阻害する抗マクロファージ抗体をスクリーニングして,プラスティック表面を認識する2つのマクロファージのレセプターを同定した。一つはC3biレセプター(CR3)であり1),他方はスキャベンジャーリセプター(Sc.R)である2)。その後,Harvard大学のLester Kobzik教授らによるノックアウトマウスを用いた研究により,環境粒子などに対する非特異的な接着に関与するのは,Sc.R そのものではなく,そのホモログであるMacrophage Receptor with Collageneous Structure(MARCO)であることが証明された3)

非特異的接着,あるいは環境粒子と接した後のマクロファージには,その後どの様なシグナルが伝達されるのであろうか。本研究室では,これまでの研究で次のようなことを明らかにしてきた。接着に伴い,SykキナーゼやPaxillinなどがリン酸化される。活性化したSykキナーゼは更に接着を増強する。その後,核転写因子であるkorx20/egr-2の発現が特異的に上昇する4−7)(図1)。



ところでマクロファージに貧食(Phagocytosis)される粒子とは,一般に粒径が1ミクロン以上のもので,マクロファージと接触後,細胞膜の隆起により取り囲まれるものを指す。これより小さい粒子の細胞内への取込み作用は,エンドサイトーシス(Endocytosis)と呼ばれているが,取込まれる物質が液体である場合は特にピノサイトーシズ(Pinocytosis)と呼んでいる。エンドサイトーシスには,クラスリン(Clathrin)やカベオリン(Caveolin)が関与するものや,それ以外の機構によるものなど様々である。これまでの大気中粒子状物質の生体影響に関しては,浮遊粒子状物質(粒径が10ミクロンより小さいもの)やPM2.5(粒径が2.5ミクロンより小さいもの)について研究が進められてきた。最近,直径が数十ナノメーター以下の極小粒子が,細胞層を速やかに通過し多臓器にわたり影響を及ぼす可能性が指摘されている8)。粒子状物質の細胞内への取込みに関する新たな研究領域が開拓されようとしている。

文献

1. Rosen H, Ordon GS. Monoclonal antibody to themurine type 3complement receptor inhibits adhesionof myelomonocytic cells in vitro and inflammatory cellrecruitment in vivo. J. Exp. Med. 166: 1685-1701, 1987.
2. Fraser I, Hughes D, Gordon S. Divalent Cation-Independent Macrophage Adhesion Inhibited byMonoclonal-Antibody to Murine Scavenger Receptor.Nature 364: 343-345, 1993.
3. Palecanda A, Paulauskis J, Al-Mutairi E, Imrich A, QinGZ, Suzuki H, Kodama T, Tryggvason K, Koziel H,Kobzik L. Role of the scavenger receptor MARCO inalveolar macrophage binding of unopsonizedenvironmental particles. J. Exp.Med. 189: 1497-1506,1999.
4. Hirano S. Nitric oxide-mediated cytotoxic effects ofalveolar macrophages on transformed lung epithelialcells are independent of theβ2integrin-mediatedintercellular adhesion. Immunology, 93: 102-108, 1998.
5. Hirano S. Kanno S. Syk and paxillin are differentiallyphosphorylated following adhesion to the plasticsubstrate in rat alveolar macrophages. Immunology,97: 414-419, 1999.
6. Hirano S, Anuradha CD, Kanno S. Transcription ofkrox-20/egr-2is upregulated following exposure tofibrous particles and adhesion in rat alveolarmacrophages. Amer. J. Respir. Cell Mol. Biol. 23: 313-319, 2000.
7. Hirano S, Anuradha CD, Kanno S. Krox-20/egr-2is up-regulated following non-specific and homophilicadhesion in rat alveolar macrophages. Immunology,107: 86-92, 2002.
8. Hirano S, Nitta H, Moriguchi Y, Kobayashi S, Kondo Y,Tanabe K, Kobayashi T, Wakamatsu S, Morita M,Yamazaki S. Nanoparticles in Emissions andAtmospheric Environment - Now and Future -. J.Nanoparticle Res. 3: 311-321,2003.