≪Immunotoxicology 最前線≫

経口トレランスとディーゼル排気微粒子


2002; 7(2), 12-13


吉野 伸
神戸薬科大学薬理学研究室

(1)経口トレランスとは?

 抗原を経口的に摂取すると,腸管局所では摂取抗原に対するIgA抗体産生,全身的には免疫寛容が誘導されることはよく知られている。このうち,全身的免疫寛容の現象は経口トレランス(oral tolerance)と呼ばれている1)。経口トレランスの現象は実験的に容易に観察できる。たとえば,無処理の健康なマウスにウシ血清アルブミンを注射し免疫すると,通常一定期間後に免疫抗原に対して特異的な抗体産生やリンパ球の増殖反応がみられるが,前もって同抗原を経口投与したマウスにおいては,免疫を試みても抗体産生やリンパ球増殖はみられない,あるいはみられても非常に弱い(トレランスの誘導)。とくに,ヘルパーT細胞のサブセットのうち,IFN-γおよびIgG2a産生,遅延型過敏症反応などに関与するTh1細胞が経口的にトレランスを受けやすい。一方,IL-4,IL-5,IL-6,IgE,IgG1抗体産生,即時型アレルギー誘導などに関与するTh2細胞のトレランス誘導はTh1細胞の場合よりも弱い。ヒトの場合も同様である。

 経口的に摂取された抗原は腸管に達するまでに消化酵素によって大部分は低分子にまで分解されるが,一部は分解を免れ高分子のまま腸管から積極的に取り込まれることが知られている。腸管から取り込まれた抗原がどのような機序で免疫寛容原としてトレランスを誘導するのかについては未だ不明な点が多いが,これまでの研究から,大量の抗原摂取によって抗原特異的T細胞のアポトーシスによる除去および同細胞の不活化(アナジー)による免疫不応答,少量の抗原摂取によってTh2あるいはTh3細胞が活性化され,産生されるIL-10やTGF-βなどの抑制的サイトカインによる免疫抑制などが示唆されている。このようなトレランス誘導は,何らかの原因によって,摂取抗原が寛容原ではなく免疫原として働くことによって引き起こされる食物アレルギーの誘導阻止に重要な役割を果たしていると考えられている。その原因としては,たとえば腸管における毒性環境因子による免疫担当細胞の障害などが考えられるが,著者らは,ディーゼル車から排出される微粒子が経口トレランスの誘導を阻止することをみいだした。

2)ディーゼル排気微粒子(diesel exhaust particle, DEP)とは?

 DEPは,炭素粒子(DEP重量の約18%)と,それに吸着した物質(同82%),主に多環芳香族炭化水素,キノン,アルデヒドなど多種類の有機化合物および鉄,銅などの重金属などから成り3),その微粒子の平均直径は大部分が1μm以下であるため,非常に軽く,大気中に長時間にわたって浮遊可能である。たとえば,米国ロサンゼルスでは,人々は平均すると1日当たり0.3mgのDEPを呼吸によって取り込んでいるという報告がある4)。DEP構成成分の中には細胞毒性,発ガン作用を有するものが多いが5),免疫系に対しても大きな影響を与える。たとえば,比較的少量のDEPの暴露によって,IL-4,IL-5,IL-8などのTh2サイトカインの産生は強く促進されるが,IFN-γ,IL-2などのTh1サイトカイン産生はほとんど影響を受けない,あるいは逆に抑制される。しかし,大量のDEPに暴露されると,Th2のみならずTh1サイトカインの産生も増強される6)。Th2サイトカイン産生促進と関連して,DEPは抗原特異的IgE産生,実験的アレルギー性気道炎および鼻炎を促進する7)。Th1優位の自己免疫疾患モデルであるコラーゲン関節炎および本疾患に重要な役割を果たす抗U型コラーゲン抗体IgG2a産生に対しても,DEPは促進的に作用する8)。どのDEP構成成分がTh1およびTh2免疫応答を促進するかについては現在不明である。最近,著者らは,ヘキサン,ベンゼン,ジクロロメタン,メタノール,アンモニアの順序でDEPから極性の異なる化合物群の抽出をおこなった結果,アンモニアによって抽出されなかった残渣が比較的選択的にTh1反応を,アンモニア抽出物がTh2反応を,ジクロロメタンで抽出されたものがTh1およびTh2の両免疫反応を促進することを見い出した9)。近い将来,シリカゲルクロマトグラフィー,高速液体クロマトグラフィーなどを用いることによって,Th1あるいはTh2反応を選択的に促進する物質を抽出,単離,同定することが可能であると思われる。

(3)DEPによる経口トレランス誘導阻止について

 DEPに暴露された動物においては,呼吸器系組織のみならず,嚥下作用によって,胃,腸などの消化器系組織にも少なからぬ量のDEPが存在する10)。したがって,腸管免疫系はDEPによって影響を受ける可能性があるが,我々はこのことに注目し,DEPの経口トレランスに対する効果について詳細に検討した11)。たとえば,マウスを卵白リゾチーム(HEL)で免疫前にHELを経口投与すると,同抗原に対する抗体IgG産生,リンパ球増殖反応,Th1免疫反応(IL-2,IFN-γ,IgG2a産生,遅延型過敏症反応),Th2免疫反応(IL-4,IL-10,IgG1産生)は抑制され,トレランスが成立するが,DEPをHELと併用して投与することによって本トレランス誘導はDEP用量依存的に阻止される。とくに,DEPは,Th2よりもTh1経口トレランス誘導をより強く阻止する。また,HELに対するTh1経口トレランス誘導は上記アンモニアによって抽出されなかった残渣(Th1反応促進)およびジクロロメタン抽出物(Th1およびTh2促進)によって阻止されるが,他のDEP抽出物によっては影響を受けない。一方,Th2経口トレランス誘導はアンモニア(Th2促進)およびジクロロメタン抽出物によって阻止されるが,他の抽出物によっては影響を受けない12)。さらに,無処理マウスにDEPおよびHELを併用して繰り返し経口投与すると,抗原特異的抗体IgG,IgG2a,IgG1が血中に出現する。DEPあるいはHEL単独の経口投与では,このような抗体産生はみられない。以上の結果は,DEPは経口トレランスを破綻させ,摂取抗原に対する免疫応答(アレルギー)を誘導する可能性を示唆している。喘息やアトピーの発症は大気汚染物質と関連しており,また,喘息患者の6%,アトピー性皮膚炎患者の5-6%は食物アレルギーに起因しているのではないかという疫学調査13)興味深い。

文献

1) Weiner HL, et al, Annu Rev Immunol 12:809, 1994.
2) Mowat AM, In Handbook of Mucosal Immunology (edited by Ogara PL et al), Academic Press, San Diego, 1994, p185.
3) Schuetzle D, Environ Health Perspect 47:65,1983.
4) Peterson B et al, Ann Allergy 77:263, 1997.
5) Sagai M, et al, Free Radic Biol Med 14:37, 1993.
6) Yoshino S, et al, Cell Immunol 192:72, 1999.
7) Takano H, et al, Am J Pespir Crit Care Med 156 :36, 1997.
8) Yoshino S, et al, J Pharmacol Exp Ther 290:524, 1999.
9) Yoshino s, et al, Int J Immunopathol Pharmacol 15:13, 2002.
10) Takefuji S, et al, J Allergy Clin Immunol 79:639, 1998.
11) Yoshino S, et al, J Pharmacol Exp Ther 287:679, 1998.
12) Yoshino S, et al, Toxicol Sci 66:293, 2002.
13) Sabbah A, et al, Allergy Immunol 29:103, 1997.