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≪第16回大会 奨励賞≫
石綿曝露後NK細胞上NKp46発現抑制機構の解析、NKp46の抗腫瘍免疫機能予測分子指標としての可能性
西村 泰光1、熊谷 直子1、前田  恵1
林  宏明1、岸本 卓巳2、大槻 剛巳1

(1川崎医科大学衛生学、2岡山労災病院)

緒言
 アスベスト(石綿)は肺癌や中皮腫などの腫瘍疾患を引き起こす。石綿は、ROS産生、組織傷害、DNA傷害を誘導し、これにより発癌作用を持つと考えられている1,2)。しかし、石綿曝露が必ずしも腫瘍疾患を引き起こす分けではなく、特に中皮腫の発症には30−40年の潜伏期間が存在する。これらのことは、石綿曝露後の生体内で、抗腫瘍免疫が一定の働きを果たしていること、また石綿曝露の慢性的影響が抗腫瘍免疫減衰に作用している可能性を示唆する。
 抗腫瘍免疫において、NK細胞と細胞傷害性T細胞は、形質転換細胞や腫瘍細胞を傷害し、その除去に働いている。T細胞による抗原特異的な標的細胞の認識とは異なり、NK細胞は細胞表面に発現する多様なNK細胞活性化受容体を用いて異常なリガンドを認識し、標的細胞を傷害する。NK細胞活性化受容体には、NKG2 family, signaling lymphocytic activating molecule (SLAM) family, natural cytotoxicity receptor (NCR) familyなどが知られる。最近我々は、NK細胞活性化受容体に注目した末梢血NK細胞 の機能解析を行い、悪性中皮腫(MM)患者のNK細胞においてNCRの一つであるNKp46の発現低下を伴う細胞傷害性低下が見られること、同様な細胞表面NKp46発現量の抑制が石綿chrysotile B(CB)曝露下PBMC培養中のNK細胞において見られることを明らかにした3)
 そこで、石綿曝露を伴う幾つかの培養環境下におけるNK細胞の機能解析を行い、また、MM患者だけでなく石綿曝露指標である胸膜プラーク(PL)陽性者を含めた石綿被曝露者の末梢血NK細胞の機能解析を行った。これらの中で、石綿曝露によるNKp46発現量抑制の機構解明を試行し、またNKp46の“石綿被曝露者における抗腫瘍免疫機能を測る分子指標”としての可能性を考察した。

材料と方法
 健常人(HV)由来PBMC又はflow cytometer(FCM)(Becton Dickinson)を用いて単離したCD3CD56+NK細胞を石綿5μg/ml chrysotile B(CB) 曝露下で5ng/ml IL-2 を加え7日間培養した。細胞膜上・細胞内のNKp46発現量解析にはFCMを用い、発現量は平均蛍光強度(MFI)で表した。培養後PBMCよりFCMを用いてCD3-CD56+NK細胞を単離し、抗体を用いて細胞表面NKp46のブロックを行った後、3.7% formaldehydeと0.1% Triton 100で固定・浸透化し、PE標識抗体を用いて細胞内NKp46染色を行った。またNKp46 mRNA量の解析にはReal-time PCR(Stratagene)を用いた。HV、PL、MM各群のPBMCを調製し、% NK細胞、NKGD、2B4、NKp46発現量およびK562細胞への細胞傷害性(% specific lysis)をFCMで測定した。% specific lysis を %NK細胞で除しlysis/NK値を求め、NK細胞あたりの細胞傷害性を測る値とした。患者末梢血は、岡山労災病院副院長・岸本卓巳氏のご協力のもと、同意を得た各患者から提供を受けた。

結果
1) 培養後NK細胞におけるNKp46の細胞内発現量とmRNAレベル
 CB曝露培養後PBMCより回収したNK細胞における細胞内NKp46発現量は、対照培養由来NK細胞と同程度に低値であり、細胞内NKp46の異常な蓄積は見られなかった。対照的に、NK細胞中のNKp46 mRNAレベルはCB曝露条件で有意に低く抑えられていた。また、NCRに属し、活性化に伴い発現増加を示すNKp44 mRNAレベルも有意に低値であった。

2)液性因子を介したchrysotile曝露影響
 NK細胞単独培養時にも、CB曝露によるNKp46発現量の有意な抑制が示された。しかし、PBMC培養時と比較し、NK細胞上NKp46発現量は全体的に低く、CB曝露影響も小さい傾向を示した。この結果は、CB曝露影響がPBMC培養時の液性因子産生を介した間接的影響を中心としていることを示唆する。そこで、0.2μm孔経透過膜を持つ培養インサートを用いて、膜を隔てたPBMCとNK細胞の共培養を行った。NK細胞は、PBMCとの共培養下でNKp46発現量の増加を示した。この培養条件で、PBMCにCB曝露を行ったとき、共培養下のNK細胞におけるNKp46発現量が有意に低下した。

3) NKp46発現量とNK細胞傷害性の相関性、PL陽性者NK細胞の細胞傷害性
 HV、PL陽性者、MM患者から成る全集団を解析したとき、末梢血NK細胞のNKp46発現量はlysis/NK値と正の相関性を示した(coefficient=0.608, p<0.0001)。MM患者のNK細胞が、HVと比べ有意に低いNKp46発現量とlysis/NK値を示したのに対し、PL患者ではNKp46発現量は低値から高値に幅広く分布し、lysis/NK値もHVと差を示さなかった。そこで、PL患者をNKp46highPL群とNKp46lowPL群に分けて両群を比較したところ、NKp46lowPL群のlysis/NK値はNKp46highPL群よりも有意に低いことが分かった。

4) NKp46発現量に基づくスコアとNK細胞の細胞傷害性との関係
 これまでの結果は、NK細胞上のNKp46発現量が石綿曝露環境で抑制されること、PL患者の一部やMM患者のNK細胞においてNKp46発現量とlysis/NK値の低下が見られることを示している。そこで、これらの知見に基づき、PL陽性者とMM患者をNKp46highPL群・NKp46lowPL群・MM群に分け、各群にスコア=1、2、3を与えたところ、スコアはlysis/NK値と負の相関性を示し、スコアの上昇に伴いlysis/NK値が低下することが分かった(p=−0.646,p<0.01)。

考察
 CB曝露がPBMC培養時の液性因子産生への影響を介して、NKp46 mRNAレベル抑制に作用し、NK細胞上NKp46発現量の減少を引き起こすことが明らかとなった。CB曝露によるNK細胞活性化に関わるサイトカイン産生の抑制が示唆される。他方で、抑制性サイトカインの産生誘導も否定できない。間接的石綿曝露影響の存在は、直接会合せずとも石綿がNK細胞機能に影響する可能性があることを意味する。実際に、吸入された石綿の所属リンパ節への蓄積がヒトや実験動物モデルで示されており、石綿がリンパ節内環境への影響を介してNK細胞機能低下に作用している可能性を示唆する4−6)。MM患者だけでなく、PL陽性者の一部でもNKp46発現低下を伴うNK細胞における細胞傷害性低下が見られ、NKp46発現量に基づくスコアはlysis/NK値と負の相関性を示しており、NKp46発現量評価の抗腫瘍免疫評価指標としての有用性が示唆される。MM疾患の診断には、胸部X線やCTおよび病理組織が用いられているが、何れも習熟を必要とし難しい判断を伴う。我々は、今回報告したNKp46だけでなく、T細胞においても幾つかの分子指標候補を同定している7−9)。これらの指標群に関する末梢血の定期的な診断を行えば、既存の診断方法と組み合わせ、MM疾患の早期発見や予防が改善する可能性がある。今後、更に石綿曝露後NKp46発現抑制機構の解明を試み、関係する分子や遺伝子を同定し、末梢血を用いた石綿曝露後の抗腫瘍免疫抑制指標の確立を目指し、さらにはMM患者における免疫療法への道標を模索したい。

謝辞
 第16回免疫毒性学会奨励賞を賜り、年会長の吉田貴彦先生はじめ選考委員の諸先生方に厚く御礼申し上げます。奨励賞の名に恥じぬよう、今後も益々免疫毒性研究に取り組みたく存じます。何卒皆様、今後もご指導ご鞭撻賜りますよう、宜しくお願いいたします。

文献
1)Mossman, B. T., and A. Churg. 1998. Mechanisms in the pathogenesis of asbestosis and silicosis. Am. J. Respir. Crit. Care Med. 157:1666-1680.
2)Mossman, B. T., D. W. Kamp, and S. A. Weitzman. 1996. Mechanisms of carcinogenesis and clinical features of asbestos-associated cancers. Cancer Invest. 14:466-480.
3)Nishimura, Y., Y. Miura, M. Maeda, N. Kumagai, S. Murakami, H. Hayashi, K. Fukuoka, T. Nakano, and T. Otsuki. 2009. Impairment in cytotoxicity and expression of NK cell- activating receptors on human NK cells following exposure to asbestos fibers. Int J Immunopathol Pharmacol 22:579-590.
4)Dodson, R. F., M. G. Williams, Jr., C. J. Corn, A. Brollo, and C. Bianchi. 1991. A comparison of asbestos burden in lung parenchyma, lymph nodes, and plaques. Ann. N. Y. Acad. Sci. 643:53-60.
5)Miserocchi, G., G. Sancini, F. Mantegazza, and G. Chiappino. 2008. Translocation pathways for inhaled asbestos fibers. Environ Health 7:4.
6)Trosic, I., M. Matausic-Pisl, and N. Hors. 2000. Pathways and quantification of insoluble particles in the lung compartments of the rat. Int. J. Hyg. Environ. Health 203:39-43.
7)Miura, Y., Y. Nishimura, H. Katsuyama, M. Maeda, H. Hayashi, M. Dong, F. Hyodoh, M. Tomita, Y. Matsuo, A. Uesaka, K. Kuribayashi, T. Nakano, T. Kishimoto, and T. Otsuki. 2006. Involvement of IL-10 and Bcl-2 in resistance against an asbestos-induced apoptosis of T cells. Apoptosis 11:1825-1835.
8)Murakami, S., Y. Nishimura, M. Maeda, N. Kumagai, H. Hayashi, Y. Chen, M. Kusaka, T. Kishimoto, and T. Otsuki. 2009. Cytokine alteration and speculated immunological pathophysiology in silicosis and asbestos-related diseases. Environ Health Prev Med 14:216-222.
9)Otsuki, T., M. Maeda, S. Murakami, H. Hayashi, Y. Miura, M. Kusaka, T. Nakano, K. Fukuoka, T. Kishimoto, F. Hyodoh, A. Ueki, and Y. Nishimura. 2007. Immunological effects of silica and asbestos. Cell Mol Immunol 4:261-268.
 
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