ImmunoTox Letter

第8回(2018年度)日本免疫毒性学会奨励賞
2018 年度日本免疫毒性学会奨励賞を受賞して

串間 清司 (アステラス製薬株式会社 安全性研究所)

 この度は、2018年度日本免疫毒性学会奨励賞を賜り、ご推薦頂いた先生方、並びに選考委員の先生方に心より御礼申し上げます。現在アメリカに赴任中のため、学術年会での受賞講演はインターネットを使った発表を準備してくださいました。事前準備を含め、学会事務局の関係各位に厚くお礼申し上げます。
 今回の受賞は、「発達免疫毒性に関する基盤研究とAOPの推進」に対して頂きました。私の免疫毒性との出会いは修士課程当時、環境ホルモンの免疫系への影響に関する研究に携わったことがきっかけでした。卒業後は製薬会社に入社し、医薬品開発に関わる中で次世代の免疫への影響に興味を持ち、発達免疫毒性に関する基盤研究を開始しました。
 初めて日本免疫毒性学会に参加させていただいたのは2004年に福井県で開催されました第11回学術年会でした。その時にインドメタシンを用いた発達免疫に関する研究内容を本学会で初めて発表させていただいたのですが、発表後の質疑や、学会中での意見交換を通じて免疫毒性の奥深さを感じ、また最先端の免疫毒性研究に触れることができ、本学会の専門性の高さにとても感銘を受けたことを覚えています。
 「小児は小さな大人ではない」と言われるように、小児の免疫系は成人と比べると異なる点が多く、環境要因や薬剤に対して成人と異なる影響を示すことがあることが知られています。子供の免疫系への影響を評価するためには,成獣を用いた免疫毒性試験のみでは不十分であり、幼若動物を用いて免疫系への影響を評価することが必要です。免疫系の発達に対する影響(発達免疫毒性)を評価する試験は一般的にDevelopmental Immunotoxicity(DIT)Testingと言われており、DIT試験は医薬品開発において日常的に要求される試験ではなく、実施の必要性は成獣の試験結果や標的臓器、あるいは対象の小児集団や臨床の投与期間等を考慮してケースバイケースとなっています。
 我々は,妊娠ラットを用いて非ステロイド性抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs;NSAIDs)の免疫系の発達への影響について報告してきました。NSAIDsは関節リウマチ等の治療薬として古くから広く使用されてる薬剤であり、cyclooxygenase(COX)を阻害してプロスタグランジンの合成を抑えることで薬効を示す一方で、成獣の免疫系に対して影響を及ぼすことが報告されており、例えばインドメタシンはマイトジェン刺激によるT細胞増殖やOVAに対する抗体産生を抑制することが報告されています。さらにNSAIDsは胎盤を通過して胎児に移行することから、次世代の免疫系の発達にも影響を及ぼす可能性が考えられました。そこで、妊娠18日から21日の妊娠ラットにインドメタシンを経口投与し、出生児の免疫系への影響を生後3週と8週で検討した結果、生後3週においてKLHに対する応答が低下することが示唆されました。NSAIDsの中でインドメタシン、アスピリン、及びジクロフェナクナトリウムはいずれも成獣マウスにおいてT細胞依存性抗原に対する応答低下が報告されていますが、興味深いことに、妊娠ラットへの曝露によってKLH抗体産生に対して影響した薬剤はインドメタシンのみであり、アスピリン及びジクロフェナクナトリウムでは影響がみられなかったことから成獣とは影響が異なることが分かりました。さらに、3週齢の児の脾臓をCon AあるいはLPSで刺激培養してサイトカイン産生能を評価した結果,IL-10及びIL-6の減少が認められたことから、3週齢で認められた抗体産生減少はTh2細胞への影響に起因した変化であることが推察されました。成獣のマウスにインドメタシンを経口投与した場合ではIFN-γ(Th1サイトカイン)の産生が抑制されることが知られていることから、成獣に投与した場合と胎生期に暴露された場合ではT細胞への影響が異なることが明らかとなりました。
 発達免疫毒性研究に加えて、近年はAdverse Outcome Pathway(AOP)活動の推進に努めてきました。AOPはOECDの主導で進められている活動であり、国内外の様々な毒性研究に関わる学会において取り上げられています。日本免疫毒性学会では、JaCVAMからの依頼により2015年に本学会の試験法委員会内にAOP検討小委員会を組織し、発足当時の小委員会委員長を務めさせていただきました。AOP検討小委員会では、免疫毒性AOPの開発の第一弾としてカルシニューリン阻害をMIE(Molecular Initiating Event)とする免疫抑制AOP事例の作成を進め、日本からのAOP事例として初めてAOPの閲覧サイトであるAOP-wikiに登録を開始し、EAGMSTによる内部レビューまで終えて、現在は外部レビューの段階に進んでおります。AOP小委員会では引き続き大石委員長(ボゾリサーチセンター)のもと、カルシニューリン阻害をMIEとする免疫抑制AOP事例に加えて、Janus kinase阻害、Toll-like receptorの刺激、及びEstrogen receptorの刺激をMIEとする3つの免疫毒性のAOP作成を進めているところです。今後は、免疫毒性のAOPネットワークの理解と構築、さらには異なるタイプの試験データや非試験データ(in silico等)を組みいれて有害性の評価を行う総合的アプローチのコンセプトであるIATA(Integrated Approach to Testing and Assessment)の作成にも貢献していきたいと考えています。
 産官学の産からの初の受賞とのことで非常に光栄に思うとともに、これからはますます官および学の先生方とのネットワークを大切にし、産官学の垣根を超えた活動に取り組むことで免疫毒性学研究の発展に微力ながら貢献できればと考えております。今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう何卒宜しくお願い申し上げます。

串間清司先生
串間清司先生