ImmunoTox Letter

第7回(2017年度)日本免疫毒性学会奨励賞
2017 年度日本免疫毒性学会奨励賞を受賞して

山浦克典
(慶應義塾大学薬学部)

山浦克典先生
山浦克典先生

 この度は、2017年度日本免疫毒性学会奨励賞(2017年9月)を頂戴し、ご推薦頂きました先生並びに選考委員の先生方に厚くお礼申し上げます。簡単ではございますが、私の受賞研究課題「慢性掻痒性皮膚疾患に関わる皮膚免疫の免疫毒性学的解析」について、以下に紹介申し上げます。
 私は、大学卒業後、製薬会社で薬理研究員、保険薬局で管理薬剤師、CROで治験モニターとして計18年間過ごした後、恩師である千葉大学の上野光一名誉教授の下、教員生活をスタートさせました。千葉大学の優秀で勤勉な学生に囲まれ、私が取り組んだ研究テーマは、慢性掻痒性皮膚疾患にみられる掻痒メカニズムの解明と有効な治療法の提案でした。
 ステロイド外用薬はアトピー性皮膚炎をはじめとする慢性掻痒性皮膚疾患の第一選択薬として用いられ、その利点は局所に強力な抗炎症作用をもたらすことや全身性の副作用が少ないことです。ステロイド外用薬は強度により5つにランク分けされ、専門医は皮疹の重症度や部位によってこれを使い分けます。ところが、ステロイド外用薬の副作用を懸念し、その使用を極端に拒否する「ステロイド恐怖症」患者が世界中に存在し、我が国においても患者の65%はステロイド外用薬を使用したくないとするなど、多くの患者がステロイド外用薬を怖がっているのが現状です。これは、ステロイド内服薬や注射薬にみられる「リバウンド」や「離脱症状」などの副作用が、外用薬でも同様に生じるという誤解が広く生じていることが背景にあります。
 そこで我々は、ステロイド外用薬のリバウンドについて検討してみる事にしました。はじめにステロイド外用治療を中断すると皮膚症状が悪化するという動物モデルの作成に取り組みましたが、顕著なリバウンド現象は確認できませんでした。次に我々は、痒みに着目しました。痒みはitch-scratch cycleとして知られる掻破行動の誘発により皮膚バリア機能の破壊を引き起こし、これによる炎症惹起が更なる痒みを誘発するという悪循環により皮膚症状を増悪させるからです。我々は、2,4,6-trinitro-1-chlorobenzene (TNCB)をハプテンとして週3回BALB/cマウスの耳介に反復塗布し、ハプテン誘発性の慢性接触皮膚炎マウスモデルを作成しました (Yamaura et al., 2011, J Toxicol Sci)。当該マウスモデルの皮膚炎がプラトーに達した後、デキサメタゾンを連日塗布したステロイド治療群は、皮膚炎の指標である耳介腫脹が試験期間を通じて著しく改善しましたが、痒みの指標である掻破回数は塗布期間に従い悪化し、試験終了時においては対照群と比較して有意に亢進しました。この結果から、長期間のステロイド塗布が皮膚炎を抑制する一方、掻痒を悪化させることを見出しました。そこで、ステロイド外用誘発掻痒とステロイド外用薬の強さの関係を検討したところ、各ステロイドは強さに応じて皮膚炎抑制効果を示したものの、掻痒はステロイドの強さに関係なく増悪したことから、本掻痒は、デキサメタゾンに特異的な現象では無く、ステロイド外用薬に普遍的な現象であることが示唆されました。
 さらに、ステロイド外用誘発掻痒は、TNCB処置をしない正常皮膚マウスには生じないこと(Yamaura et al., 2012, J Toxicol Sci)、マウスの系統をBALB/cマウスからC57BL/6マウスに変えても同様であることから、ステロイド外用誘発掻痒は慢性皮膚炎の皮膚環境にステロイド外用薬を適用する場合にのみ誘発され、ステロイド外用薬そのものが起痒剤とはないことを明らかにしました。
 我々は、ステロイド外用誘発掻痒のメカニズムとして、ステロイド外用薬が“内因性抗掻痒因子”を抑制して掻痒を惹起する仮説をたてました。皮膚炎マウスでは正常マウスに比べ掻痒が高まっているため、これを抑制性に調節しようと患部で内因性抗掻痒因子の産生が高まっていると推測されます。この内因性抗掻痒因子の産生が抑制されると、掻痒の抑制性調節が解除され、掻痒が増悪すると考えられます。内因性抗掻痒因子としては、プロスタグランジンD2が候補として挙げられます。プロスタグランジンD2は細胞膜のリン脂質からホスホリパーゼA2により切り出されたアラキドン酸の代謝物の一つで抗掻痒作用を示します。アラキドン酸はアラキドン酸カスケードでシクロオキシゲナーゼ(COX)によりプロスタグランジンへと代謝されますが、ステロイドはCOXを強力に抑制するため、プロスタグランジンD2産生も抑制すると考えられます。
 そこで我々は、ステロイドによる“内因性抗掻痒因子”の抑制仮説を検証すべく、マウス皮膚組織中のプロスタグランジンD2量を定量しました。皮膚炎対照群では病変組織中のプロスタグランジンD2量が正常皮膚マウスに比べ高値を示しましたが、ステロイド塗布群では正常皮膚マウスレベルまで低下していました (Yamaura et al., 2012, J Toxicol Sci)。プロスタグランジンD2はアラキドン酸がCOXで代謝された後、L型プロスタグランジンD2合成酵素(L-PGDS)とH-PGDSの2種類の酵素により合成されます。L-PGDSは中枢神経や男性生殖器に、一方H-PGDSはマスト細胞、膠原提示細胞、Th2細胞などの免疫系細胞に発現しています。ステロイド外用誘発掻痒が正常皮膚マウスには起きず、皮膚炎マウスにおいてのみ発現することから、我々は炎症時に誘導されるCOX-2とH-PGDSのmRNA発現を、マウスの病変組織を用いて解析しました。皮膚炎対照群では正常皮膚マウスに比べて、いずれの産生酵素の発現も著しく亢進していましたが、ステロイド塗布群では両酵素発現が有意に低下していました。
 さらに、RBL-2H3細胞の脱顆粒試験系を用いて、特異抗原刺激に伴うプロスタグランジンD2産生に対するステロイドの直接作用を検討したところ、デキサメタゾンは有意にプロスタグランジンD2産生を抑制しましたが、RBL-2H3細胞の脱顆粒反応には影響を与えませんでした。ベタメタゾン吉草酸エステルおよびプレドニゾロンにおいても同様でした。皮膚において、マスト細胞は主要なプロスタグランジンD2産生細胞であり、皮膚炎対照群の病変組織でプロスタグランジンD2産生が亢進し掻痒を抑制性に調節し得ることが示されたことから、ステロイドによる皮膚マスト細胞のプロスタグランジンD2産生抑制がステロイド外用誘発掻痒の重要な要因と考えられました。
 ステロイド外用誘発掻痒は、ステロイドによる皮膚マスト細胞のプロスタグランジンD2産生抑制が一因と考えられたため、我々はプロスタグランジンD2受容体DP1アゴニストをステロイド外用と併用することで、ステロイド外用に起因するプロスタグランジンD2産生低下を補い、掻痒誘発を抑制できると考えました。プロスタグランジンD2受容体DP1選択的アゴニストとしてBW245Cを選択し、ステロイド連日塗布により掻痒を誘発してからBW245Cを1週間併用塗布したところ、掻痒が有意に抑制されました。本検討結果より、プロスタグランジンD2受容体DP1アゴニストが、ステロイド外用誘発掻痒の予防および治療に有効な候補化合物となる可能性が示唆されました。
 本研究は、マウスを用いた研究にとどまり、臨床応用にはさらなる検討が必要ですが、ステロイド外用恐怖症の患者が安心してステロイド外用療法を受けられることを目指し、研究を続けたいと考えます。