ImmunoTox Letter

第8回(2018年度)日本免疫毒性学会学会賞
食物アレルゲンの免疫毒性学的評価研究

手島玲子(岡山理科大学獣医学部食品衛生講座)

1.はじめに

食物アレルギーは、アレルギー疾患全体の中では発症頻度が低いが、その症状に重篤なケースがあり、食品の安全性を考えるうえで、リスク評価を行う必要のあるものとしてその重要性が1990年代に入って大きくとりあげられるようになってきた。特に、1996年以後、日本でも流通の開始した遺伝子組換え食品の安全性評価の必要性、また、1999年にCODEX委員会で8品目のアレルギー物質を含む食品の表示が提唱されたにことに鑑みて、筆者らは、それまであまり多く研究されていなかった食物アレルギー及び食物アレルギーの原因物質(食物アレルゲン)に関する研究に着手した。
 以下、筆者らが、主に行ってきた①食物アレルゲンの評価法の開発と②食物アレルゲンの物理的処理に伴う抗原性の変化の解析の2点に焦点を絞って記述してゆきたい。

2.食物アレルゲンの評価法の開発

 遺伝子組換え食品の安全性評価を行うに際して、新規発現タンパク質のアレルギー誘発性の評価法の開発が必要となった。これは、1994年に栄養強化の目的でメチオニン含量の高いブラジルナッツ2S-アルブミンが導入された大豆が作成されたが1)、この2S-アルブミンがブラジルナッツの主要アレルゲンであることが判明し2)、この組換え大豆が上市されなかった事例からも、アレルギー物質が導入された食品が流通することがないようにアレルギー誘発試験を整備することが重要となり、筆者らも本研究に携わることとなった。
 既知の食物アレルゲンは、大部分が、分子量1-6万の可溶性タンパク質である。食物アレルギーは、症状の表れ方によって、主に二つのクラスに分類することができる。すなわち、感作成立と症状惹起に、消化管経由で発症する従来型の食物アレルギーに関与するアレルゲンがクラス1アレルゲン、及び花粉症を合併する口腔アレルギー症候群に関与するアレルゲンがクラス2アレルゲンである。
 クラス1食物アレルゲンは、消化管での消化をうけにくいことが特徴であり、重篤な食物アレルギーを引き起こすと考えられている。この性質を考慮して、新規タンパク質のアレルギー性を評価するうえでも、消化性並びに物理化学的処理に対する安定性を調べることは、重要なポイントとなっており、人工胃液(SGF)や人工腸液(SIF)を用いる方法が通常用いられる。私共は、食物アレルゲン並びにアレルゲン性の知られていないタンパク質を複数用いて、1995年のUSP(米国薬局方)の方法を一部変更した人工消化液を用いる消化性試験を構築し、複数の機関とともに試験の妥当性の検討を行った。SGFによる分解条件として、SGF中のペプシン(pepsin)濃度は、0.076%とし、pepsinと基質タンパク質の比率3、 基質濃度250 μg/ml、pH 1.2または2.0で0~60分、37℃で培養し、分解の程度はSDS-PAGE後のタンパク染色にて確認を行った。一方、SIFは、1%パンクレアチン(pancreatin)溶液(SIF、pH 6.8)を用い、基質タンパク質100 μg/mlで37℃、0~120分反応させ、分解の程度をSDS-PAGE後のタンパク質染色にて確認を行った。また、加熱前処理(100℃で5分)による影響もあわせて検討を行った。その結果、アレルゲンとして知られているタンパク質は、アレルゲンとして知られていないタンパク質に比べて、全長タンパク質あるいはその断片が人工胃液による消化に抵抗性を有する傾向のあることを確認することができた3)
 さらに、卵白中の主要なアレルゲンであるオボムコイド(OVM)について、人工胃液による分解産物と患者血清との反応性を検討し、分解によるアレルゲン性の変化を検討した。その結果、全長OVMは比較的早く分解されて検出できなくなったものの、消化断片が複数生成し、それらの断片が一部の患者に対して抗原性を持つことを見出した4)。このように、タンパク質の消化性試験とアレルギー患者血清との反応性試験の併用は、生体内で消化されたアレルゲン断片と抗体の反応を解析できる点で、アレルギー誘発性評価においても有用な方法として示すことができた。
 次いで、アレルゲン性予測の有用なツールとなる食物アレルゲンデータベース構築を私共独自で行い、2005年3月に食物アレルギーの安全性をめざしたアレルゲンデータベース(ADFS (Allergen database for food safety))を公開した5)。ADFSは既存データベースのうちで最大量のアレルゲンおよびエピトープ情報を搭載し、アレルゲン性予測機能を備えたユニークなデータベースであり、1年に1回の更新を行っている。また、2011年に低分子アレルゲンの検索システムも搭載した。

3.食物アレルゲンの物理的処理に伴う抗原性の変化の解析

 2009年秋の日本アレルギー学会で、国内で初めて(旧)茶のしずく石鹸に含まれていた加水分解小麦(グルパール19S (GP19S))による即時型小麦アレルギー(以下「(旧)茶のしずく石鹸小麦アレルギー」と表記)の事例が報告されて以来6)、茶のしずく石鹸小麦アレルギー患者は増え続け、大きな社会問題となった7)。これらの事例の多くが、石鹸を使っているうちに、小麦を食べるとショックになるという重篤なアレルギー症状を呈すること、その原因が、石鹸に含まれる加水分解小麦であり、予想外の感作経路であったこと、茶のしずくの使用者が多かったために(約460万人)、患者数も多く発生したということが特徴となっている(なお、2014年10月まで行われたGP19S経皮感作コムギアレルギーについての全国追跡調査の結果、確定症例数は2111件と報告されている8)。)。私共も、2010年以降、原因物質の探索を動物実験、細胞実験で行うとともに、医薬部外品の小麦加水分解末にかかる規格改定の作業にも携わった。以下、私共の研究を紹介したい。
 本石鹸に使われていた加水分解コムギ(HWP)、GP19Sは、小麦グルテンを酸で部分加水分解 (pH 0.5-1.2、 95℃加熱、40分)されたものであった。グルテンの場合、分子量15 kDaから60 kDaにかけて、分子量の特定できる複数のタンパク質が帯状に染まるのが観察されるが、GP19Sの場合、30-50kDaにかけて、タンパク質がスミア状に染まるのが、特徴的であった。(旧)茶のしずく石鹸小麦アレルギー(HWP)患者は、GP19Sに対する即時型アレルギー反応を引き起こすため、血清中には、GP19S特異的IgE抗体が存在するが、特異的IgE抗体の存在は、ウェスタンブロット法で、確認できた9)。比較的高分子のタンパク質(30-50 kDa)に結合し、このグルパール19S中のIgE結合タンパク質は、未分解グルテン中のIgE結合タンパク質とは分子量のうえでも幾分異なっていた。これは、酸部分加水分解によって、タンパク質の低分子化が引き起こされる一方で、一部のペプチドにおいて凝集体ができて、この凝集体がエピトープの密度が高いために、感作性、惹起能ともに高いと考えることができた。また、同じような報告はフランスのグループからもされていた10),11)
 次いで、動物実験で、GP19Sと未分解のグルテンとの感作性の違いを、マウスを用いた経皮感作試験で比較を行い12)、細胞モデルを用いた研究では、我々が独自に開発したヒト型マスト細胞を用いるin vitro惹起試験(Exile法)により、GP19Sとグルテン、および酸加水分解が進んだグルテンの惹起能について検討を行った9)。前者の動物の経皮感作の研究では、小麦由来タンパク質をマウス背部皮膚表面をテープの脱着で傷をつけた後、3日/週で、3-4週間、界面活性剤とともに貼付することによって、抗原特異的IgE抗体が産生されること、すなわち、Th2型の免疫反応が起きていること、GP19Sの方がグルテンより、感作に引き続く全身性のアナフィラキシーを起こしやすい性質を有していることを観察した12)。後者の細胞を用いた研究では、グルテンを0.1N塩酸中、100℃で、処理時間を種々変えて加水分解を行い、継時的な抗原性の変化を検討し、0.5-1時間で惹起能が上昇することを観察した9)。なお、アルカリ加水分解や酵素処理を行ったグルテンでは、HWP患者血清との反応はみられなかった。
 最後に、茶のしずく石鹸小麦アレルギー発症のメカニズムについて、現時点での情報をまとめたものを図1に示す。グルパール19Sの抗原決定基(エピトープ)については、まだ詳細は明らかになっていないが、従来の小麦タンパク質に存在する抗原決定基(例えば、文献13ではHWPを腹腔内感作を行ったマウスの血清中のIgE抗体が、未処理のγ-グリアジンと反応することが示されている13))に加えて、酸分解により新たな抗原決定基が出現した可能性(例えば、文献14では、γ- またはω-2グリアジンの共通のエピトープであるQPQQPFPQ中のグルタミンが酸処理によって脱アミド化し、グルタミン酸になったQPEEPFPEに強いIgE結合活性があることが示されている14))が考えられる。
 私共は、GP19Sにおいて、分子量の増加とともにグルタミンの脱アミド化(Q→E)の上昇が観察され、感作性の上昇の要因であることを報告し、また、グルテンのtransglutaminase処理によりHWP患者血清中IgE抗体との反応性が上昇することも報告している15)。さらに、GP19S特異的な主要エピトープ(QPEEPFPE)に対するマウス単クローン抗体(mAb INRA-DG1)を用いて、酸加水分解の過程での新規エピトープの出現を経時的に観察することも可能となった16)

図 1 コムギグルテンの酸加水分解の特徴について
図 1 コムギグルテンの酸加水分解の特徴について

4.まとめ

 食物等の経口摂取による免疫応答においては、通常、腸内常在菌叢や食物抗原などの「無害」と考えられる抗原に対して全身性、局所性の過度の炎症反応を抑える経口免疫寛容が存在する。しかし、食物アレルギーが成立する場合は、免疫寛容とのバランスが崩れて、感作が引き起こされるものである。食物アレルギーが成立する生体側のメカニズムは十分解析がすすんでいないが、抗原側の食物アレルゲンに関しては、食物アレルゲンになりやい分子の構造がかなりわかってきた。特に消化器症状等の重篤なアレルギー症状を起こしやすいクラス1の食物アレルゲンは、消化液による消化に抵抗性であるという共通の性質を有する。これらアレルゲンの構造解析がさらに進むことにより、それら物質の食品素材中の含有量の測定、それら物質に対する抗体測定によるアレルギーの診断(Component-resolved diagnosis)、さらには、低アレルゲン化の研究が進んでゆくことが期待される。
加えて、茶のしずく石鹸によるアレルギー症例においては、経皮経粘膜的な食物アレルゲンへの曝露により食物アレルギーを発症する病態であった。従って、食物アレルギーが環境アレルゲンへの曝露・感作の結果としても発症しうるということを意識して、もし食物アレルギーを発症した患者で、食物アレルゲン環境曝露の可能性があれば、曝露に対する予防策を講じることの重要性、経皮経粘膜的な食物アレルゲン環境曝露による感作が引き起こされるメカニズムを動物実験で確かめることの重要性、また、食物アレルゲンの物理的処理に伴う感作性の変化を調べることの重要性が、示されたものであった。

5.おわりに

 本学会賞をいただくにあたり選考の労をとってくださいました諸先生方、本研究の遂行にあたり全面的に協力をしていただいた国立医薬品食品衛生研究所生化学部、生活衛生化学部、食品部の研究員の皆様に深謝致します。

6.参考文献

1) Townsend JA, Thomas LA. J. Cell Biochem. (1994) 18,78
2) Nordlee, J.A. et al. N.Engl.J.Med. (1996) 334, 688-692
3) Takagi,K. et al. Biol. Pharm. Bull (2003) 26, 969-973
4) Takagi, K. et al. Int. Arch. Allergy Immunol.(2005) 136, 23-32
5) Nakamura R. et al. Bull.Natl.Inst.Health Sci (2005) 123, 32-36
6) Fukutomi Y. et al. Jpn.J.Allergol. (2009) 58, 1325
7) Teshima, R. et al. Yakugaku Zasshi (2014) 134,33
8) Yagami, A. et al. J.Allergy Clin.Immunol.(2017) 140, 879-881
9) Nakamura, R. et al. Int.Arch. Allergy Immunol. (2013) 160, 259-264
10) Lauriere M. et al. Allergy (2007) 62, 890-896
11) Bouchez-Mahiout L. et al., J Agric.Food Chem. (2010) 58, 4207-4215
12) Adachi R. et al., Allergy (2012) 67, 1392-1399
13) Denery-Papini S. et al., Allergy (2012) 67, 1023-1032
14) Gourbeyre P. et al., Mol. Nutr. Food Res. (2012) 56, 336-344
15) Nakamura R. et al., J. Allergy Clin. Immunol.,(2013) 132, 1436-1438.
16) Tranquet O. et.al, PLoS One, (2017) 12: e0187415

手島玲子先生
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