ImmunoTox Letter

第6回(2016年度)日本免疫毒性学会学会賞
農薬の免疫毒性作用

小坂忠司
(一般財団法人残留農薬研究所 試験事業部)

小坂忠司先生
小坂忠司先生

〔目的〕

 農薬の有機塩素系殺虫剤(γ-BHC、DDT、ペンタクロロフェノール等)および有機燐剤(メチルパラチオン)ではマウスおよびラットの反復投与実験にて抗体価の抑制を主体とする免疫抑制作用を示唆する事例はよく知られているものの、免疫毒性作用を詳細に検証した報告は少ない。また、有機塩素系農薬の生殖毒性試験(2世代繁殖試験)においてしばしば農薬曝露後の児動物に胸腺委縮が認められ、児動物への免疫毒性影響が示唆されている。そこで、我々は主に児動物へ免疫毒性影響に着目して、農薬の免疫抑制影響の研究を始めた。

〔実験成績〕

1)農薬のアポトーシス誘発反応
 メトキシクロル、パラチオン、メタミドホス等の農薬による胸腺細胞アポトーシス誘発について検討した。インビトロ実験では、マウス胸腺細胞及びJurkat細胞を1×10-8~10-5 M濃度の被験物質曝露条件下で4ないし8時間37℃で培養(10%FCS添加RPMI 1640培地)した結果、メトキシクロルおよびパラチオンともに胸腺細胞及びJurkat細胞のアポトーシス誘導が観察された。
 一方、動物実験において妊娠ラットにメトキシクロルを100、500、1000 ppm濃度にて混餌投与して、フローサイトメータ解析及び病理組織検査にて出産児の胸腺アポトーシスを観察した結果、2週齢時の児ラット胸腺にCD4CD8陽性T細胞数の減少及びTUNEL陽性細胞数の増加が見られた。次に、動物実験として未成熟マウスにメトキシクロル(150、300、400 mg/kg)を短期間投与した結果、高用量投与群に胸腺細胞のアポトーシス陽性細胞(図1)並びにDNAラダーが観察された。

図1 幼若マウスのメトキシクロル短期投与によるアポトーシス誘発
図1 幼若マウスのメトキシクロル短期投与によるアポトーシス誘発

2)農薬の免疫抑制作用
 農薬の免疫抑制作用について、5日間反復経口投与の予備検討の結果、メトキシクロル、パラチオンで免疫抑制反応が認められた。そこで、ICR,Balb/c 及び C3H/He系マウスを用いて、メトキシクロルを150、500、1500 ppm濃度で混餌投与して、検査4日前に羊赤血球(SRBC:Sheep red blood cell)の静脈内感作投与(6x107/匹)を行い、血中抗SRBC IgM抗体価測定及び脾臓細胞中のIgM PFC(Plaque-forming cell)反応検査を実施した。その結果、図2に示すように何れの系統のマウスにもIgM PFC反応の有意な減少が認められ、特にBalb/c 及び C3H/He系マウスには用量相関性の減少が観察された。また、抗SRBC IgM抗体価も同様の減少が観察された。

図2 メトキシクロル2週間混餌投与による免疫抑制反応(IgM PFC反応)
図2 メトキシクロル2週間混餌投与による免疫抑制反応(IgM PFC反応)

 これらの事より、農薬の免疫毒性作用において胸腺細胞のアポトーシス誘発作用と免疫抑制作用との間に強い関連性が伺えた。加えて、免疫毒性研究調査においてマウスの反復投与を用いたIgM PFC(Plaque-forming cell)反応検査及び抗SRBC IgM抗体価測定検査が免疫毒性(免疫抑制)の評価に有用である事が示された。

3)農薬による皮膚アレルギー反応増悪作用
3-a)LLNA(Local lymph node assay)法を用いた皮膚アレルギー反応
 LLNA試験前の前投与としてメトキシクロル(100及び300 mg/kg用量)及びパラチオン(0.4及び1.2 mg/kg用量)を3週齢のCBA/J系マウスに5日間反復経口投与した後、4週間後に皮膚感作性物質のフェノキシ酢酸系農薬(DB)のLLNA実験を実施した。その結果、図3に示すようにメトキシクロル及びパラチオン投与によりリンパ球の増殖活性は高まり、アレルギー反応の増悪化が観察された。LLNA反応の指標であるEC3(対照群に対して3倍の刺激性反応が認められる用量)で比較すると、何れも約5倍の増悪化(約5倍の低濃度で反応)が認められた。本実験とは別に実施した感作陽性対照物質のTMA(トリメチル酢酸)のLLNA実験でもEC3で10倍以上の増悪化が観察された。

図3 メトキシクロル及びパラチオン前投与による皮膚アレルギー反応(LLNA実験)
図3 メトキシクロル及びパラチオン前投与による皮膚アレルギー反応(LLNA実験)

3-b)アトピー性皮膚炎モデルを用いた皮膚アレルギー反応
 アトピー性皮膚炎誘発前の前投与としてメトキシクロル(30及び100 mg/kg用量)及びパラチオン(0.15及び1.5 mg/kg用量)を4週齢のNC/Nga系マウスに5日間反復経口投与した後、4週間後に感作性物質のTNCB(トリニトロクロロベンゼン)を感作(腹部に経皮感作)・惹起(耳介に9回経皮投与)を実施した。その結果、メトキシクロル及びパラチオン投与群では対照群と比べて有意な耳介皮膚肥厚及び皮膚症状スコアの増加が用量相関性に認められ、皮膚炎反応の増悪化が観察された。
 以上のように、メトキシクロル、パラチオン等の免疫抑制作用を有する農薬はそれ自体の免疫抑制作用に加えて皮膚アレルギー増悪作用を有する事が明らかとなった。

4)メトキシクロルの次世代への影響
 メトキシクロルを妊娠期間及び授乳期間母獣ラット(SD系ラット)に30、100、300、1000 ppmの濃度で混餌投与すると、高用量群の児動物に胸腺萎縮、脾臓重量低下、T及びB細胞数の減少等の免疫抑制がみられ、52週齢では高用量群の雌動物で腎糸球体領域の増加や免疫複合体の沈着、血中IgMの増加を主徴とする自己免疫性の腎糸球体病変が認められた。

〔まとめ〕

 以上のように、農薬の免疫系への影響として免疫抑制作用だけではなく、アレルギー反応増悪化の影響、さらに次世代にも影響を及ぼして自己免疫性病変誘発の可能性を強く示唆した。以上の実験では農薬の免疫影響を示したことに加えて、一般化合物のアレルゲン作用検出法、短期間投与での免疫抑制作用検出法、アレルギー増悪作用検出法などの免疫毒性評価方法の開発についても幅広く成果をあげられたと考えられる。

〔謝辞〕

 この度は、第4回日本免疫毒性学会学術年会において年会賞をいただき大変光栄に感じております。今回の年会賞は弊所での農薬の免疫毒性作用解明研究を実施する中で免疫毒性学会での発表を中心にまとめたものであります。本発表での結果は、論文発表を介して広く世間に農薬の免疫毒性影響を提示したことで社会貢献を果たしたものと考えております。最後に、本研究を分担あるいは支えてくださった一般財団法人残留農薬研究所毒性部免疫・急性毒性研究室、神経毒性研究室、病理学研究室の各室員の皆様に深謝致します。
 末筆ではございますが、日本免疫毒性学会の益々の発展をお祈りしつつ、我々も日本免疫毒性学会に貢献できるように努めていく所存でございます。