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第4回(2014年度)日本免疫毒性学会学会賞
重金属を中心とする環境物質の免疫毒性研究とともに
大沢 基保
(一財)食品薬品安全センター 秦野研究所、帝京大学薬学部

免疫毒性は、宿主の生物学的状態により毒性発現の形態が異なる。免疫毒性試験は当初、抗原や病原体の負荷で誘起された防御反応としての免疫反応を指標に、化学物質や薬物の免疫機能への有害影響を検討してきた。この免疫機能は、異物の侵襲に対応する生体防御反応と生体恒常性に関わる免疫制御反応とに類別される。私の研究は、この免疫制御反応を含めて免疫機能に対する環境物質の影響の特徴を明らかにし、免疫毒性の概念を整理することであった。

このような目的で行った「重金属を中心とする環境物質の免疫毒性の特性とその評価」というオーソドックスな研究に対してこの度は学会賞を頂き、戸惑いを感じる一方で、感慨を深くしている。かつて免疫毒性という新領域に分け入り、その概念構築に苦労してきた過程を振り返ると、これもひとへに研究を支えてくれた大学の研究室や共同研究機関の皆様と、免疫毒性研究会から学会へと新領域の確立のため共に励んできた皆様のお陰によるものである。

私の研究の目的は、環境汚染物質をはじめ生活環境物質の影響を早期に検知する手段として免疫影響を用いることと、その影響の発現と機序における免疫毒性の特性を明らかにすることであった。これには二つのアプローチがあり、一つは環境物質暴露により鋭敏に変化する免疫影響指標を検出することで、他方は環境物質暴露により生じた免疫障害から、その発症機序を解析することである。これは、一つのトンネルを二方向から掘り進めることに似ている。まだトンネルは通じていないが、この試みを通じてこれまでに得た私なりの免疫毒性の概念について記したいと思う。

重金属と免疫系:環境汚染物質の代表であった水銀(Hg)やカドミウム(Cd)などの重金属の健康影響指標の検索に始まった1970年代の私の研究は、Cdの慢性暴露による腎障害の早期影響指標に絞られた。当時Swedenの研究者らにより、Cd職業暴露の特徴的影響として低分子タンパク尿を伴う腎障害と、そのマーカータンパクとしてß2-microglobulin(ß2-m)が報告されていた。これは腎臓の近位尿細管障害によるものとされた。産医研で木村正己博士との研究で、ß2-mはイタイイタイ病患者さんの尿タンパクの主成分として検出されることを示した。
このß2-mは組織適合抗原MHCクラスIの構成ペプチドであり、がんや自己免疫症などの増殖性疾患で血中濃度が増加することが知られ、腎障害より早期に免疫系への影響があるのではと注目するようになった。折しも、動物実験では汚染重金属による抗体産生や感染抵抗性の抑制や、HgやCdの暴露による自己免疫性の糸球体腎炎の発生が報じられ、私たちも培養ヒトリンパ球がHgによりß2-mの産生増を伴う増殖性反応を生じることを見出し、重金属の標的としてリンパ球を主とする免疫系への毒性影響(免疫毒性との仮称を考えていた)に研究テーマを移すことになった。

学の興りには時がある———毒性標的としての免疫系への注目:その後、私は米国Michigan大学で生化学研究に従事することになり、二年ほど免疫影響研究から離れていた。まさにそのとき(1978)米国東部では免疫学と毒性学の交流があり、免疫系への有害影響を免疫毒性と呼ぶことが提唱され、Dean, Vos, Luster諸氏らが活躍し始めていた。あいにくその動きを知ったのは、私の帰国後であった。その後帝京大学薬学部に移り、再び化学物質の早期影響指標としての免疫影響の研究に着手した。この頃から免疫変化は化学物質暴露に鋭敏であるとの報告が増え、私たちも低濃度のCdの経口暴露でマウスのT, Bリンパ球の分布が有意に変わることを報告した。1983年には国際トキシコロジー会議(San Diego)で初めてImmunotoxicologyのSessionが設けられ、私も研究を発表しDr.Vosに初めてお会いした。会議の後に足を伸ばしてNIEHSからCIITに移ったばかりのDr.Deanも尋ね、揺籃期の免疫毒性研究の輪に加わることになった。1984年にはWHO/IPCSを中心に免疫毒性の国際セミナーがLuxembourgで開かれた。その前に日本衛生学会の重金属ワークショップで免疫毒性を担当したことから、幸いにも同セミナーに参加する機会を得ることになった。Animal Experimentsの Session Chairの役割を課されハードな会議あったが、免疫毒性学草創期の熱気に緊張し興奮もしたものである。この会議で免疫系を化学物質の毒性標的とし、免疫毒性の定義がなされた。免疫系が化学物質に鋭敏に反応することから、免疫毒性は一般の細胞毒性とは別に免疫細胞に選択的な毒性としてとらえることに議論が沸いたが、選択的な標的の特性について明確な説明には達しなかった。私も、そのことは免疫毒性の発現に基本的なことで、免疫毒性の概念構築には必須と考えていた。遺伝毒性にはDNAという化学物質が作用する標的分子がある。免疫毒性では抗体や受容体がその候補となりやすいが、これらを直接的な標的分子とする明確な証拠はない。さらに免疫毒性には免疫機能の抑制と異常亢進という逆説的な「毒性」があり,その区別や相違について整理はされていなかった。試験法の開発という観点では、当初は免疫抑制物質がモデルとして使用され、主に獲得免疫能の阻害が免疫毒性と捉えられていた。しかし、環境物質の免疫毒性となると、曝露の濃度や期間、さらに抗原感作の条件により、報告された影響は必ずしも一様ではなかった。

環境物質の免疫毒性の特性:そこで、免疫毒性指標の体系的な解析を目的に、汚染重金属であるCdを実際の環境暴露状況に応じた濃度と期間でマウスに飲料水から経口暴露し、抗原感作の有無を含め免疫機能への影響を調べた。その結果、Cdの環境暴露による免疫毒性は、抗原感作による特異的免疫の誘導時には特異的抗体産生能を選択的に抑制し、抗原感作のない状態では固有の抗体産生能が非特異的に亢進する相反する影響を見出した。しかも、この非特異的な抗体産生亢進は、抗原感作時の抗体産生の抑制より低濃度暴露で生じる鋭敏な影響で、抗核、抗DNAなどの自己抗体の産生誘導も伴っていた。すなわち、汚染物質としてのCdの免疫毒性の特性として次のようなことがあげられる。1 )免疫指標は極めて感受性の高い毒性指標であり、2 )誘導性の生体防御反応としての免疫指標と恒常性の免疫制御に関わる固有の免疫指標では、抑制と異常亢進の異なる毒性が発現し、生体固有の免疫指標の変化はより低濃度暴露で生じる。このことから、免疫毒性は、これらの機能を区別して系統的に評価すべきことを示した。

免疫制御機能に対する免疫毒性:このように、免疫毒性の概念として免疫指標を抗原刺激の有無という生物学的状態によって分けると、これまでの様々な免疫毒性の報告も整理されてくる。強い抗原感作が特に無い宿主の通常状態では、生体固有の免疫制御能に対する影響が基本的な免疫毒性と言える。Cdは培養リンパ球の非特異的な抗体産生亢進より早期にIL-6産生を高めることから、Cd暴露による免疫指標の亢進は炎症刺激を介するものと考えられる。このような免疫刺激は、遺伝的な自己免疫素因やアレルゲン感作状態の宿主では低濃度暴露でも異常免疫反応の促進因子として働き、自己免疫症やアレルギー症の発症に発展しうる。これは環境物質がアジュバント的に働いて免疫異常の発現を促進することであり、自己免疫性腎炎の促進事例は筆者らの実験例も含めCd,Hgや鉛などの汚染重金属で報告されてきた。
 近年、環境物質による反復炎症に由来するアジュバント的作用は免疫毒性の重要な機序として注目されている。私たちの研究成果(環境物質暴露による自己免疫や経口アレルギーの促進)からも、これは直接的な異常免疫の誘発促進と言うよりも、免疫の自己寛容や経口寛容のような固有の抑制的免疫制御機構の攪乱を介して異常な免疫亢進をもたらしたものと言えよう。

新しいパラダイムへの期待 — 免疫亢進と免疫原性:免疫臓器は肝、腎などの臓器と異なり神経や内分泌臓器のように器官系として生体調節・防御の機能を果たしており、免疫毒性はそれまでの単一の器官毒性の概念では納まらない。生活環境の安全性評価の対象は、これまで低分子の化学物質が中心であったが、今日ではバイオ医薬品や新規食品、ナノ製品、再生医療製品など免疫反応の対象となる高分子の環境物質が急速に増えている。それに伴い安全性研究では、かつての変異原や癌原物質の研究の勃興のように、免疫刺激物質や新規の免疫原性物質による免疫毒性の評価研究に対する新たなニーズが増大している。それらの試験と評価についての備えを急ぐ必要がある。私たちの研究と考え方がその一助となり得ることを願っている。
 一方、内分泌攪乱化学物質や放射線の生体影響では低用量問題がある。微量暴露による影響の有無の問題である。内分泌攪乱化学物質の低用量反応では、従来の試験法では有害性が観察されない生体調節障害にもとづく毒性があると報告されている。低濃度の環境物質の暴露による免疫機能の亢進とその持続がもたらしうる障害もこれに類似しており、これらは環境物質に対する生理的適応からその破綻による毒性発現に至る前段階の状態(生理的適応攪乱とも呼べるか)であろうと考える。つまり、環境物質の低濃度暴露による影響は、持続する炎症刺激を契機とする免疫的ホメオスタシスの攪乱に始まる新しい"毒性"として捉えるべき段階にきているように思える。このような"毒性"の新パラダイムの構築は、これからの世代の学会員諸氏に期待したい。
 このように新領域の発展過程では、その概念を構築することは雲を掴むようで辛くもあるが楽しいことである。ましてや、国内外を問わずそのための研究会・学会において、興味を同じくする方々と研究を評し合い情報を交わすことは、目を見開かせられ学ぶこと多く、励まされたものである。私なりの免疫毒性の概念構築は、ひとえにこれらの方々との交流のお陰と感謝する次第である。写真はそのような皆さんとの免疫毒性学会年会での楽しい交わりの一コマである。

第14回学術年会(神戸、2007)の懇親会(神戸港クルージング
船上)にて。前列左より澤田純一、筆者、荒川泰昭、後列左よ
り牧 栄二、北條博史、高橋道人、北村幸彦の諸氏らと共に。
 
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