ImmunoTox Letter

第23回学術年会年会賞
LPSを多く含む都市由来PM10による免疫反応の抑制

吉田 安宏1、宋 媛1、市瀬 孝道2
1産業医科大学・医・免疫学・寄生虫学
2大分県立看護科学大学

吉田安宏先生
吉田安宏先生

【背景・目的】
 環境汚染物質による大気汚染が、日本をはじめ多くのアジアの国で深刻化している。中国では大都市部の死亡原因における32%がPM2.5に関連していると報告されている(Fang D., et al. Sci Total Environ. 2016;569-570:1545)。私どものグループは、越境汚染物質である黄砂(PM10の一つ)やPM2.5の生体影響について動物モデルを解析し、アレルゲン誘導の肺における好酸球増加を増悪させること(Ren Y. et al, Allergy Asthma Clin Immunol. 2014;10:30)、またその増悪機構には自然免疫に重要な細胞表面上受容体TLR2 /TLR4が関与していること(He M et al., Toxicol Appl Pharmacol. 2016;296:61)などを報告してきた。しかしながら肺以外の臓器への影響も報告されており(Robert D. B et al. Circulation. 2010;121:2331)、実際、私どものグループでも脾臓において黄砂が転写因子NF-κBの活性化を介した亜急性の免疫反応修飾を引き起こし、それは肺の炎症とは時間的に遅延した時点で起こること(Song Y. et al, Environ Toxicol. 2015;30:549)を証明している。こういった背景の下、このような汚染物質誘導による炎症反応において黄砂に含まれる粒子成分とそれに付着している物質が、どのような役割分担をしているのか、という課題に直面した。そこで本研究課題である粒子と付着成分の代表としてLPSに着目し、それぞれの作用を検討した。

【方法】
 [生体影響評価] マウス(雄、6 週齢)はBALB/cマウスを使用し、黄砂(PM10)100 μgを生理食塩水に懸濁したものを100 μL、2週間おきに4回気管内投与し、最終投与24時間後にマウスから脾臓細胞を調製した。投与する粒子は2種類で、一つは2011年5月に北九州市に飛来した黄砂(ASD)を、もう一つは2013年11月に中国瀋陽市で収集した都市由来PM10(urPM10)を準備した。またurPM10を360度30分加熱し、付着物を取り除いたH-PM10を準備した。Cell viability assay systemにより細胞内ATPレベル量を測定することで増殖反応を評価した。また脾臓細胞をin vitroで培養し、細胞分裂誘起物質であるLPS、ConA刺激に対する反応性を調べた。その際、影響を及ぼしている成分の探索のため、LPSの中和物質であるポリミキシンBの同時投与を行い同様な評価を行った。
[細胞内イベントへの影響評価] 細胞内イベントへの影響評価として細胞内タンパク質である転写因子に着目し、転写因子、特にNF-κB(構成成分の一つであるp65に着目)の活性化をウエスタンブロット法により評価した。粒子を気管内投与したマウスから調製した脾臓細胞の細胞溶解液を調製し、試料とした。

【結果】
 1)日本飛来黄砂(ASD)と都市由来PM10(urPM10)に含まれるLPS量はそれぞれ0.0614 ng/mg PMと0.3260 ng/mg PMであり、都市部由来に多くのLPSが含まれていた。2) ASDを投与されたマウス由来脾臓細胞は、対照群に比べマイトジェン(ConA、LPS)に対する反応性が亢進していた。一方、urPM10を投与したマウス由来脾臓細胞のマイトジェンに対する反応は、対照群に比べ有意に低いものであった(図1A)。
 付着成分を加熱により取り除いたH-PM10はASDで観察されたような細胞活性化が認められ(図1B)、サイトカイン(IL-2、TNF-α、MDC)産生の亢進も認められた(図1C)。 3) 菌体成分LPSを中和するポリミキシンBを同時投与した場合、urPM10の細胞抑制効果を回復する傾向が認められた。 4) H-PM10により誘導される細胞活性化能は微量のLPSの同時投与により抑制され(図2A)、抑制性サイトカインであるIL-10の産生も認められた。5) ポリミキシンBとurPM10を同時投与されたマウスから調製した脾臓細胞では、活性化NF-κB (p65)のレベル、およびそのキナーゼであるIKKαの活性化レベルが充進していた(図2B)。6) p65の上流分子MyD88のKOマウスを用いた同様の実験では、urPM10による抑制効果は認められなかった。以上から、都市部で収集されたLPSを多く含むPM10による抑制効果にはLPSの関与が疑われ、NF-κBパスウェイはその効果と連動していることが示唆された。

図1 粒子に付着している成分が細胞抑制効果に関与している
図1 粒子に付着している成分が細胞抑制効果に関与している
図2 LPSの同時投与によりH-PMで誘導される活性化が抑制された
図2 LPSの同時投与によりH-PMで誘導される活性化が抑制された

【考察】
 本研究では、環境汚染物質の免疫系への影響を粒子とその付着成分の一つであるLPSに分けて、リンパ器官である脾臓でのイベントに着目し解析した。収集地の違う粒子による細胞影響の違いも示唆されており、まずはLPS含量の違うPM10を準備し比較検討を行った。飛来黄砂に関してはLPSを含むものの、その量は非常に微量である。しかしながら生体内に侵入してきた際、その量は自然免疫を活性化させるに足るものなのかもしれないことが示唆された(これはin vitroでその量的背景を再現するのは中々難しいものと思われる)。予想されたように、H-PMでは飛来黄砂と同様な脾臓細胞の活性化能を回復していた。このことは、粒子自身も生体に対し影響を持ち、それは抑制的ではなく活性化させる傾向があることが示唆された。しかしながらこれはPM10で観察されたイベントで、PM2.5の粒子自身では抑制効果を脾臓細胞にもたらすことを我々は観察している。すなわち、粒子サイズの違いにより生体へのバランスをプラスとマイナスに振り分ける可能性があることが考えられるわけである。黄砂がPM2.5に比べ、喘息アレルギーを増悪させること、加えてPM2.5は慢性炎症に伴う免疫抑制を誘導する場合もあることを鑑みると、不思議な現象ではないようだ。LPSの同時投与(今回の投与量が絶対値として高いのか低いのかは議論の余地があるのだが)により、粒子誘導の活性化を抑制させたことは、IL-10の産生上昇を伴ったエンドトキシントレランスの様相を想起させる。LPSの関与の観点から、これらのイベントがMyD88依存的であったことは当然の結果であったと言えるかもしれない。この後に続けて行っていた我々の研究で、さらに黄砂の活性化機構はTLR4-MyD88システムであることが証明された(Song et al., FEBS letters, in press)。特にCD4陽性細胞でこの現象が顕著であったことを考え合わせると、粒子の貪食から引き起こされる一連のイベントが獲得免疫系に最終的には繋がっていることは非常に興味深い。今後は他の付着物質の影響と粒子サイズの違いによる炎症誘導機構の差異に関して更なる研鑽を重ねていきたい。

【謝辞】
 この度は、第23回日本免疫毒性学会学術年会において過分な年会賞を賜り、大変光栄に思っております。本年会では‘社会貢献’というキーワードを掲げ私も担当大学としてその趣旨を鑑みながら、発表課題を選定いたしました。私共の研究室では、近年社会問題となっていた越境汚染物質の生体影響を動物モデルを用い、特に汚染物質が肺に取り込まれた以降のイベントに興味を持ち、解析してきました。得られた結果は環境基準設定に多いに参考になる資料として、社会貢献できたのではないか、と自負しています。その中で、アカデミアにおいてもこの取り組みが評価されたことは研究者としても非常に喜ばしく、年会長の森本泰夫先生をはじめ選考委員の先生方に心より感謝申し上げます。まだまだ未解明部分が多々残されている環境汚染物質の生体影響に関して、研究室員一同がこの賞に恥じない今後の研究生活を約束してくれるものと思っております。末筆ではございますが、免疫毒性学研究および日本免疫毒性学会のますますの発展をお祈りしつつ、我々も貢献できるよう努力していく所存でございますので、今後とも本学会の先生方のご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。