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ビスフェノールAの経気道曝露がアレルギー性気道炎症モデルマウスの免疫系および神経系に及ぼす影響
小池 英子1、柳澤 利枝1、Tin Tin Win Shwe1、高野 裕久2
1国立環境研究所環境健康研究センター、2京都大学大学院

小池 英子

【背景・目的】
 ビスフェノールA(BPA)は、ポリカーボネートやエポキシ樹脂と呼ばれるプラスチックの原材料であり、電子・電気機器や金属の防蝕塗装、食品容器等に使用されている。食品への移行を介した経口曝露が主要な曝露経路と考えられるが、一般環境大気や室内環境中からも検出されており、経気道曝露による健康影響も懸念されている。BPAの健康影響に関しては、生殖毒性、神経毒性の報告が多く、免疫・アレルギー関連の報告は少ないが、Th2反応の促進や、乳児期曝露による仔のアレルギー性喘息に対する増悪影響などが示唆されている。本研究では、BPAの若齢期における経気道曝露がアレルギー性気道炎症モデルマウスの免疫系に及ぼす影響と機序の解析に加えて、当該モデルマウスの神経系に及ぼす影響について検討した。

【方法】
 動物は、C3H/HeJ Jclマウス(雄、6 週齢)を使用した。BPAは、一日の総予測最大曝露量を最低用量として、20倍量で3 用量(0.0625, 1.25, 25 nmol/body/wk)を設定し、Vehicle、BPA低用量(BPA-L)、中用量(BPA-M)、高用量(BPA-H)群、抗原の卵白アルブミン(OVA)群とOVA+BPA併用群の計8 群とした。OVAは隔週で計4回、BPAは週1 回で計7 回気管内投与した。最終投与24時間後に、気道炎症と免疫系の指標として、肺の組織学的検討、サイトカインの発現、肺胞洗浄液(BALF)中の細胞構成、所属リンパ節の細胞構成と機能、抗原特異的抗体産生等の解析を行った。サイトカインの発現と抗原特異的抗体価、細胞増殖はELISA法により、細胞表面分子の発現はフローサイトメトリーにより測定した。さらに、BPA-H群においては、神経系の指標として、6 回目のBPA投与翌日から4 日間、新奇オブジェクト認知テストによる学習行動の変化を検討した。また、最終投与24時間後に、脳の記憶や空間学習能力に関わる海馬における記憶関連遺伝子の発現をRT-PCR法により解析した。

【結果】
1 )気道炎症病態
 肺の組織学的所見において、粘液産生細胞の増生は全体的に軽微であったが、OVA+BPA-M群では、OVA単独群に対し、炎症細胞の浸潤とともに増悪がみられた。BALF中の細胞は、BPA-Mの単独曝露でマクロファージの顕著な増加がみられ、OVA+BPA-LとOVA+BPA-M群では、OVA単独群に対し、マクロファージ、好酸球、好中球、リンパ球の増加に起因する総細胞数の顕著な増加が認められた。
2 )肺組織中のTh1/Th2サイトカインのタンパク発現
 Th2サイトカインのタンパク発現は、OVA単独群でも増加したが、OVA+BPA併用群でさらに増加する傾向がみられ、特にIL-13やIL-33、KC、RANTESは、OVA+BPA-M群でOVA単独群よりも有意に増加した(図1 )。一方、Th1サイトカインのIFN-γは、OVA+BPA併用群で部分的に増加したものの、IL-12は有意に低下した。
3 )抗原特異的抗体産生
 抗原特異的IgE、IgG1、IgG2aは、OVA+BPA併用群で増加する傾向がみられたが、OVA群とOVA+BPA併用群との間に有意な差は認められなかった。
4 )所属リンパ節の細胞構成と機能
縦隔リンパ節細胞(LNC)のフェノタイプや培養後の増殖能、サイトカイン産生能等について検討した。その結果、LNCの総細胞数はVehicle群に対してBPA単独群、OVA単独群でも増加する傾向であったが、OVA+BPA-L、OVA+BPA-M群で顕著に増加した(図2-1)。抗原提示に関わるMHC class IIおよびCD86の発現や気道炎症の増悪に寄与するcDC(Conventional dendritic cell)もOVA+BPA-L、OVA+BPA-M群でより増加する傾向がみられ、樹状細胞やマクロファージを含むサイズの大きい細胞集団に絞って解析すると、OVA 単独群に対するOVA+BPA-L、OVA+BPA-M群の間に有意差が認められた(図2-2)。LNCの増殖能はOVA単独群に対し、OVA+BPA-L群で増加する傾向であった。サイトカイン産生(IL4, IL-5, SDF-1α, IFN-γ)は、OVA+BPA併用群で全体的に増加傾向がみられ、特にTh2サイトカインのIL-4とIL-5は、OVA+BPA-L、OVA+BPA-M群で有意に増加した。
5 )記憶学習行動
 新しいオブジェクトを認識し、探索する時間の増減を指標にした新奇オブジェクト認知テストでは、Vehicle群に対してOVA群で記憶学習能力の低下傾向がみられ、OVA+BPA-H群では、Vehicle群とBPA-H群に対して有意に低下した(図3 )。海馬における記憶関連遺伝子NMDAグルタミン受容体サブユニットNR2Bの発現もまた、Vehicle群とBPA-H群に対し、OVA+BPA-H群で有意に低下した。


図1  肺のRANTESタンパクの発現


図2-1 縦隔リンパ節の総細胞数

図2-2 抗原提示細胞の割合


図3  記憶学習能力

【考察】
 本研究より、若齢期におけるBPAの経気道曝露は、OVAに誘発されるアレルギー性気道炎症を増悪することが明らかになった。OVA+BPA併用群では、RANTESやKC等のケモカインに加えて顕著な増加が観察されたIL-13とIL-33は、直接的にアレルギー性炎症を惹起することもできるエフェクター分子であることから、BPA曝露による気道炎症の増悪には、これらのTh2サイトカインの増加が重要な役割を果たしていると考えられる。また、気道炎症病態に並行して、所属リンパ節の縦隔リンパ節における総細胞数、活性化抗原提示細胞数、細胞増殖能、Th2サイトカイン(IL4, IL-5, SDF-1α)産生能が、有意に増加または増加する傾向であったことから、BPA曝露は、所属リンパ節における樹状細胞等の抗原提示細胞の活性化を介して、OVAに誘発されるTh2反応を促進することが示唆された。これらのBPA曝露による影響は、総じて低・中用量で顕著であった。
 一方これまでに、喘息等の呼吸器疾患における低酸素症により学習能力が低下することや、化学物質の曝露による中枢神経系の炎症により学習能力が低下する可能性は指摘されているが、アレルギー疾患における化学物質の曝露が中枢神経系に及ぼす影響は不明であった。そこで本研究では、当該アレルギー性気道炎症モデルを用いてBPA曝露の影響を検討し、OVA+BPA併用曝露により記憶学習能力および海馬における記憶関連遺伝子の発現を低下させることを初めて明らかにした。記憶学習行動の実験については、BPAは高用量のみで検討したが、気道炎症病態および炎症に寄与する免疫系指標への影響は、BPAの低・中用量で顕著であったことから、今後の課題として曝露用量による中枢神経系の影響の差異を明らかにする必要がある。
 結論として、若齢期におけるBPAの経気道曝露は、肺局所および所属リンパ節におけるTh2反応の亢進を介してアレルギー性気道炎症を増悪すること、さらに中枢神経系にも影響を及ぼすことを明らかにした。今後は、BPAの内分泌攪乱作用との関係を含めた詳細な影響機序の解明や、BPAの主要な曝露経路である経口曝露による評価、一般大気・室内空気から曝露され得るより低用量での経気道曝露による影響評価等を実施したいと考えている。

【謝辞】
 この度は、第21回日本免疫毒性学会学術年会において年会賞を賜り、研究室での取り組みが評価されことを大変光栄に思っております。年会長の姫野誠一郎先生をはじめ選考委員の先生方に、心より感謝申し上げます。研究室一同、この受賞を励みに、今後も小児・次世代を考慮した環境化学物質の健康影響について、多角的な視点での研究を進めていきたいと考えております。そして、免疫毒性学研究および日本免疫毒性学会の発展に貢献できるよう努力していく所存ですので、今後とも本学会の先生方のご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

 
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