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≪第15回大会 年会賞≫
原爆被爆者における加齢に関連した炎症指標の上昇と放射線被曝の影響
林奉権、楠洋一郎、森下ゆかり
長村浩子、牧真由美、久保美子
吉田健吾、中地敬

放射線影響研究所(放影研)
放射線生物学/分子疫学部
免疫学研究室

目的
 60年以上経過した今日においても、原爆放射線による被曝は生存者の健康に長期的な影響を及ぼし、被曝線量の増加と関連してがんをはじめとする炎症性関連疾患のリスクを上昇させている1, 2。一方、事故や治療で高線量の放射線に被曝した患者に急性の炎症反応が被曝後数日間起こることが多くの報告によって知られているが3-6、炎症そのものに対する放射線の長期的な後影響についてはほとんど明らかにされていない。
 我々は、1945年の原爆で被爆した広島と長崎の生存者について、寿命調査研究(LSS)とLSSから選ばれた部分集団を対象とした2年に1度の健康診断に基づく追跡調査である成人健康調査研究(AHS)の2つの主要なコーホート研究を長期にわたり行っている。本研究では、そのAHSから無作為に選ばれた広島の原爆被爆者を対象に血漿中炎症性サイトカインやその関連物質、活性酸素代謝産物(total ROS)などの濃度を炎症指標として、末梢血リンパ球サブセットの割合、放射線被曝線量、さらに加齢との関連を検討した。

対象と方法
 原爆被爆者と非被爆対象者からなる成人健康調査対象集団で1995年3月から1997年4月までに放射線影響研究所に来所され検診を受けられた対象者からがんまたは関節リウマチ、慢性気管支炎、心筋梗塞など炎症疾患の既往歴のある人を除いて、無作為に抽出した442名の血液試料を用いて炎症指標や抗体の血漿中濃度を測定した。血漿中IL - 6、TNF - α、IFN - γ、IL - 10、CRP、IgsはELISA、赤血球沈降速度(ESR)はウエスターグレン法によって測定した。また、血漿中total ROS値はフェントン反応を用いた自動血漿ROS分析システムにより測定した7。炎症指標と被曝線量との関係は得られた測定結果の対数値を用いて年齢、性、喫煙及び肥満度指数の影響を調整し、重回帰分析により統計解析を行った。

結果
 炎症指標の血漿中濃度に対する性差、年齢、被曝線量の影響について解析した結果をTable 1に示した。IFN-γ以外の炎症性サイトカインとその他の炎症指標が年齢の上昇に伴い有意に上昇していた。被曝線量の増加に伴ってはIFN-γを含むすべての炎症性サイトカインとその他の炎症指標で有意に上昇していた。また、放射線量の増加に伴いCD4 T細胞、特にナイーブ CD4 T細胞の割合が減少し、その減少とこれら炎症指標の上昇は有意な関連を示した(data not shown)。さらに、非被爆者(点線)と1 Gy以上の被爆者(実線)の測定時年齢と各炎症指標であるIL-6, TNF-α, CRPおよび IL-10 レベルの関係をFig. 1に示した。この結果から、非被爆者集団において、各炎症指標の血中レベルは年齢とともに上昇しているが、被爆者集団においては加齢に対する増加の程度が被爆していない集団と比較してより強くなっていることが明らかとなった。放射線被曝と加齢の両因子が本調査で調べたほとんどの炎症関連指標の上昇に関係していたので、放射線の影響を加齢の促進に換算して検討した。例えば、TNF-αでは年齢10年あたり15%、被曝線量1Gyあたり7%の有意な増加が認められ、この増加から被曝線量1Gyあたり約5年の加齢の亢進に換算された。これらIL-6、TNF-α、IL-10、CRP、total ROS、ESR、Igsの結果から判断すると、1 Gyの放射線の被曝は9年の加齢による炎症状態の亢進に相当することが判明した。これらの結果は、通常は加齢によって亢進される炎症状態が原爆放射線によってさらに促進していることを示唆している。

Table 1 Aging and atomic-bomb radiation elevated plasma levels of inflammatory cytokines and markers

Fig. 1 Increase of inflammatory markers with aging is further enhanced by radiation exposure

考察
 我々はこれまでに原爆被爆者について多くの免疫・炎症指標を測定することにより放射線被曝の後影響について研究を行ってきた。原爆被爆者ではマイトジェンに対する応答、IL-2産生細胞の頻度、アロ抗原に対する応答、およびスーパー抗原ブドウ球菌エンテロトキシンに対する応答などのT細胞機能が恒常的に低下していることがこれまでの研究で示唆されている。このような機能上の変化はリンパ系細胞構成の中のCD4ヘルパーT細胞集団、特にナイーブCD4 T細胞の減少とよく一致する。ナイーブCD4 T細胞集団における同様の細胞数の減少は、放射線療法を受けた患者に関する追跡調査など他の研究でも観察されている。
 当初我々は、原爆放射線はTh1細胞が制御する細胞免疫応答を低下させ、一方でTh2細胞が制御する体液性免疫反応を増大させる誘因として作用したのではないかという仮説を提案した。Th1とTh2の比率の重要性は免疫学において根幹的な概念としてよく知られている。この仮説を検証するため、Th1 細胞優位の状態かTh2 細胞優位の状態のいずれかに関与する血漿中サイトカインの濃度を測定した。本研究によって得られた結果によれば、Th2関連サイトカインであるIL-6ばかりでなくTh1関連サイトカインであるIFN-γおよびTNF-αについても、その血漿中濃度は明らかに放射線量に依存して上昇しており、原爆被爆者に見られる炎症性サイトカインの産生亢進はTh1/Th2 バランスの不均衡とは関係がないことが示唆された8, 9。従って、原爆被爆者のT 細胞のIL-2産生能に障害が認められる可能性が示唆されてはいるものの、Th1 細胞およびTh2 細胞が制御する宿主免疫において原爆放射線が長期的変化を誘発したという結論には至らなかった。
 本研究で確認された被曝線量に比例して上昇している炎症指標は、非被爆者においても加齢による有意な増加が認められることから、加齢に伴う自然の免疫学的変化の一つと考えられる。被爆者集団においては年齢に伴う炎症指標の増加が非被爆者に比べてより顕著であったことから、原爆放射線が加齢による炎症状態の亢進をさらに促進しているということが考えられた。これまでに報告してきた原爆放射線による免疫機能の低下と今回明らかになった炎症の亢進が被爆者に観察されるがん及びがん以外の疾患の発生に関連している可能性が示唆されることから、今後、被爆者において認められる免疫機能の低下と持続的炎症の亢進との関連について、炎症性疾患発症機構における放射線被曝の影響についての研究を含めて、さらに詳細に調べてゆく必要があると考えられる。

謝辞
 本研究発表が第15回免疫毒性学会年会賞に選ばれましたことをたいへん名誉に思います。今回の賞は代表して私がいただきましたが、放射線影響研究所で長年にわたり原爆被爆者の免疫に及ぼす放射線被曝の影響に携わってこられた免疫学研究室の研究員・技術員の皆様のお力添えがあったからこそと感謝いたしております。心よりお礼申し上げます。今後も免疫学研究を進めるため努力したいと存じますので、皆様方のご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

文献
1. Preston DL, Shimizu Y, Pierce DA, Suyama A, Mabuchi K: Studies of mortality of atomic bomb survivors. Report 13: Solid cancer and noncancer disease mortality: 1950-1997. Radiat Res 160: 381-407, 2003
2. Shimizu Y, Pierce DA, Preston DL, Mabuchi K: Studies of the mortality of atomic bomb survivors. Report 12, part II. Noncancer mortality: 1950-1990. Radiat Res 152: 374-89, 1999
3. Barthelemy-Brichant N, Bosquee L, Cataldo D, Corhay JL, Gustin M, Seidel L, Thiry A, Ghaye B, Nizet M, Albert A, Deneufbourg JM, Bartsch P, Nusgens B: Increased IL-6 and TGF-beta1 concentrations in bronchoalveolar lavage fluid associated with thoracic radiotherapy. Int J Radiat Oncol Biol Phys 58: 758-67, 2004
4. Wichmann MW, Meyer G, Adam M, Hochtlen-Vollmar W, Angele MK, Schalhorn A, Wilkowski R, Muller C, Schildberg FW: Detrimental immunologic effects of preoperative chemoradiotherapy in advanced rectal cancer. Dis Colon Rectum 46: 875-87, 2003
5. Wickremesekera JK, Chen W, Cannan RJ, Stubbs RS: Serum proinflammatory cytokine response in patients with advanced liver tumors following selective internal radiation therapy (SIRT) with (90)Yttrium microspheres. Int J Radiat Oncol Biol Phys 49: 1015-21, 2001
6. Endo A, Yamaguchi Y: Analysis of dose distribution for heavily exposed workers in the first criticality accident in Japan. Radiat Res 159: 535-42, 2003
7. Hayashi I, Morishita Y, Imai K, Nakamura M, Nakachi K, Hayashi T: High-throughput spectrophotometric assay of reactive oxygen species in serum. Mutat Res 631: 55-61, 2007
8. Hayashi T, Kusunoki Y, Hakoda M, Morishita Y, Kubo Y, Maki M, Kasagi F, Kodama K, Macphee DG, Kyoizumi S: Radiation dose-dependent increases in inflammatory response markers in A-bomb survivors. Int J Radiat Biol 79: 129-36, 2003
9. Hayashi T, Morishita Y, Kubo Y, Kusunoki Y, Hayashi I, Kasagi F, Hakoda M, Kyoizumi S, Nakachi K: Long-term effects of radiation dose on inflammatory markers in atomic bomb survivors. Am J Med 118: 83-6, 2005
 
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